月の叙事詩~聖女召喚に巻き込まれたOL、異世界をゆく~

野々宮友祐

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第二章 月の国

2-46

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 眼鏡を外す。黒髪がさらりと風に靡く。
 足元に力を込める。キィンと高い音。魔力が集まる。
 ダンッ
 音を立てて踏み込んだ。雪と共に舞い上がる身体。

「うわっ!」
「ユエちゃん!?」

 みんなの驚く声が後ろから聞こえる。それを無視して前へと跳ぶ。目標は三ブロック先。
 トン、トン、と一ブロックを一歩で駆ける。スカートが翻る。それを察知した魔獣が動く。逃げるような動作。
 させない。

 武器なんて持っていない。魔法で攻撃なんてしたことはない。だったら。
 勢いそのまま、握り締めた拳を叩き込んだ。
 バリンとまた硝子の割れるような音がして魔獣が弾けた。そこから溢れ出てくる人たち。さっき目の前で食べられた衛兵たちも。

「半数は彼女に続いて!残りは市民の救助!!」

 ウィルフリードの指令が飛ぶ。真っ先に動いたのは総合管理部。今は考えるよりも動く時。訳が分からないという顔をしていた衛兵たちも、結慧を、撃破された魔獣を見て走り出す。

 その間にも結慧は次の目標へ。悲鳴の聞こえる方へ。通りを最速で駆け抜けて商店街の方向へ。
 角で無理矢理方向転換。真横へ跳躍。
 そのまま脚を振り抜いて魔獣を後ろから蹴り飛ばす。

「かえして、」

 辺りの魔獣を消し飛ばしていく。次々と人が戻ってくる。
 毎朝行くコーヒー店のお兄さん。いつも服を選んでくれる服屋の店員さん。以前泊まっていた宿屋のご主人に、その近くのパン屋のおばさん。

「返しなさいよ!!」

 街の人を、いつもの日常を。
 いつの間にか好きになっていたこの街の平穏を。

「ユエ!四ブロック先を右だ!」

 ウェーバーの声。高い建物の上で叫んでいる。
 それに頷いて駆け出す。先に衛兵。指で指し示す方向へ。指示系統が息を吹き返している。みんなの目に力強い光が戻ってきた。
 
 指示された先、誰かが魔術で防壁を張っている。沢山の人がその壁の中。そこに二体の魔獣が集っていた。

 高く跳躍。そのまま勢い付けて急降下。
 一体の脳天を思い切り踏み抜いた。

「ユエちゃん!」

 魔術で人々を守っていたのはオシアスだった。
 そのまま、その場でぐるんと回転。振り上げた脚でもう一体の巨体も蹴り飛ばす。闇が割れて落ちてきた人たちをオシアスがとっさに魔術で浮かせた。

「ひとつ先を右っス!」

 ハンスの声。頭上で手を振っている。

「あと五体です!」

 魔術で連絡を受けた衛兵が叫ぶ。

「この先を移動中!四ブロック先で会敵します!」

 殴り飛ばした魔獣から人が溢れてくる。
 子供を抱き締めて母親が泣いている。

「あと三体!」

 身体が熱い。腕が痺れて、足がもつれる。
 それを無視して前へ、前へ。

「中央広場に二体!」
  
 ネーターの声の示す先へ。
 広場では衛兵と残った人たちが協力して二体の魔獣を押さえつけていた。この街に住む人間の意地と、街を護る者の矜持で。

 彼らを一歩で飛び越える。足がふらついてよろける。止まれない。魔獣の真下まで転がり込む。
 そこでぐっと踏ん張って、その反動で真っ黒な腹を蹴り上げる。弾ける闇。落ちてくる人たち。
 それを避けて、

「っ最後!」

 上がらない腕を身体を捻って振り抜く。魔獣の横っ面をひっ叩く。弾け飛ぶ闇を突き抜けて、止まれずに広場の隅の雪へと突っ込んだ。

「ユエ!」
「大丈夫か!」

 衛兵に混ざって魔獣を抑えていたアイクとアーベルが駆け寄ってきて雪の中から結慧を引っ張り出す。
 後ろからネーターが、ハンスが、ウェーバーが。広場を突っ切って走ってくる。

「怪我は!?」
「手も足もボロボロじゃないか。熱もあるね」
「俺、医療班呼んでくるっス!」
「いや、やめた方がいい」

 駆け出そうとしたハンスの後ろから声がかかる。全員で振り向く。息を切らしたウィルフリードと、

「誰っスか?」
「オシアス。俺の幼馴染みで」
「まさか、オシアス・ディー?天才魔術師の?」

 ウェーバーが声を上げる。アイクも目を見開く。魔術を使う者たちにとっては有名人。
 そんな二人を無視してオシアスは結慧に近付く。結慧のポケットを探って眼鏡をかけさせ、コートを脱いで頭から被せた。

「目立ちすぎだよ、ユエちゃん」
「皆、一旦このまま帰るよ。ユエちゃんは役所の医務室でオシアスが診るから」

 後処理も、報告も、何もかも残したまま立ち去る。
 ウィルフリードがそんな事を言うなんて信じられないが、本人はさっさとコートを被せたまま結慧を背負い歩き出す。説明もないが、優先すべきは結慧だ。

 こうして一番の功労者は、こっそりと現場をあとにした。


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