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文化祭喧騒

102 文化祭行脚

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文化祭開催の真っ只中、校舎から外に出ると多くの人が訪れており、制服姿の学生以上に来場者がいるのは容易に見て取れた。

「天気が良くて良かったわね」
「そうだな、雨でも降ると外でやるクラスは大変だろうな」

そうなると入場者数は激減して盛り上がりに欠ける。それでも両親は来ていただろうと思ったのだが、そういえばそもそも両親の姿を未だに見ていなかった。まだ来ていないのだろうか。そして同時にふと疑問に思う。

「そういえば花音のお兄さんは来てたけど、親は来ないのか?」
「えっ?うん、お父さん仕事で、お母さんは明日来るみたい」
「そっか、じゃあ顔合わせられないのか。俺も家に挨拶に行った方がいいのかな?」
「い、いいわよ、別に来なくても!恥ずかしいし」

続けて疑問に思ったことをそのまま問い掛けると花音は両手を振って断った。

「えっ、でも、花音だけうちに挨拶してるってのは――」
「いいの!こっちは大丈夫だから!」
「そっか?まぁ俺としても恥ずかしいから顔を合わせた時でいいけど……」

彼女の両親に挨拶をするのなどどうしたらいいかわからない。花音のようにスマートな挨拶ができるのか?絶対にテンパる自信ならある。
挨拶をせずに済んだことには助かるのだが、いつかは挨拶をしなければならない。いつでも挨拶ができるように心掛けておこう。

「あれ、潤に花音ちゃんじゃないの?」
「えっ?母さん!?父さんも」

後ろから声を掛けられて振り返るとそこには潤の母親と父親がいた。

「あっ、小乃美さん。こんにちは。それに初めましてお父さん、浜崎花音といいます」

深々とお辞儀をする花音に母親が近付き声を掛ける。

「あらあら、いいのよこの人に挨拶なんて」
「おい、母さん、それは少しひどくないか?こんにちは、花音さん。いやぁ、それにしても話に聞いていた以上に綺麗な子だね。こんな子が潤と――うぐっ!」

父も近付き花音に挨拶をするのだが、明らかに余計なことを言おうとしていたので腹部に母親から肘打ちをされて悶絶する。

「――――――つうぅぅぅ」
「(あほだな)それで、母さんたちは?」
「色々と見て回って、さっきまで杏奈のところに行ってたのよ。それで今からあんたのとこに行こうとしていたの」
「そっか」
「…………(ほっておいていいのかな?お父さんのこと)」

腹部を押さえて呻き声をあげる父親を余所に何事もないかのように会話を続けている潤と小乃美を花音は苦笑いをしながら見ている。父親が少し気の毒に見えたのだった。

「――す、すまんかった。ついうっかりしていた」
「ほんと気を付けてくれよな」
「潤達は今休憩中?それにそもそも一緒にいて良いの?って、あんた背中に何貼ってるのよ?」
「あー、これのおかげっていうか、まぁ明日の宣伝だな」
「あっ、なるほどね。じゃあゆっくり楽しみなさいな。お母さんはお父さんと適当に見て回るわ。顔を見ることが目的だったし」
「そっか、わかった」

潤の両親は潤と花音に手を振り足早にその場を後にする。

「潤のご両親って仲良いのね」
「ん?花音のところはああじゃないのか?」
「うちはまぁ、普通かな?潤のところが良すぎると思うの」
「そうかな?」

潤としては常日頃から見ている光景である。
事あるごとに両親で出掛けているのを目にしているので、どこを見て仲が良いのかわからなかった。

そうして潤と花音も歩き始め、着いたのはグラウンドに設置された一年のブース。杏奈と瑠璃のクラス。

「あっ、お兄ちゃんと花音先輩、いらっしゃい!」

杏奈を探すよりも前に、杏奈の方が潤達を見つけて声を掛けて来た。
杏奈は店の前で客引きをしており、当日を迎えるまでは出店するのが焼きそばで普通と言っていたにも関わらず法被を着てねじり鉢巻きをしてそれなりに気合が入っているのが窺えた。

「おっ、似合ってるなそれ」
「うん、可愛いわ」
「えへへっ」
「瑠璃ちゃんは?」
「瑠璃ちゃんは、ほら――」

促されるまま店の中を見ると瑠璃が鉄板の前に立っていた。

「こんにちは潤先輩、花音先輩」
「こんにちは、瑠璃ちゃんが焼いてるんだね」
「まぁちょっとだけですけどね」
「でも凄いと思うわ。私にはちょっと難しいかも」
「そうですね、花音先輩は苦手ですもんね」
「……中々言うわね」
「何か?本当のことを言っただけですけどね」
「――ちょっと瑠璃ちゃん!?」

どこか剣呑な雰囲気を感じ取り、思わず慌ててしまう。

「大丈夫よ、心配しないで。じゃあ二つもらえるかしら?」
「はい、わかりました。二つですね。少しお待ちください」

これぐらいでは怒らないわという具合に花音が答えたのでほっと一息吐く。さすがにここでトラブルは起こせないのが花音も瑠璃もわかっているのだろう。

そうして瑠璃が際良く容器を用意して詰めていく。
やたらと周囲からの視線を感じるのは花音の存在なのはわかっている。微妙に「瑠璃ちゃんと付き合ってたんじゃ?」といったような声も聞こえるのだが、わざわざ答えてやる必要もない。

「――お待たせしました」
「ありがとう」
「あっ、先輩はこっちです」
「ん?俺がこっち?」
「はい、少しおまけしておきました」
「あ、あぁ、ありがとう」

花音にはないのだろうなと思うのだが、ほじくり返す必要もない。黙っていよう。

そうして瑠璃が焼いた焼きそばを買って二人でベンチに腰掛けて食べる。

「美味いな」
「……そう、ね。確かに美味しいわ」
「ん?どうした?」
「潤、お肉入っていたわよね?」
「ああ、むしろ多いぐらいだから、これがおまけだったんだろうな」
「そっか」

どうしたのかと思い、花音の方の焼きそばに目を送ると、花音の焼きそばの中には肉が見当たらなかった。

「(ちょっと!瑠璃ちゃん!?)」

思わず困惑する。まさか花音の方の肉の分が自分の方に足されていたのだということにたった今気付いた。
例に漏れず、触れずにいる方が良い気がしたのでそっとしておくこととする。

「(中々ふてぶてしいことするわね、あの子も)」

そこで花音が瑠璃の方に視線を送ると目が合った。途端に瑠璃は舌を出して『んべっ』としたのだった。
その様子を潤も花音の隣で見ていると、花音の割り箸がバキッと折れた音が聞こえた。

「――ちょっと新しい割り箸貰ってくるわ」

「あ、あぁ」と口で答えるのみに留めてもう見ないようにすることにした。


そこでどんなやりとりがあったのかは知らないのだが、知りたくもなかった。
そうして食べ終わると、最後にもう一度杏奈と瑠璃に声をかけて杏奈たちの店を後にする。その様子には特に変化は見られなかった。

その後、色々と見て回っていると時々同級生から声を掛けられるのだが、背中の張り紙を見せたら納得されると同時に耳元で役得だよなといった声を何度も掛けられた。
いつもの調子なら羨ましいだろといった感じで返答をするのだが、微妙に言いづらい。

意外だったのは花音が射的を得意だったことには驚きだ。花音曰く、「普通に見れば当たるでしょ?」ということだった。その普通が難しいんだろう。

再び戻った校舎内で行われていたクイズはなぞなぞなら余裕で勝てたのに、知識を試される問題は完敗した。この辺は学力の差だろうという風に納得する。

最初は二人で文化祭を回ることに周囲の目が気になっていたのだが、こうやって実際に回ってみると考えすぎだったのだということがよくわかった。当然羨む声は聞こえることもあるのは致し方ない。
なにより、あまりそういったことを意識し過ぎて花音に不快な思いをさせるよりは良いだろうという結論に至った。





――――その頃、潤のクラスの仮装喫茶では。

仮装喫茶の裏手に置かれた二脚の椅子に隣り合って座る雪と奏。

「あのさ、なんで雪がここにいるんだ?」

花音の兄、奏は教室に戻って来たら花音の姿はなく、探しに行こうとしたのだが雪に止められた。

「それは私のセリフよ。あなた確か一人暮らしするためにこの街を出たわよね?なんで今更ここにいるのよ」
雪が少し不機嫌な様子を見せながら問い掛ける。
「俺は妹の為にだな――」
「あーあー、わかったわかった。もうそれ以上は言わないで」
「んだよ、聞いて来たのそっちじゃねぇか」

雪は奏が来ている理由はわかっているのだが、聞かずにはいられなかった。奏が口を開くとすぐに遮るように邪険に扱う。
お互いに顔見知りなのは明らかなのだが、どこか遠慮がちな奏に対して高圧的な態度を取る雪の姿がそこにあった。


「な、なぁ、あの人、奏って人って花音ちゃんのお兄さんなんだよな?なのになんで雪ねぇとしゃべってるんだ?」
「そんなこと私に言われてもわかるわけないでしょ!(まさか雪ねぇの元カレが花音ちゃんのお兄さんだったなんて…………色々ややこしすぎるでしょ!)」

凜は確認したわけではないのだが、察してしまっていた。
凜が知る雪の高校時代、可愛く綺麗な自慢の姉が唯一浮かれていた時期があった。どれぐらいの期間だったのかはわからないが、あの当時に聞いたことで覚えているのは照れながらも嬉しそうにしていた姉の顔。
いつからかその顔に陰りが見られ始めたので詳しく聞くことはできなかったのだが、今はっきりと理解した。その原因は目の前の人物、奏によるものだったのだろうということを。

「もうすぐ花音ちゃん帰って来るよな?」
「潤が帰って来なくて良かったわよ」
「潤はどこに行くんだ?」
「響花ちゃんの相手役を頼んだわ。それよりも、とにかくあと少しで今日は完売になるんだからもうちょっと頑張るわよ!」
「あいよ、リーダー」

花音が帰って来ることに対する心配事はあり、他にも気になることはあるのだが、とにかく自分達のことに集中することにした。

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