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想像以上の夏

040 買い物の目的

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―――潤の誕生日の前々日。

「じゃあ行って来るね!」
「おう、気を付けてな」

いそいそと出掛ける準備をしている杏奈は黒のTシャツに深緑のキュロット、黒のニーハイを履いている。
潤はジャージという名の部屋着を着てリビングでのんびりと過ごしていた。

「そっか、あいつ今日花音と買い物に出かけるんだったな」

付いて行きたいとは思うものの、どうして付いて行くことができようものか。大人しく杏奈が帰って来るのを待ってそれとなく様子を聞いてみようとすることにした。教えてくれるかどうかは別として。



「あっ、杏奈ちゃん。ごめんね付き合わせちゃって」
「いえ、大丈夫ですよ。それよりも花音先輩早いですね」
「まぁ後輩を待たせるのもなんだしね」

駅の構内で待ち合わせをして花音と杏奈は合流を果たす。先に着いた花音は落ち着いた様子を見せていた。

「どうしたの?」
「やっぱり花音先輩って凄いセンスいいですよね」
「えっ?そ、そう!?」

花音をじっと見つめる杏奈の視線が気になったので問い掛けると、杏奈は花音の服装に目がいっている。

「うん、その花柄のワンピースにデニムジャケットと麦わら帽子にウェッジソールって花音先輩にぴったり!私には似合わないなー」
「そんなことないわよ、私も結構苦労しているんだよ?」
「えー、そうは見えないですよー」
「女の子はそういう風に見せることができるってことよ。杏奈ちゃんもきっとわかってるはずよ? じゃあ行きましょ」
「そういうもんなんですねぇ」

杏奈は花音の言うことに覚えはないのだが、多少は納得して歩き始めた。

そうして行き交う人が大勢いる人出の多い駅を抜けると目の前には大きなデパートがいくつも建っており、その中の一つに入って行く。



事前に兄へのプレゼントとは聞いていたので、それらしい物を探すためにまずはメンズ服売り場に向かった。

「それで、そのお兄さんってどういう人なんですか?それによってはプレゼントの内容が変わりますよね?」
「ええ。離れた大学に通ってて今は一人暮らししているの。今回久しぶりに帰って来るから」
「それでプレゼントなんですか?」

帰って来るからプレゼントとはどういうことだろうかと思い首を傾げる。

「ああ、プレゼントっていうのは兄がもうすぐ誕生日なの。ほら、あの隣町の花火大会の日がそうなの」
「あー、来週の日曜日ですよね?じゃあ潤にぃ……お兄ちゃんと同じ八月なんですね」
「そうみたいね」

兄の帰省日が誕生日だということに納得すると同時に潤のことを引き合いにだした。花音は確認する様に杏奈に問い掛ける。

「あれ?お兄ちゃんの誕生日知ってたんですか?」
「え?ええ、前に聞いた事があるのよ」
「ふぅん」
「それで杏奈ちゃんは何かあげるの?良かったら参考に聞かせて欲しいな」

潤が欲しがる物を尋ねるのだが、杏奈は眉をひそめる。

「えー、この間聞いたら大したもの欲しがらなかったですよ」
「あっ、そうなの?例えばどんな物欲しがったの?」
「絶対参考にならないですよ?ゲームとラノベですって」
「ふふっ、潤らしいわね」

ついこの間ゲームセンターで遊びながら聞いた欲しいものを花音に話すと花音は口元を押さえて笑う。

「あれ?花音先輩お兄ちゃんがゲームとラノベが好きなのも知ってたんですか?」
「あっ、ええ、それも前に聞いたことがあるのよ」
「へぇー、部屋を見ている光ちゃんや真吾さんならわかるんですけど、高校だと恥ずかしくて隠しているもんだとばっかり思ってました。意外と自分を出しているみたいで妹としては嬉しいですね」
「いや、高校では―――」

兄の潤が家と外でキャラを変えていないことに安堵する。外で取り繕うことも時には必要だが、素の自分を花音相手にだせているようだと思うと安心したと言うのだが、横に居る花音は慌てて否定しようとしたのだが―――。

「あっ、この帽子かわいい!こんなのどうですか? って、どうしたんですか?」
「あー、いえ、なんでもないわ。確かにそれかわいいわね」

否定するタイミングを逸した花音はどうしようかと躊躇する。しかしわざわざ否定したところでその後に続ける言葉を持たなかったので、ぐっと喉の奥まで飲み込んだ。

「じゃあそれにしようかな?」
「えっ?もう決めちゃうんですか?アクセサリーとかも見に行きません?」
「まぁあんまり悩んでも仕方ないかなって気になったし。それにアクセサリーを送られて喜ぶ兄でもないしね」

「そう……ですか」

花音が簡潔に決めてしまおうとするのを横目に杏奈はどこか残念そうにしている。
どうやらアクセサリー売り場を覗きに行きたい様子を見せているのに花音が気付いた。

「せっかくだから行きましょうか?あとそれは光汰君にってことでいいの?」
「えっ!?……いやぁ、そうですね。 えへへっ、付き合ってもらってもいいですか?別に今日買うわけじゃないんですけど、ちょっと見ておきたいなぁって」

潤がアクセサリーに対してそれほど興味がないことも知っていれば、杏奈が潤に対してアクセサリーを贈る様には思えなかった。消去法で残るのは杏奈の想い人であるであろう光汰に対してかと確認すると、杏奈は少し照れながらもそれを否定しなかった。どちらかというと肯定している。

「いいわよ、私もどんなのがあるのかちょっとは見てみたかったし。じゃあいきましょうか。あっ、その後私も書店コーナーに付き合って欲しいんだけど?」
「いいですよ、どうせお兄ちゃんに買おうと思ってましたし」
「ならちょうど良かったわね」

そうしてアクセサリーの店舗を数店舗見回った後に書店売り場を覗きに向かう。


「光汰君って昔からああなの?」
「光ちゃんですか?」
「うん。潤と仲良いじゃない?」
「そうですねー、元気で明るくてそれに優しくて面白いです。家も近所で昔からよく遊んでましたね。私はそれに付いていってたって感じですねー。だからいつも妹としか見てもらえないんですよね」

杏奈が光汰に贈るアクセサリーを見繕っている横顔を見て花音はふと聞いてみたくなった。
突然の質問に対してだが、それでも杏奈は思い出す様に懐かしそうに昔話を語り、それでいて恥ずかしそうにも寂しそうにもしていた。

「そっか、上手くいくといいね」
「そういう花音さんも誰かに贈りたいんですか?」
「えっ?どうして?」
「いや、なんとなくなんですけど、さっき花音さんがとてもやさしい顔で商品を見つめていましたから。最初はお兄さんにかなって思ったんですけど、それはさっき帽子買いましたし。そうなると好きな人なのかなって」

先程はアクセサリーを見る杏奈に付き合っていた花音なのだが、花音が杏奈をなんとなく見ていたのに対して、杏奈も花音をなんとなく見ていたのだった。その時の様子を杏奈は話しているのだが、花音は少し沈黙してから考えた末に答えた。

「……そうね、全然上手くいかないんだけどね」
「えー!花音さんみたいな可愛くて綺麗な人でもですか!?それに性格も凄くいいのに!」

花音の返答を聞いた杏奈は驚いて目を丸くする。

「ふふっ、そうね、可愛いくて綺麗で性格が良いかどうかなんてわからないけど、努力はしているつもりよ。そういってくれてありがと。でも杏奈ちゃんも十分可愛いわよ?」
「えへへっ、花音先輩に言ってもらえると自信になりますね!」
「……そんなことないわよ」
「?」

花音に褒められて喜ぶ杏奈なのだが、その横で少し表情を落とす花音。どうしてそんな顔をするのかよくわからない杏奈は疑問符を浮かべるのだが、聞いてはいけない気がするので聞けずにいた。

「じゃあお互いに好きな人に振り向いてもらえるように頑張ろうね!」
「はい!(うーん、もしかして禁断の恋……?そんなわけないか)」

それほど時間がかかることなく杏奈に微笑む花音を見ていくらか安心するのだが、どうにも引っ掛かった。


その後は何気ない会話をして歩いている間に大きな書店に着く。


「えーっと、確かここら辺に……あったあった!」
「へぇー、潤はこういうのが好きなのね。可愛らしい絵ね」
「私にはあんまり良さはわからないんですけどねー。けど困ったなぁ」
「どうしたの?」

書店で目的のラノベを見つける。花音はラノベをあまり知らない様子を見せて興味を持っていた。
杏奈はそんな潤の趣味を少し小馬鹿にするのだが、手に本を二冊持ちどうしようかと悩んでいる。

「はい。 どっちがいいのかわからないんですよね。一応事前に聞いて来たんですけど、あんまり細かく聞いてこなかったから……。どうしよう」
「えっと、なになに?『駄天使が召喚した聖女は戦う聖女だった』と『転生した異世界で色鉛筆無双』ふふっ、可笑しなタイトルね。 ねぇ、それはどっちも欲しがってるのよね?」
「はい。けどあんまり持ち合わせがないから二冊はちょっと……」
「じゃあ、これならどう?」

花音は杏奈の手に持つ表紙に可愛らしい女の子が描かれた本を一冊受け取る。唐突に本を取られた杏奈は不思議そうに花音を見た。

「私がこっちを潤にプレゼントするってことで」
「えっ?でも……」
「いいのいいの。潤にはいつもこんな可愛い杏奈ちゃんを預けてもらってるんだから。ちょっとしたお礼ね」
「じゃあ……お言葉に甘えて。ありがとうございます」
「ううん、気にしないで」

花音の提案を了承して嬉しそうにレジに支払いにいく杏奈の背を見て花音もどこか嬉しそうな表情を浮かべる。

支払いを終えた杏奈と共に帰路に着くのだが、その途中で杏奈は思いついたように花音に提案した。

「花音先輩?」
「なぁに?」
「せっかくのプレゼントですから潤にぃをびっくりさせませんか?」
「えっ!?」

意地悪そうな顔をしながら杏奈は思いついた提案を花音に話した。

「―――ってな感じでどうでしょう?」
「……いいわよ」
「やった!じゃあお願いします!」

花音は困惑しながらも思慮深げに深く頷いたのだった。
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