S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

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神の名を冠する国

第六百八十七話 異空間

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薄暗い空間の中で響き渡るいくつもの金属音。

(ここなら!)

周囲の様子を見る限り、この異空間であれば魔法を使っても周辺の被害は大きくないはず。
瞬時に魔力を練り上げると、生み出した氷の礫を射出した。

「テメェの気に入らねぇところはそういうところなんだよ!」

振り切られる鎌によって礫が粉々になって霧散する。

「魔法も剣技も一流だなんてよぉ!」
「認めてくれてありがとうゴンザ」
「チッ!」

ゴンザの眼前には、仄かに乱反射する氷の残骸の中にいるヨハンの姿。
魔法を繰り出すのと同時に、即座に踏み込んでいた。

「ぐっ!」

横薙ぎの剣戟をまともに直撃すると、ゴンザは後方に弾き飛ばされる。

「これで終わりだよ!」

次には剣に流し込む闘気。最大の威力――殺傷力を誇る剣閃。

「はあッ!」

追い討ちをかける一撃。だが、ゴンザは不敵な笑みを浮かべた。

「無游回廊」

直後、ゴンザの正面に生み出されるのは黒い渦。放たれる剣閃が渦の中へと吞み込まれる。

「なっ!?」

一撃必殺の剣閃を消されたことに驚愕するのと同時に、すぐさま後方から気配を感じ取ったヨハンは慌てて横っ飛びする。

「へぇ。よく躱したな」
「空間を歪めた?」

後方には剣閃を呑み込んだ黒い渦。そこからヨハン自身が放った剣閃が飛び出て来ていた。

「その通りだ」

手の平を真上に向けるゴンザの目の前に生み出される小さな黒い渦。それは先程よりも小規模。

「この空間はオレの領域だ。テメェの技は今みたいに自分に返って来るぜ」
「でも、魔法は返せないみたいだね」
「ちっ。勘が良すぎるだろテメェ」
「できればとっくにやってるからね」

これだけの切り札を隠し持っていたのならもっと有効的に使用しているので否定のしようがない。それに例えここで虚偽の言葉を並べ立てたところですぐさま実践すればいいだけ。

(この考えは間違っていないはず)

実際、ここまでの戦いを見る限り魔法が渦に呑み込まれることはなかった。剣閃に対して使用したのは恐らく闘気のみに作用するのだろうと。

「たぶん、性質の違いから」

闘気は魔法の一部ではあるが、属性としては無。しかし属性持ちの魔法はその構造が複雑であることからしてそれらが行えないのだろうと。

「そういうところはほんと気に食わねぇぜ」
「そんなこと言われても困るけどね」
「チッ。だがこれでテメェの技は封じられた。それに――」

その場で細かく何度も鎌を振り切るゴンザ。

「なにを?」

しているのかと思ったのだがすぐに答えは出た。鎌から生み出されるのは黒い刃。それらが渦の中に吸い込まれていく。

「くっ!」

ヨハンの周囲、四方八方に生み出される渦から飛来する黒い刃。

「オレ自身の攻撃はこうやって呑み込ませられるんだよ」
「がっ!」

避けた先で死角から飛び出す攻撃。天弦硬を駆使することで致命傷は避けられているが数が多いだけでなく多方面からの攻撃。

「く、くそっ」
「形勢逆転だなぁ。避けてばっかじゃなんにもできねぇぜ」

認識する頃には避けようがない。せめて視覚に捉えられていれば躱しようがあるのだが。

「それに早くしないと!」

中空に映し出されている映像には、テトとバニシュとアリエルが後手に回っているところ。
どうにも三人共本調子ではない様子。恐らくここに来るまでの消耗が響いている。

「よそ見して遊んでいる暇はないぞ」
「なに!?」

不意に聞こえる聞き覚えのある声。

「あん? なにしに来たんだてめぇ」

嬉々として鎌を振り続けているゴンザの背後に姿を見せたのはガルアー二・マゼンダ。

「どうしてあいつがここに?」

映されている中にもガルアー二・マゼンダの姿はあった。

「間もなく機は熟する。儂も力を貸そう」
「余計な真似すんじゃねぇよ」

振り払うようにゴンザが腕を振るう。

「だが貴様の我儘に付き合ってやったのも事実だ。これ以上時間をかけることは許さん」
「…………チッ」

苛立ちを隠さないゴンザは鎌に流し込んだ魔力を大きく膨らませた。

「だってよッ! 余計なちゃちゃを入れられる前にこれで死んでくれやッ!」

大きく振り切られる鎌。避けるために動こうとしたのだが、足下をグッと掴まれる。

「なっ!?」

地面から浮かび上がっているのは幾つもの影の手。

「くそっ!」

すぐさま影の手に向けて剣を振るい断ち切った。

「っ! しまっ――」

迫りくる大きな黒の刃。直撃することは免れない。全力で防御姿勢を取る。
瞬間、上方でキラッと小さく光を放つと、一筋の閃光が飛来した。

「え?」

閃光が黒の刃を地面に叩きつけると、そのまま黒の刃は霧散する。

「誰だッ!?」
「今のは?」

間違いなく誰かの介入。視線をゴンザの方角に向けると、ゴンザは上方を見上げていた。

「あぁん?」

その視線の先を同じようにして見上げると、空とも呼べない場所には小さくひびが入っている。

「ふむ。こんなところにおったか小僧よ」

聞いたことのある女性の声。声が響いたかと思えば、次には罅が大きくなりパリンと大きく割れる。

「天雷」

直後、凄まじい魔力の波動を感じ取るのと同時に、その場から降り注ぐのは幾つもの雷。

「ぐぅっ!」

その場を雷が埋め尽くした。

「どうやら無事のようだな」

声と同時にヨハンの目の前に着地する槍を手にする男。

「ジェイドさん!?」
「苦戦しているようだな」
「……はい」
「気に病むな。あの人の魔法でも倒せんのだからな」

ジェイドと反対側にふよふよとゆっくり着地しようとする妖艶な金色の長い髪の女性。

「ふむ。やはりこの程度では倒せんか」
「シルビアさんも、どうしてここに?」
「無論手を貸しに来たに決まっておろう」
「いったいどうやって?」

とはいうものの、母エリザの師であるシルビアが魔法の探究者なので、恐らくそれらの力を使ってのことだろうということは推測できる。気になったのはそんなことではなく、どうしてシルビアがこの場所に姿を見せたのかということ。
ジェイドに関しても同じ。あれだけ関与するのを固辞していたジェイドがどうしてこの場に参戦したのか。

「そんなもの決まっておろう。結局はここに行き着いたということだ」
「そう……なんですね」

人魔戦争の回想を終え、解呪の方法を探して旅に出ていた両親達。

「ってことは父さんたちも?」
「いや、他の者は街の方の鎮静化をしておるのでここへ来たのはワシ等だけじゃ」
「そう、なんですね」
「がっかりしたか?」
「いえ。そんなことないです。むしろ助かりました」

街の方も気掛かりだったのは間違いない。それにシルビアのこの様子だと、両親に限らずラウルやクーナなども来ているのだろうと。

「おかげでモニカ達を助けることに専念できます」
「うむ。良い目じゃ」

ヨハンの決意の眼差しを見るシルビアは、その瞳の奥に二人の人物を見た。

(やはり二人の血を引いておるということじゃな。あの時によく似ておる)

かつての最大規模の戦い。漆黒竜グランケイオスのとの戦いの時に見せていたアトムとエリザの表情に。その面影を重ね合わせる。

「ジェイドさんもありがとうございます」
「お前たちの教師からの依頼だ。気にするな」
「教師って、もしかしてシェバンニ先生が?」
「ああ。それに、拙者としても利がないわけではない。これが終われば彼の竜人族が相手をしてくれるという約定を取り付けたのでな」
「……それって」

間違いなくニーナの父であるリシュエルのことなのだろうと。

(でも……――)

目が合うと微笑まれた。

(――……ただ単に素直じゃないだけなのかもしれないなぁ)

すぐに視線を逸らされたのだが、そこに感じるのは親しみ。

「以前は敵対した仲だが、今回は共闘といこうではないか」

憮然とした態度を取りつつ槍を構えるジェイド。

「よろしくお願いします。ジェイドさん」

そのままヨハンも剣を構える。

「サポートに関してはワシに任せろ」
「ありがとうございます。シルビアさん」

杖の先端をパリパリと鳴らすシルビア。準備は万端。

「チッ」
「不満がっている暇はないぞ。奴らは油断ならん」
「わかってるっての」

予期していなかった不意の加勢を得て戦いに臨んだ。

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