月の叙事詩~聖女召喚に巻き込まれたOL、異世界をゆく~

野々宮友祐

文字の大きさ
86 / 91
第四章 月神

4-4

しおりを挟む

 議場から帰ってきて着替えて結った髪をほどいて。結慧は使用人室の暖炉の前から動けなくなってしまった。
 絨毯の上にころりと横になったまま、大事に大事に一枚の署名用紙を握りしめて。

 待っていると、できる事ならまた一緒に仕事がしたいとメッセージが添えられたそれ。本当は結慧だってそう思っていた。ずっと考えないようにしていたけれど、またあそこに戻りたくて戻りたくて仕方なかった。
 けれど、いざ自由になったら臆病の風に吹かれてしまった。今更、どんな顔をして会ったらいいのか分からない。本当にみんなが書かれている通り待っていてくれているのか分からない。社交辞令かも、でも。

 それに、もうひとつ。
 ウィルフリードの丁寧な字。名前の横に添えられた、見慣れた懐かしい字。

 
――――今夜、あの場所で待ってる


 どうしよう。どうしたらいいの。
 今夜って今日の事よね?夜っていつ?具体的に何時?今日も仕事だろうから、一番早くて十七時すぎ。でもあの人が定時で帰っているところなんか見たことがない。残業は何時まで?今どのくらい忙しいの?

 ぐるぐる、ぐるぐる。

 考えても考えてもどうにもならない。
 行きたいのに、会いたいのに、会いに行けるのに、いつまでも勇気がでない。

 いつもならすぐに落とす化粧もそのままにしている。髪だってちゃんと梳かした。着替えたのは今朝着ていたものとは別の、綺麗なワンピース。
 そこまで行く準備を整えておいて、待っているとまで言われているのに。

「……ユエ様」

 顔をあげる。スミティが苦笑している。何も言わずに視線だけを斜め上へ。それを目で追って、辿り着いた壁掛け時計。
 もうすぐ、十九時。

「うそ、」

 いくらなんでも悩みすぎだ。
 がばりと跳ね起きて、悩んでいた事など一瞬で忘れ去る。待たせてしまっているかも。もしかしたら帰ってしまうかも。
 行かなきゃ。

「お待ち下さいな」

 走り出そうとしてドロリスの声に止められた。その手にはコートとストール。一体いつから準備してくれていたのだろう。

「ほら、髪が乱れていますよ」

 会いに行くのでしょう。綺麗にしないと。
 そう言って、優しく手櫛で髪をすかれる。まるで頭を撫でられているようで。

「……本当に、待っていてくれているかしら」
「ええ、もちろんです」
「行って迷惑になったりしないかしら」
「そんな事はありませんよ」
「……好きって、言ってくれたのよ。なのに、何も言わないままで。今だってこんな風に悩んで、自信なんかこれっぽっちもなくて、意気地無しで。……そんな私を、あの人はまだ、」


 好きだと、言ってくれるかしら


「大丈夫。きっと、大丈夫」
「……うん、」
「帰ってきたら、沢山お話聞かせてくださいな」
「うん」
「さぁ、行ってらっしゃい」

 背中を押される。今度こそ走り出す。
 笑って手を振るドロリスと、少し心配そうな顔をしたスミティに見送られて。
 冷え込む春の夜を、月明かりを頼りに。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

【完結】そして異世界の迷い子は、浄化の聖女となりまして。

和島逆
ファンタジー
七年前、私は異世界に転移した。 黒髪黒眼が忌避されるという、日本人にはなんとも生きにくいこの世界。 私の願いはただひとつ。目立たず、騒がず、ひっそり平和に暮らすこと! 薬師助手として過ごした静かな日々は、ある日突然終わりを告げてしまう。 そうして私は自分の居場所を探すため、ちょっぴり残念なイケメンと旅に出る。 目指すは平和で平凡なハッピーライフ! 連れのイケメンをしばいたり、トラブルに巻き込まれたりと忙しい毎日だけれど。 この異世界で笑って生きるため、今日も私は奮闘します。 *他サイトでの初投稿作品を改稿したものです。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

【男装歴10年】異世界で冒険者パーティやってみた【好きな人がいます】

リコピン
ファンタジー
前世の兄と共に異世界転生したセリナ。子どもの頃に親を失い、兄のシオンと二人で生きていくため、セリナは男装し「セリ」と名乗るように。それから十年、セリとシオンは、仲間を集め冒険者パーティを組んでいた。 これは、異世界転生した女の子がお仕事頑張ったり、恋をして性別カミングアウトのタイミングにモダモダしたりしながら過ごす、ありふれた毎日のお話。 ※日常ほのぼの?系のお話を目指しています。 ※同性愛表現があります。

本の知識で、らくらく異世界生活? 〜チート過ぎて、逆にヤバい……けど、とっても役に立つ!〜

あーもんど
ファンタジー
異世界でも、本を読みたい! ミレイのそんな願いにより、生まれた“あらゆる文書を閲覧出来るタブレット” ミレイとしては、『小説や漫画が読めればいい』くらいの感覚だったが、思ったよりチートみたいで? 異世界で知り合った仲間達の窮地を救うキッカケになったり、敵の情報が筒抜けになったりと大変優秀。 チートすぎるがゆえの弊害も多少あるものの、それを鑑みても一家に一台はほしい性能だ。 「────さてと、今日は何を読もうかな」 これはマイペースな主人公ミレイが、タブレット片手に異世界の暮らしを謳歌するお話。 ◆小説家になろう様でも、公開中◆ ◆恋愛要素は、ありません◆

聖女なんかじゃありません!~異世界で介護始めたらなぜか伯爵様に愛でられてます~

トモモト ヨシユキ
ファンタジー
川で溺れていた猫を助けようとして飛び込屋敷に連れていかれる。それから私は、魔物と戦い手足を失った寝たきりの伯爵様の世話人になることに。気難しい伯爵様に手を焼きつつもQOLを上げるために努力する私。 そんな私に伯爵様の主治医がプロポーズしてきたりと、突然のモテ期が到来? エブリスタ、小説家になろうにも掲載しています。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

処理中です...