62 / 91
第二章 月の国
2-46
しおりを挟む眼鏡を外す。黒髪がさらりと風に靡く。
足元に力を込める。キィンと高い音。魔力が集まる。
ダンッ
音を立てて踏み込んだ。雪と共に舞い上がる身体。
「うわっ!」
「ユエちゃん!?」
みんなの驚く声が後ろから聞こえる。それを無視して前へと跳ぶ。目標は三ブロック先。
トン、トン、と一ブロックを一歩で駆ける。スカートが翻る。それを察知した魔獣が動く。逃げるような動作。
させない。
武器なんて持っていない。魔法で攻撃なんてしたことはない。だったら。
勢いそのまま、握り締めた拳を叩き込んだ。
バリンとまた硝子の割れるような音がして魔獣が弾けた。そこから溢れ出てくる人たち。さっき目の前で食べられた衛兵たちも。
「半数は彼女に続いて!残りは市民の救助!!」
ウィルフリードの指令が飛ぶ。真っ先に動いたのは総合管理部。今は考えるよりも動く時。訳が分からないという顔をしていた衛兵たちも、結慧を、撃破された魔獣を見て走り出す。
その間にも結慧は次の目標へ。悲鳴の聞こえる方へ。通りを最速で駆け抜けて商店街の方向へ。
角で無理矢理方向転換。真横へ跳躍。
そのまま脚を振り抜いて魔獣を後ろから蹴り飛ばす。
「かえして、」
辺りの魔獣を消し飛ばしていく。次々と人が戻ってくる。
毎朝行くコーヒー店のお兄さん。いつも服を選んでくれる服屋の店員さん。以前泊まっていた宿屋のご主人に、その近くのパン屋のおばさん。
「返しなさいよ!!」
街の人を、いつもの日常を。
いつの間にか好きになっていたこの街の平穏を。
「ユエ!四ブロック先を右だ!」
ウェーバーの声。高い建物の上で叫んでいる。
それに頷いて駆け出す。先に衛兵。指で指し示す方向へ。指示系統が息を吹き返している。みんなの目に力強い光が戻ってきた。
指示された先、誰かが魔術で防壁を張っている。沢山の人がその壁の中。そこに二体の魔獣が集っていた。
高く跳躍。そのまま勢い付けて急降下。
一体の脳天を思い切り踏み抜いた。
「ユエちゃん!」
魔術で人々を守っていたのはオシアスだった。
そのまま、その場でぐるんと回転。振り上げた脚でもう一体の巨体も蹴り飛ばす。闇が割れて落ちてきた人たちをオシアスがとっさに魔術で浮かせた。
「ひとつ先を右っス!」
ハンスの声。頭上で手を振っている。
「あと五体です!」
魔術で連絡を受けた衛兵が叫ぶ。
「この先を移動中!四ブロック先で会敵します!」
殴り飛ばした魔獣から人が溢れてくる。
子供を抱き締めて母親が泣いている。
「あと三体!」
身体が熱い。腕が痺れて、足がもつれる。
それを無視して前へ、前へ。
「中央広場に二体!」
ネーターの声の示す先へ。
広場では衛兵と残った人たちが協力して二体の魔獣を押さえつけていた。この街に住む人間の意地と、街を護る者の矜持で。
彼らを一歩で飛び越える。足がふらついてよろける。止まれない。魔獣の真下まで転がり込む。
そこでぐっと踏ん張って、その反動で真っ黒な腹を蹴り上げる。弾ける闇。落ちてくる人たち。
それを避けて、
「っ最後!」
上がらない腕を身体を捻って振り抜く。魔獣の横っ面をひっ叩く。弾け飛ぶ闇を突き抜けて、止まれずに広場の隅の雪へと突っ込んだ。
「ユエ!」
「大丈夫か!」
衛兵に混ざって魔獣を抑えていたアイクとアーベルが駆け寄ってきて雪の中から結慧を引っ張り出す。
後ろからネーターが、ハンスが、ウェーバーが。広場を突っ切って走ってくる。
「怪我は!?」
「手も足もボロボロじゃないか。熱もあるね」
「俺、医療班呼んでくるっス!」
「いや、やめた方がいい」
駆け出そうとしたハンスの後ろから声がかかる。全員で振り向く。息を切らしたウィルフリードと、
「誰っスか?」
「オシアス。俺の幼馴染みで」
「まさか、オシアス・ディー?天才魔術師の?」
ウェーバーが声を上げる。アイクも目を見開く。魔術を使う者たちにとっては有名人。
そんな二人を無視してオシアスは結慧に近付く。結慧のポケットを探って眼鏡をかけさせ、コートを脱いで頭から被せた。
「目立ちすぎだよ、ユエちゃん」
「皆、一旦このまま帰るよ。ユエちゃんは役所の医務室でオシアスが診るから」
後処理も、報告も、何もかも残したまま立ち去る。
ウィルフリードがそんな事を言うなんて信じられないが、本人はさっさとコートを被せたまま結慧を背負い歩き出す。説明もないが、優先すべきは結慧だ。
こうして一番の功労者は、こっそりと現場をあとにした。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界に召喚されたので、好き勝手に無双しようと思います。〜人や精霊を救う?いいえ、ついでに女神様も助けちゃおうと思います!〜
月城 蓮桜音
ファンタジー
仕事に日々全力を注ぎ、モフモフのぬいぐるみ達に癒されつつ、趣味の読書を生き甲斐にしていたハードワーカーの神木莉央は、過労死寸前に女神に頼まれて異世界へ。魔法のある世界に召喚された莉央は、魔力量の少なさから無能扱いされるが、持ち前のマイペースさと素直さで、王子と王子の幼馴染達に愛され無双して行く物語です。
※この作品は、カクヨムでも掲載しています。
異世界で家をつくります~異世界転移したサラリーマン、念動力で街をつくってスローライフ~
ヘッドホン侍
ファンタジー
◆異世界転移したサラリーマンがサンドボックスゲームのような魔法を使って、家をつくったり街をつくったりしながら、マイペースなスローライフを送っていたらいつの間にか世界を救います◆
ーーブラック企業戦士のマコトは気が付くと異世界の森にいた。しかし、使える魔法といえば念動力のような魔法だけ。戦うことにはめっぽう向いてない。なんとか森でサバイバルしているうちに第一異世界人と出会う。それもちょうどモンスターに襲われているときに、女の子に助けられて。普通逆じゃないのー!と凹むマコトであったが、彼は知らない。守るにはめっぽう強い能力であったことを。
※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています。
「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~
あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。
彼は気づいたら異世界にいた。
その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。
科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
辺境ぐうたら日記 〜気づいたら村の守り神になってた〜
自ら
ファンタジー
異世界に転移したアキト。 彼に壮大な野望も、世界を救う使命感もない。 望むのはただ、 美味しいものを食べて、気持ちよく寝て、静かに過ごすこと。 ところが―― 彼が焚き火をすれば、枯れていた森が息を吹き返す。 井戸を掘れば、地下水脈が活性化して村が潤う。 昼寝をすれば、周囲の魔物たちまで眠りにつく。 村人は彼を「奇跡を呼ぶ聖人」と崇め、 教会は「神の化身」として祀り上げ、 王都では「伝説の男」として語り継がれる。 だが、本人はまったく気づいていない。 今日も木陰で、心地よい風を感じながら昼寝をしている。 これは、欲望に忠実に生きた男が、 無自覚に世界を変えてしまう、 ゆるやかで温かな異世界スローライフ。 幸せは、案外すぐ隣にある。
聖女なんかじゃありません!~異世界で介護始めたらなぜか伯爵様に愛でられてます~
トモモト ヨシユキ
ファンタジー
川で溺れていた猫を助けようとして飛び込屋敷に連れていかれる。それから私は、魔物と戦い手足を失った寝たきりの伯爵様の世話人になることに。気難しい伯爵様に手を焼きつつもQOLを上げるために努力する私。
そんな私に伯爵様の主治医がプロポーズしてきたりと、突然のモテ期が到来?
エブリスタ、小説家になろうにも掲載しています。
子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました
もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる