獣人王と白い導き手は運命の恋に導かれる

木月月

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プロローグ

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 春の陽射しは、辺境の大地に柔らかく降り注いでいた。
 小高い丘に立つと、遠くまで緑の波が続いているのが見える。畑を耕す茶色の耳や尻尾を揺らす兎族、川沿いで魚を捕まえては笑い合う水鼠族の子ら。その奥には、のんびりと風に身を任せて羽音を響かせる小鳥族の姿もある。ここ、グランディア帝国の最北端に広がる領地は、あらゆる小動物族にとっての憩いの場だ。

 私、フィーネ・ルナリスは、籠を手に森の端を歩いていた。腰のあたりまで伸びる長い白毛が風に揺れ、薬草の匂いを運んでくる。今日の目当ては〈青花草〉と〈癒しの苔〉。熱を下げる薬にするため頼まれていたのだ。
 ――こうして薬草を集め、村の人たちに分けるのは、もう日課のようなものになっている。
 白猫族として生まれついた私は、他の誰よりも精霊の声を聞き取りやすく、その導きで草木を見つけたり、時に魔法を使って薬効を引き出したりすることができる。小さな村の中では、それだけで十分に役に立てるのだ。
 籠が半分ほど埋まったところで、森の奥から小鳥族の少女が駆けてきた。
「フィーネさま、領主さまが広場に来てほしいって!」
「わかったわ、すぐ行くね」
 小さな翼をぱたぱたさせ、「はやく! はやく!」とせかす少女に続き、私は足を村の広場へと向けた。
 そこでは三毛猫族の領主が集まった住民たちと談笑していた。まだ壮年の彼は温厚な人柄で、村人たちから厚く信頼されている。王都の貴族たちが持つような煌びやかさはないけれど、この穏やかな気候と広大な土地を守り抜いてきた誇りを、その三色の毛並みが物語っていた。
「おお、フィーネ。今日も森に行っていたのか。助かっているよ」
「領主さまのお役に立てているなら、嬉しいことです」
 そう言って頭を下げると、領主は満足げに頷いた。

 ――ここは帝都から馬車で一ヶ月はかかる辺境。
 王都で暮らす獣人たちからは「田舎」と笑われる場所だと言われているらしいけれど、私はこの土地を気に入っている。春は花が咲き乱れ、夏は川が澄み、秋は実り豊かで、冬は白銀に包まれる。その巡りを見守る精霊たちは、私にとって家族のような存在だ。
 魔法の才能があると言われながら、私はこの村を出る勇気がない。外の世界に踏み出せば、白猫族は珍しがられ、時に差別される。私以外の白猫たちはそんなこと気にしないとばかりにさまざまな場所を渡り歩き自由気ままに生きている。……私しかこの領地で薬草を扱える白猫がいないことを、ここに留まる理由にしてしまっているのだ。

 その夜。
 私は窓辺に腰掛け、月明かりに照らされた森を眺めていた。幼い頃から祖母が語ってくれた神々と精霊の物語を思い出す。大地を司る女神、炎を統べる男神、そして空を渡る風の神々。私たちが魔法を使えるのは、彼らの加護があるからだと。
 けれど、祖母は最後に必ずこう言っていた。
「神々は気まぐれだよ、フィーネ。誰を選び、誰を試すかは、誰にもわからない」
 その言葉の意味を、私はまだ知らない。

 ***

 グランディア帝国ーー獣人たちが築いた大陸最大の国だ。
 他国の人族、魔族、竜人族などさまざまな国があるが、領土で言えばグランディア帝国が最大である。
 歴史は四千年以上に及び、王位はかつて、獣人同士の死闘によって決められてきたという。だが数千年前、神々の声を受けた大神殿が宣言した。「尊い血が絶えることを憂う」と。以後は神託によって王が選ばれることになり、獅子族や豹族、黒狼族などが代わる代わる帝位を担ってきた。
 私たち白猫族のような小種族は、王位とは無縁だ。
 辺境で静かに暮らし、精霊と共に薬草を育て、土を耕す。誰かを支配することもなければ、大戦を指揮することもない。だからこそ、穏やかな時の流れを享受できてきたのだろう。
 人族との違いは、寿命にある。人はわずか百年足らずで一生を終えるが、獣人たちは長命だ。短くとも四百年、長ければ千年を超える者もいる。私たちにとって50年や100年は、ほんの子ども時代にすぎない。私も120才でまだ「若者」と呼ばれる年頃なのだ。
 魔法の適性もまた、神々からの贈り物だ。
 炎は激情、風は自由、水は調和、土は安定。それぞれの神の加護を受け、我らはその力を操る。
 私は幸いにも、水と土、そして稀少な空間魔法の加護を授かった。空間を操る力は白猫族でも数百年に一度しか現れないとされ、長老たちは「選ばれし証」と口にした。
 だが私は、それを誇る気持ちになれなかった。
 帝都に出れば、白猫族は「役立たずの小動物」と笑われることが多いからだ。どれほど力を持っていても出自だけで値踏みされ、そうした現実を村を訪れた行商人の話や、旅から戻った者たちの口から耳にしてきた。
 この辺境の領地でなら、村人が笑顔で「ありがとう」と言ってくれる。薬草を渡せば喜ばれ、畑を潤せば感謝される。外の世界で蔑まれるより、この場所で必要とされる方が、ずっと心安らぐ。
 この平和が続けばいいのに、とそう願って仕方ない。

 異変が起き始めたのは、初夏の風が吹き抜けるころだった。森に入った兎族の少年が、血相を変えて駆け戻ってきた。
「森の奥の魔獣が、落ち着きがなくなってる! 今まで人を避けてたのに、こっちを睨んで……!」
 その話はすぐに辺境の領地全体を駆け巡った。
 小動物族にとって、森は命の糧を与える場所であり、同時に魔獣という脅威を孕んだ場所でもある。普段ならば互いに棲み分けていたが、その均衡が崩れている。
 私もすぐに森に入ると精霊に耳を澄ませた。
 確かに、木々のざわめきはいつもより早口で、苛立つような響きを含んでいた。水の精霊も落ち着きなくせせらぎを震わせ、森全体が不安に駆られているようだった。
「世界で何かが起こっているのかもしれない」
 領主の元に戻った私の報告を聞いた民たちは不安げであり、領主も眉間に皺を寄せて言った。
「大きな変化があれば、精霊たちの流れも乱れる。……だが詳しいことはわからん」

***

 その夜。
 帝国全土へと、大神殿から伝達魔法陣を通じて告げられた知らせがあった。
 ――鷲族の先王が退き、獅子族が王位を継ぐ、と。
 そして神託が下ったこと。
『若き獅子王を支える、白き導き手が現れる』
 その一報は瞬く間に帝国中を駆け巡り、都は熱狂に包まれたという。
 「白き導き手」とは誰なのか。どの種族なのか。貴族も市井の民も口々に推測を語り合い、各地で祭りのような騒ぎになった。

 ……ただし、辺境を除いて。

 私たちの村に設けられていた伝達魔法陣は、古くから壊れたまま放置されていた。修理に訪れる術者など滅多に来るはずもなく、辺境の住民は誰一人として、その大騒動を知らなかった。
 帝国が沸き立つそのときも、私たちは普段通り畑を耕し、森で薬草を摘み、火を囲んで食事をしていたのだ。
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