獣人王と白い導き手は運命の恋に導かれる

木月月

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第二話 辺境に届く風

 辺境の村は、いつもと変わらぬ朝を迎えていた。
 森を抜けて差し込む光が畑を照らし、家々の煙突からは朝餉を作る煙が細く立ちのぼる。白猫族の青年フィーネは、薬籠を抱えて村の小道を歩いていた。薬草を刻んで乾かし、隣家の老夫婦に届けるつもりだった。
 ――その穏やかさを破ったのは、村の広場に光の蝶が舞い、降り立った光のきらめきである。
「来たぞ!」
「久しぶりだな、商会の人たちだ!」
 子どもたちが駆け出し、犬の獣人たちが尻尾を振って走る。光の粒が集まり、大きな転移陣が形を取る。その中心から、長衣をまとったエルフが二人、そして逞しい体躯の人間たちが次々に現れた。背には見慣れぬ木箱や布袋が浮遊し、魔法で空間から取り出された品々が次々と積み上げられていく。
「やあやあ、辺境の諸君! 元気にしていたかい?」
 先頭のエルフが陽気に両手を広げて呼びかけた。翡翠色の瞳がきらりと輝く。
「定期便って言っても、まあ三か月ぶりだね。こっちは忙しくてねえ」
 彼らは〈青月商会〉と名乗る一団だった。獣人国だけでなく、人間の王国や竜の山岳地帯、時には砂漠の向こうの魔導都市にまで足を伸ばす、気まぐれで型破りな商人たちである。転移魔法と収納亜空間を駆使して、どんな辺境にも現れる。
 村の広場には、あっという間に領民たちが集まった。久方ぶりの異国の品に胸を躍らせる者。珍しい酒や布を目当てにする者。子どもに菓子を買い与えようと財布を握る者。領主である三毛猫族の男も姿を見せ、にこやかに彼らを迎えた。
「おお、久しいな。道中は無事であったか?」
「もちろん。転移と空間収納さえあれば、道も獣も関係ないさ」
「はは、便利なものだ」
 笑い声が弾む中、ふと一人の人間商人が眉をひそめた。
「しかし……ずいぶん、のんびりしているな。辺境とはいえ、こんなに平穏でいいのか?」
 隣のエルフも頷いた。
「帝都じゃあ、ここ数か月は“白き導き手”の話題で持ちきりさ。王都から各領地まで、候補者を探すために祭りのような騒ぎになっているのに……」
 その言葉に、領民たちは一瞬ぽかんとした顔をした。
 年寄りが首を傾げる。
「なんだって? 白き……導き手?」
 商人たちは顔を見合わせ、声を落とした。
「……知らないのか? 大神殿の神託だ。“若き獅子王を支える白き導き手が現れる”と」
「帝都はおろか、周辺領地まで候補探しで大騒ぎだ。白い毛並みを持つ獣人族は、みな調べ尽くされた」
 その瞬間、広場にざわめきが広がった。
 長老がゆっくりと杖を突き、領主に目を向ける。
「おい、我らにはそんな話、一つも届いておらんぞ」
 三毛猫の領主も同じく困惑の表情を浮かべた。
「……まさか。辺境の伝達魔法陣は、何十年も前から壊れたままになっていたが……」
 商人たちが「ああ、なるほど」と肩を竦めた。
「だから知らなかったんだな。帝都の者にとっちゃ常識になりつつあるのに」
「しかし、そうなると……この辺境は、まだ調べが及んでいないってことか」
 鋭い視線が広場を巡る。
 白い毛並みを持つ獣人族はいないか――そう探るような目で。
 だが、辺境の領民たちは苦笑して肩をすくめた。
「ははは、残念ながらな。ここの白猫族なんぞ、ほとんど外に出て行っちまうんだ」
「旅好きで気まぐれでな。あっちの国、こっちの国とふらふら渡り歩いて、結局帰ってこないやつばかり」
「残ってるのは――」
 視線が一斉に、広場の入口に向けられた。
 そこに、薬籠を抱えたフィーネが立っていた。
 白い毛並みを陽光に輝かせ、青い瞳を丸くして立ち止まる。突然注がれた視線に戸惑いながらも、彼は小さく会釈した。
「おや……?」
 商人の一人が目を細めた。
「白猫族……?」
 村人たちは愉快そうに笑った。
「そうそう! ここの白猫族で残ってるのは、もうフィーネだけさ」
「でもまあ、ただの村の若者だ。導き手なんて、大層なものじゃないよ」
「薬草摘んで、畑を手伝って、あとはちょっと魔法が得意なくらいでな」
 それを聞いた商人たちは、鼻を鳴らした。
「なるほど……だが、帝都の貴族連中も似たような田舎者を候補から外していたな。結局、誰一人として当てはまらなかったが」
「そう、見る目がないんだよ。導き手がどんな者か、本当に理解しているのか怪しいもんだ」
 彼らは揶揄するように笑った。だがその視線は、どこか好奇の色を帯びてフィーネに注がれていた。
 フィーネは事情を飲み込めず、薬籠を抱え直した。
「……あの、何か……?」
 彼の問いかけに、商人の一人がにやりと笑った。
「いや、気にするな。ただ……世界は思った以上に騒がしくなっている、ということさ」
 辺境の空気が、わずかに揺らいだ瞬間だった。

 ***

 〈青月商会〉の商人たちは、広場に腰を落ち着けると、次々に箱を開けて品を並べていった。
 色鮮やかな絹布、帝都で流行の細工物、香り高い酒、珍しい果実の砂糖漬け。辺境では滅多に見られない品に、村人たちは歓声を上げ、目を輝かせる。
「見ろよ、帝都産のガラス細工だ!」
「わあ……こんなに透き通って……」
「こっちの酒は人間の国からだ。火を吹くほど強いが、寒い夜にはちょうどいい」
 村は一気に祭りのような賑わいとなった。
 だがその空気の片隅で、品を選び終えた領民と商人たちの話題は別の熱を帯びていた。
「それにしても、帝都はすごいぞ」
「がめつい貴族なんざ、白い毛並みの者を片っ端から呼び出してな、養子だなんだと馬鹿なことばかりしようとしてよ。血族も種族もあったもんじゃない。」
「おかげで、ちょっとした見世物みたいになってるさ」
 商人の言葉に、買い物を終え、雑談に混じった領民たちは目を丸くした。
「見世物……? そんな、導き手とやらは神の託宣なんだろう?」
「そうだが、人間ってのは、いや獣人も同じか……すぐ競い合いを始める。『自分こそが導き手だ』『我が子こそふさわしい』ってな」
「兎や雪狼や白狐はこぞって、連日縄張り中の白い奴を引っ張り上げてなあ」
「でも見つからねえわけ。そうしたら豹族の連中、『血が近いから』だとかなんだで、めったに外に出ない雪豹なんかを引っ張り出すしまつさ」
 彼らは苦笑した。
「はっきり言って、見ていられない。権力や名誉に群がって、候補同士で醜い争いだ」
「しかも、若き王を支える役なんて、相応の覚悟が要る。貴族の結婚なんて紙切れに見えちまう」
 領民たちは顔をしかめ、口々に言った。
「なんだってそんな危ないところに、うちのフィーネを寄越すなんて真っ平御免だな」
「いじめられるのがオチだろう」
「そうそう、都会の連中は気位ばかり高いからな。おとなしいフィーネなんぞ、すぐ目をつけられるさ」
 視線が一斉に、薬籠を抱えたまま所在なさげに立つ白猫の青年へと向かう。
 フィーネは肩をすくめ、困ったように笑った。
「や、やめてください。私はただの村人ですよ。大役なんてとても務まりません」
 素直な言葉に、場がどっと和んだ。
「だよなあ!」
「ははは、俺たちにはこの村の薬師でいてくれる方がありがたい!」
「そうだそうだ。帝都の騒ぎなんざ、遠い世界のことさ」
 笑い声が弾み、再び和やかな空気に包まれる。
 しかし商人の一人は、ふと真面目な表情を浮かべた。
「……とはいえな。若き王――アルヴァート・レオグランツ殿下は、本物だぞ」
 名を口にする声には、熱がこもっていた。
「戦場で誰よりも前に立ち、炎と雷を操る姿はまるで神獣のごとし。朱の瞳に見据えられれば、誰も逆らえやしない」
「しかもただ豪胆なだけじゃない。責任感が強く、民を守るために体を張る王子だ。兵士たちの人気は絶大で、女も男も心を奪われる」
 村人たちは目を丸くし、口笛を鳴らした。
「ほう……随分と惚れ込んでるな」
「戦場の王子、か。頼もしいことだ」
 だが彼らはすぐに肩を竦めた。
「そんな立派なお方を支える導き手なんぞ、やっぱりとんでもない役目だな」
「帝都の貴族どもが血眼になって競うのも無理はない」
「だが、うちのフィーネには似合わんよ」
「そうですよ」
 フィーネは静かに笑った。
「私はこの村で生まれ育って、薬草を集め、畑を耕し、みんなと共に暮らしてきました。王都のきらびやかな舞台に立つなんて、想像すらできません。早く“白き導き手”が見つかって、新たな王を支えてくださることを願っていますよ」
 その言葉に、村人たちは一斉に頷いた。
「そうだそうだ!」
「うちの白猫は村の宝だ。帝都なんぞに取られてたまるか」
「導き手だのなんだのは、神の揶揄だろうよ!」
 笑い合いながら、村人たちは再び商人の品を覗き込み、珍しい香辛料や布に心を奪われていった。
 広場の喧噪は賑やかで、まるで祭りのようであった。
 フィーネもまた、肩の力を抜き、薬籠を抱え直す。

 心の奥には、言葉にしがたい燻るものがないわけではなかった。
 けれど――辺境を出よう、帝都に行こうという気持ちは、つゆほどもなかった。
 ーーおのれの世界はここにある。
 穏やかで、温かい日々が続くことを、フィーネは信じていた。
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