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第一章 太陽の国
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その後、話し合いは何となくうやむやになり、買い物も何事もなく終了した。
結慧にとって幸運だったのは、物価が日本よりもかなり安いこと。それから、手元に十分なお金があったこと。給料日直後で助かった。ただレートが自動計算でもされたのか、こちらの通貨にすると正直持ち歩きたくないほどの大金になってしまった。
それでもお金はいつかは尽きるもの。節約は絶対に必要だ。買うのは必要最低限。着替えと、衛生用品。携帯用の食料を少しと、本。そして、
「魔法ってすごい......」
魔法道具を扱う店で見かけたバッグ。収納の魔法がかかっていて、見た目よりもずいぶん多くのものを入れられる。ファンタジー漫画なんかでよく見るアレ。
収納鞄はいろいろな大きさのものが揃っていた。買ったのは取っ手のついていないポーチタイプ。通勤バッグよりも少しだけ小さいそれを中にいれれば、見た目は今までと変わらずに性能だけ上がったバッグの完成。
ほら、目敏く何か言ってくる人がいたら嫌でしょう。
結構上ランクのものを買ったからさすがに高かった。けれどこれは必要経費。
重い荷物を、もしくはたくさんの鞄を持ち歩くのはナシだ。何があるか分からない。先程のような魔獣に襲われて、逃げられなければ死んでしまう。あと単純にそんな大荷物を常に持ち歩くのは疲れるから嫌。いつまで続くのか分からない旅なら余計に。
ようは、お金の使いどころを間違えなければいいだけ。だってほら、
「どうして貴女の宿代までこちらで出す必要があるのです?」
次からは絶対にこの人たちとは別の安い宿にすると心に決めた。
この町に着いたのが夕方近く。そこから魔獣騒ぎ、買い物と所用を済ませていれば夜もだいぶ更けた時間になってしまった。
遅めの夕食は宿の食堂で。宿泊客だけでなく、地元の住民も利用できるらしい食堂は夕食時をすぎ、酒の席としての利用客が多かった。
陽菜たち四人はテーブル席へ。結慧は少し離れたカウンター席へ一人座った。何も一緒に来なくてもよかったのだが、そこは陽菜。「一人で食べるなんて寂しいよぉ」と結慧を引っ張ってきた。もちろん結慧は一人でよかったし、一人がよかったのに。
だってほら、ここでもあのピンク色の触手が客も店員も絡めとって......
結果、結慧の前には水もおしぼりも置かれないまま。
「お嬢ちゃん、聖女様なのかい」
「えへへぇ、そうなの~」
もはや店中のテーブルを巻き込んで、これ食べなアレも美味しいよと至れり尽くせりの陽菜。あっという間にテーブルの上は皿でいっぱいになっている。
「太陽の国から来たのかい」
「うん!月神をやっつけに来たの!」
一瞬、しんと静まり返る店内。
あの時何を聞いていたのかしら。ああ、何も聞いていなかったのね。
「みんな、月神がどこにいるのか知ってる?」
「さ、さぁ…?中央教会に行けばわかるんじゃないかい...?」
「みんなは月神を信じているんだよね?どうして?」
「どうしてって……」
「だって太陽をなくしちゃう悪い神様なんだよ?」
「そ、れは」
「そうだ!みんな太陽神様を信じるようにしようよ!うん、それがいいよぉ!」
は、と誰かが声を出した。それはもしかしたら結慧だったかもしれない。
何を言っているの、あの子は。
「だって月神を信じてたらみんなまで悪者だと思われちゃうかも。こぉんなにいい人たちなのに!」
一人の男性の手をとり、ぎゅっと両手で握る。そうして陽菜はその男性の首もとにあるネックレスを見つけた。ロザリオだ。
「あ!これって月神の?もぉ、こんなのつけてたらダメだよぉ」
「いや、これは母さんの形見で」
「でも月神のなんでしょ?やめよ?お兄さんのためだもん。お母さんも分かってくれるよぉ」
ぶわりと、不快な空気が結慧の肌を掠めた。そっと眼鏡をずらして見ると、ピンク色の触手が濃く太く男性に巻き付いた。周りを囲む他の人たちにも、徐々に濃いピンク色が巻き付いて。
「そうだね、聖女様がそこまで言うなら」
男性はネックレスを首からとって、そのまま床に投げ捨てた。
(ああ、)
男性に続くように、周りの人たちも次々と身に付けているものを投げ捨てていく。ずっと身に付けていたであろうロザリオも、擦りきれた聖書も。宿の店主が、壁にかけてあった小さな祭壇をはずす。
店員が床に散らばったものを拾いあつめて、すべてまとめてゴミ袋に捨てた。
(なんてこと、)
その晩の、みんなが、宿の店主でさえも寝静まった夜更け。結慧はこっそりと起き出して店の裏手へまわる。
明日の朝回収されるであろうごみ袋。いくつもあるそれを掻き分けて、ひとつの袋を見つけ出す。封を開け、中に手をいれて目当てのものを一つずつ取り出していく。
生ゴミと一緒になっていなくてよかった。
あの時食堂で捨てられたものたち。すこし汚れてしまったけれど、このくらいならきっと大丈夫。同じくゴミとして捨てられていた箱を拾って、中にいれた。
(きっと、正気に戻れば探しにくるわ)
あの男性は母親の形見だと言っていた。宿の小さな祭壇は綺麗に掃除がされていた。他のものだって、こんなにも使い込まれている。
信仰心だけじゃない、それぞれの思い出だってきっとたくさんつまっている。ぜんぶぜんぶ、あの人たちの大切なもの。
あんな訳の分からない触手に捕まったというだけで、捨てていいものではない。絶対に。
箱をそっと抱えて立ち上がる。箱は宿を出発する時にどこかに置いていけばいい。従業員たちは陽菜が出発しないと正気に戻らないだろうから、清掃の時にでも見つけてくれればそれでいい。
翌朝、駅へ向かう道の途中。
聖女様ご一行から少し離れて歩いていた結慧の目の前を、角から勢いよく出てきた男性が走り抜けていった。
とても焦った様子で結慧たちが元来た道を駆けて行く。それを横目で見送って、陽の昇らない薄紫の空を見上げる。
うん、きっと大丈夫ね。
結慧にとって幸運だったのは、物価が日本よりもかなり安いこと。それから、手元に十分なお金があったこと。給料日直後で助かった。ただレートが自動計算でもされたのか、こちらの通貨にすると正直持ち歩きたくないほどの大金になってしまった。
それでもお金はいつかは尽きるもの。節約は絶対に必要だ。買うのは必要最低限。着替えと、衛生用品。携帯用の食料を少しと、本。そして、
「魔法ってすごい......」
魔法道具を扱う店で見かけたバッグ。収納の魔法がかかっていて、見た目よりもずいぶん多くのものを入れられる。ファンタジー漫画なんかでよく見るアレ。
収納鞄はいろいろな大きさのものが揃っていた。買ったのは取っ手のついていないポーチタイプ。通勤バッグよりも少しだけ小さいそれを中にいれれば、見た目は今までと変わらずに性能だけ上がったバッグの完成。
ほら、目敏く何か言ってくる人がいたら嫌でしょう。
結構上ランクのものを買ったからさすがに高かった。けれどこれは必要経費。
重い荷物を、もしくはたくさんの鞄を持ち歩くのはナシだ。何があるか分からない。先程のような魔獣に襲われて、逃げられなければ死んでしまう。あと単純にそんな大荷物を常に持ち歩くのは疲れるから嫌。いつまで続くのか分からない旅なら余計に。
ようは、お金の使いどころを間違えなければいいだけ。だってほら、
「どうして貴女の宿代までこちらで出す必要があるのです?」
次からは絶対にこの人たちとは別の安い宿にすると心に決めた。
この町に着いたのが夕方近く。そこから魔獣騒ぎ、買い物と所用を済ませていれば夜もだいぶ更けた時間になってしまった。
遅めの夕食は宿の食堂で。宿泊客だけでなく、地元の住民も利用できるらしい食堂は夕食時をすぎ、酒の席としての利用客が多かった。
陽菜たち四人はテーブル席へ。結慧は少し離れたカウンター席へ一人座った。何も一緒に来なくてもよかったのだが、そこは陽菜。「一人で食べるなんて寂しいよぉ」と結慧を引っ張ってきた。もちろん結慧は一人でよかったし、一人がよかったのに。
だってほら、ここでもあのピンク色の触手が客も店員も絡めとって......
結果、結慧の前には水もおしぼりも置かれないまま。
「お嬢ちゃん、聖女様なのかい」
「えへへぇ、そうなの~」
もはや店中のテーブルを巻き込んで、これ食べなアレも美味しいよと至れり尽くせりの陽菜。あっという間にテーブルの上は皿でいっぱいになっている。
「太陽の国から来たのかい」
「うん!月神をやっつけに来たの!」
一瞬、しんと静まり返る店内。
あの時何を聞いていたのかしら。ああ、何も聞いていなかったのね。
「みんな、月神がどこにいるのか知ってる?」
「さ、さぁ…?中央教会に行けばわかるんじゃないかい...?」
「みんなは月神を信じているんだよね?どうして?」
「どうしてって……」
「だって太陽をなくしちゃう悪い神様なんだよ?」
「そ、れは」
「そうだ!みんな太陽神様を信じるようにしようよ!うん、それがいいよぉ!」
は、と誰かが声を出した。それはもしかしたら結慧だったかもしれない。
何を言っているの、あの子は。
「だって月神を信じてたらみんなまで悪者だと思われちゃうかも。こぉんなにいい人たちなのに!」
一人の男性の手をとり、ぎゅっと両手で握る。そうして陽菜はその男性の首もとにあるネックレスを見つけた。ロザリオだ。
「あ!これって月神の?もぉ、こんなのつけてたらダメだよぉ」
「いや、これは母さんの形見で」
「でも月神のなんでしょ?やめよ?お兄さんのためだもん。お母さんも分かってくれるよぉ」
ぶわりと、不快な空気が結慧の肌を掠めた。そっと眼鏡をずらして見ると、ピンク色の触手が濃く太く男性に巻き付いた。周りを囲む他の人たちにも、徐々に濃いピンク色が巻き付いて。
「そうだね、聖女様がそこまで言うなら」
男性はネックレスを首からとって、そのまま床に投げ捨てた。
(ああ、)
男性に続くように、周りの人たちも次々と身に付けているものを投げ捨てていく。ずっと身に付けていたであろうロザリオも、擦りきれた聖書も。宿の店主が、壁にかけてあった小さな祭壇をはずす。
店員が床に散らばったものを拾いあつめて、すべてまとめてゴミ袋に捨てた。
(なんてこと、)
その晩の、みんなが、宿の店主でさえも寝静まった夜更け。結慧はこっそりと起き出して店の裏手へまわる。
明日の朝回収されるであろうごみ袋。いくつもあるそれを掻き分けて、ひとつの袋を見つけ出す。封を開け、中に手をいれて目当てのものを一つずつ取り出していく。
生ゴミと一緒になっていなくてよかった。
あの時食堂で捨てられたものたち。すこし汚れてしまったけれど、このくらいならきっと大丈夫。同じくゴミとして捨てられていた箱を拾って、中にいれた。
(きっと、正気に戻れば探しにくるわ)
あの男性は母親の形見だと言っていた。宿の小さな祭壇は綺麗に掃除がされていた。他のものだって、こんなにも使い込まれている。
信仰心だけじゃない、それぞれの思い出だってきっとたくさんつまっている。ぜんぶぜんぶ、あの人たちの大切なもの。
あんな訳の分からない触手に捕まったというだけで、捨てていいものではない。絶対に。
箱をそっと抱えて立ち上がる。箱は宿を出発する時にどこかに置いていけばいい。従業員たちは陽菜が出発しないと正気に戻らないだろうから、清掃の時にでも見つけてくれればそれでいい。
翌朝、駅へ向かう道の途中。
聖女様ご一行から少し離れて歩いていた結慧の目の前を、角から勢いよく出てきた男性が走り抜けていった。
とても焦った様子で結慧たちが元来た道を駆けて行く。それを横目で見送って、陽の昇らない薄紫の空を見上げる。
うん、きっと大丈夫ね。
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