月の叙事詩~聖女召喚に巻き込まれたOL、異世界をゆく~

野々宮友祐

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 翌朝。

「いってきます!」
「はい、行ってらっしゃい」
「お気を付けて」

 色味の少ない地味なカットソーに、これまた地味なスカート。ぱっとしないカーディガン、大きな黒ぶち眼鏡。着なれた格好で坂道を下っていく。
 教会の裏手に出たけれど、もう少し坂を下る。だってコーヒーを買いたいんだもの。
 
 コーヒー屋のお兄さんには物凄く吃驚されたし恐縮されてしまった。結慧の事を元々知っている人には、道具の眼鏡で姿を誤魔化すことができない。仕方ないから慣れてもらう他ない。受け取り拒否されたコーヒー代を無理矢理渡して元来た道へ。
 通勤ラッシュの時間帯、人の波に乗りながらたまに二度見三度見されつつ役所の中へ。廊下ですれ違う人たちが結慧を見て固まった。

「おはようございまーす」
「ユエちゃん!」
「ユエさん!」
「きゃあ!待ってコーヒーが!」

 扉を開けたらまずアーベルとハンスが突進してきた。驚いて零れそうになるコーヒーを横からアイクがひょいと奪う。

「ありがとうございます、助かったわ」
「いや、いい。……おかえりユエ」
「ユエさん聞いて!もー最近残業がすごいんスよ!」
「いやぁ、一度楽を覚えると駄目だね。ユエちゃんがいなければ業務が回らなくなってしまったよ」
「ふふ、じゃあ気合入れてやらなくちゃ」
「助かった!ユエちゃん女神か?」
「えーと、はい」
「そういやそうだったな!」
「なんの茶番だ。ユエも乗らなくていいから」
「あはは!」

 囲まれてもみくちゃにされる。机も筆記用具も以前のままで、本当に待っていてくれたのだと涙がでそうになった。

「おはようユエちゃん」
「おはようございます、部長。宰相様も」

 そこへ部門長会議から戻ってきたウィルフリードがラルドをつれて部署へと入ってきた。ラルドは朝から疲れた顔。まぁ、色々心労があるのだろう。主に結慧のせいだろうが、このくらいのちょっとした仕返しは許してもらいたい。

「……なぜここに?」
「雇用期間が残ってたから」

 そう。結慧は勝手に来て役所に不法侵入しているわけではない。まだ結んでいた雇用契約の期間内。本当にあと少しだけれど。
 ウィルフリードが手元の紙をひらひらさせながら笑う。

「正式雇用の契約書持ってきたよ。後で書いてね」
「はい」

 だって、二度手間だと思うのよ。
 月神に何かを奏上したいのなら事前の事務処理が必要だし、大事な事をあんな執務室の電話口だけで済まされては困る。
 それならもう、ここで働いて稟議も予算も見積もりも目を通したらいい。ちょうどいいことにこの部署はそのほとんどが通過していく。

「……では会議の場を設けるので出席するように」

 神秘性や情緒の欠片もない提案だが、納得してくれたので良し。国王と大司教、それから宰相と結慧での会議。不安なので絶対に上司ウィルフリードを巻き込むと心に決めた。
 そしてラルドの頭痛の種はもうひとつ。

「で、あれはどういう事だ?」
「ああ、あれなー」
「びっくりしたっスよね」
「あれ?」
「あれだよ、あれ」
 
 廊下を指差すウェーバー。廊下のその先、窓の向こう。裏の山に聳え立つ月の神殿。
 もう結界はかかっていない。昨夜遅く、アストライオスにやり方を聞いて解いてしまったから。
 突然山の上に現れた神殿に、ティコの街は朝から大騒ぎ。朝食をとりながら流していた放映具でトップニュースになっていて笑ってしまった。

「……観光地にでもどうかしら?」
「なるほど、集客は絶対に見込めるな」
「すでに宿に予約が殺到してパンクいるらしい。先ほどニュースで言っていたよ」
「観光地化するには街の整備が急務だね」

 この街はどちらかといえば商業街。ビジネス用の宿泊施設は多いが、旅行客向けではない。その辺りの開発が今後進むのだろうが、そこはきっと街の行政担当から近い内に書類が回ってくるだろう。

「けど観光っていっても外から見るだけっスよね?」
「中は駄目だろ。ユエだって住んでるんだ」
「でも使ってないところが大部分なのよね」

 だって三人しかいないのだから。使っているのはほんの少し。広い広い神殿の大部分はドロリスが少しずつ掃除をしてくれているとはいえ、このままでは朽ちてしまいそうで。

「……役所拡張の話が出てただろう」
「なるほど。神殿を第二庁舎にするかい?」
「土地購入と建設の費用と手間が省けるね」
「今後の修繕費も庁舎と神殿が一ヶ所で済むなら抑えられるな!」
「じゃあ私、起案の稟議を書くから部長承認してくださる?」
「いいよ。どんどん持っておいで」
「起案はユエさん、最終決裁もユエさんっスか?」
「その稟議に意味はあるのか?」

 もう勝手にしてくれ、そんな諦めた顔で笑ったラルドが出ていってしまった。それを合図にみんな席に着く。

 総合管理部は今日も仕事が山積みだ。捌いても捌いてもなくならない書類、追加されていく案件、舞い込んでくるイレギュラー。
 誰も好き好んで毎日毎日残業している訳もないけれど、ここで働くのは好きだから。

 好きにしていい。
 そう言われて選んだこの場所。

 ここが、自分の居場所。







 *** *** *** ***

 これにて終業
 お疲れ様でした。

 ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
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