S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

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神の名を冠する国

第六百五十七話 鋭い勘と鈍い勘

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『そんなわけないじゃない。レインが助けなければ私が助けていたわよ?』
『はぁ。つまりこういうことですわレイン』

その時まではレインのことなど全く気にも留めていなかった。エレナばかり意識していた。

『あなたは試されたということですわ』
『さすがエレナちゃん。言ったわよね、レイン? 今日はより実戦的な模擬戦をするって』
『はい。それぐらいわかってますよ』

あれから一年近く経つのだが、その時のことはマリンも鮮明に思い出せる。当初全く自覚はなかったのだが、改めて思い返しても、どう考えても初めてレインを意識した日のことなのだから。

『なら不測の事態は常に付きまとうわ。戦場では見ず知らずの他人の命を救えないことも多くある。それどころか知っている人の命が目の前で失われてしまう。今は助けることができたけど、その覚悟がないと戦場には出れないわ』
『……わかってますよ、それぐらい』

その時のことを言っているのであれば、それはマリンも耳にしていたこと。

(レインは、今がその時だと?)

ただ、わからないのは本当に今がその選択の時なのかと。

(俺もわかんねぇんだよ。けどよぉ……――)

エリザに言われたのはそれだけに限らない。

『レイン、ちょっといい? この間のことだけど』
『この間のことっすか?』
『ええ。究極の選択を迫られた時のことよ。どうするのかということを今のうちにきちんと想像しておくことね』
『究極の選択っすかぁ…………』

頭ではわかっていた。しかし想像もできないし、実際にその場面に遭遇してみなければどういう行動を取らなければならないのかわからない。
今がその究極の状況かと問われればそうではないと返答する自信はある。マリンの言う通り、確かに今のこの状況はあくまでも他国の事情であり兄弟間かもしくは家の問題。そんなことよりも、とにかく今は自分達の無事――命を最優先にすべき。

「何をぼーっとしていますのよ! はやくっ!」
「――……いや、やっぱいけないって。なんでか知んねぇけど、今ここで逃げたらダメな気がするんだ」
「ダメって、どうして?」
「どうしてって言われても、まぁ……勘なんだけどさ。根拠なんかねぇよ」
「勘……?」
「ああ。あのアニキ、もしかしたらあの水の聖女のことが好きだったんじゃないかって思ってさ」

先程からユリウスが事あるごとに怒りを向けているのはリオンに対して。しかしその怒りの中に一際語気を荒げていたことがあった。それは、リオンがクリスティーナに信頼の言葉を向けている時。リオン自身がクリスティーナの信頼を感じられている素振りを見せた発言をした時。その時が殊更ユリウスの悪態はひどかった。

「……確かにそうかもしれないけど、それがどうかしましたの?」

この場で他人の色恋沙汰などどうでもいい。加えて、自分の気持ちに気付いてくれないことと、どうすれば伝えられるのかという妙な葛藤もこんな時だというのに頭の片隅に同時に訪れていた。

「お前も聞いてるだろ? モニカとエレナのこと」
「……もちろんですわ」
「俺はモニカを助けたいんだよ。アイツらと一緒に」
「で、ですので、それを成すためにここで死ぬわけにはいかないのよ!」

最大の目的の為に、時には心を鬼にしなければならないこともある。王族として幼少期からそういった教育を受けてきたマリンにとっては常識。だがそれは商人の息子であるレインであってもある程度通ずるところがあるはず。損得勘定を正確に測ること。目先のことに囚われてはいけないということはわかるはずなのに。

(何を考えているのよ)

優先順位の履き違えをしているのではないかと。レインの考えが全く理解できない。

「違うっつーの」
「え? 違うって?」
「あの兄弟がどっか被るんだよ。俺らが見た過去と」
「それって……――」

大筋の話は聞かせてもらっている。恐らく人魔戦争のことだと。しかしその目で見ていないマリンにとっては聞き及んでいる部分とある程度の推測と推察のみ。
ただ、リオン・マリオスとユリウス・マリオスの兄弟が、誰と誰に重なるのかということはなんとなく察せられた。話に聞く双子、シグとスレイなのだと。

「偶然なんだろうけどさ、あれを見た俺からすれば、好きな女の為に戦うってことがどういうことなのか、一応は重く受け止めてるつもりなんだよ。シグとスレイは共にやり方を間違えただけで、気持ちに嘘はなかったんだ。だからよぉ、ここで俺も逃げるわけにはいかない気がするんだよな」
「で、でも根拠なんてないのでしょ?」
「だから勘だっていったじゃねぇかよ」
「そんな不確かな……」
「けど、そんな気がするんだ。でも俺の勘なんかで、そんなことでお前を巻き込みたくないんだ。だからお前だけはここは無事に逃げてくれ。あとさ、もし俺が死んだら俺の代わりにモニカとエレナを助けてやってくれないか? それと、ナナシーも。ナナシーのことだから無事だろうけど、ナナシーは時々無茶をするからさ」

そっとレインはマリンの背中を軽く叩く。その顔は苦笑いをしている。

「何をバカなことを言っていますの?」

呆れるような視線をレインへと向けるマリン。

「いや、お前がエレナのことあんま良く思ってないってことは知ってるけどよ。俺の最後の願いだって思ってさ。俺の顔に免じて頼むわ」
「え、縁起でもないこと言わないでよ! だ、だいたい、あなたの顔に免じられるものなんて何もありませんわよ!」
「はははっ。相変わらず手厳しぃなお前は」

不貞腐れて顔を逸らすなり、そっと頬に当てられる手の平の感触。

「その性格を直せばお前はめちゃくちゃモテるぜ」
「へ?」
「だってお前、黙ってればかなり可愛いもんな」
「にゃっ!?」

突然褒められたことで変な声が漏れ、どういう顔をすればいいかわからず思わず目を泳がせてしまう。

「それとさ、ここを抜けたとしてもこの先危ないこといっぱいあるだろうから十分に気を付けるんだぞ。ってもまぁここ以上に危ないことはそうそうねぇと思うけど」

話をしている間に防戦一方だったリオンがユリウスの一撃をまともに受けてしまっていた。

「ぐあっ!」
「はっ、もう限界か? だがよく持った方だ。出来損ないにしては、な」

膝を着くリオンに対して大きく剣を振りかぶっているユリウス。

「ちっ! どこが時間稼ぎをするだよ! 時間がねぇ! とにかく俺がアイツの気を引いてる間に逃げろっ!」
「えっ? あっ! ちょ、ちょっと!」

腕を伸ばすマリンの視線の先には、リオンへと駆け出しているレインの背中。振り返ることなどない。

「…………」

空を切った伸ばした手を戻し、手の平はそっと拳を作る。

「…………わたくしだけ逃げるだなんて、何を言っていますのよ」

小さな呟き。決して聞こえない感情。
どうして二人でこの場を逃げ出したかったのか、真意を全く理解してくれていない。気持ちをわかってもらえていない。

(だいたい、エレナのことは前より嫌いではないわよ)

自分でも恥ずかしい限りなのだが、嫌いになっていた理由は憧れから来ていたのだと。どのようなことでも器用にこなすエレナに憧れてしまっていたのだと自覚したのは最近。

(だから、エレナの助けになるのであればきちんと力になりますのに)

モニカに関してはあまり関りがなかったので従姉妹だと言われてもピンとこないし、モニカ自身も王家に入り込もうとする様子は見られず、聞く限りもそのような意思を持ち合わせていない。そうであれば必要以上に意識しても仕方ない。育ちも全く違うのだから。正直他人にしか思えない。
ただ、それ以上に聞き逃せない言葉が先程のやり取りの中に含まれていた。

(そもそも、どうしてレインは他人の恋心なら気付けるのよ)

ユリウスの憎悪の理由が水の聖女クリスティーナ・フォン・ブラウン絡みなのではないかと。人魔戦争でシグとスレイがミリアへ気持ちを寄せていたこととどこか似ているとそう口にしていた。いくらヒントになり得ることがあったとはいえ、どうにも納得できない。

(ほんとうに、レインはバカですわ)

堂々巡りの考え。ここでどうすればいいのかわからない。どうすればレインをこの場から逃がすことができるのか。答えが見つからない。

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