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アトゥヤクとの出会い
しおりを挟む王子が次に目を覚ました時、自分は何処に居るのだろうとしばし考え込んだ。そこはうす暗い部屋の中だった。
天井にはルクドゥが身に付けていたような美しく繊細な模様の布が張り巡らされていて、部屋の壁も布でできていた。どうやらここは、大きなテントの中のようだ。王子は起き上がってきょろきょろとあたりを見回した。
「目が覚めた? ずいぶん疲れていたみたいね」
女性の優しい声がした。やはり聞いた事のない訛りがある。見ると、青い大きな布を体に巻きつけた黒い髪の若い女の人が優しく微笑んで立っていた。女の人は干草のようなものが入った大きなかごを台の上に置き王子に近づいてきた。
「足はまだ痛む?」
大きな黒い瞳で彼女は王子を覗き込んだ。起き上がって痛めた足を見る。湿布、添え木が確認できた。それらの上にはやはり独特の模様の青い布が巻かれていた。包帯代わりだろうか。足を少し動かしてみたが、もう痛みはほとんど感じなかった。
「ううん、もう痛くないや」
王子は驚いて目を丸くした。女の人は嬉しそうに頷きにっこりと笑った。
その時、けほけほとどこかで咳の音がした。彼女は顔を曇らせてそちらを見ると王子に言い聞かせるように告げた。
「もう少し休んでいてね。もうすぐルクドゥ様が戻られるから」
そうして皿の並んだ木のお盆を持って奥の方へ行ってしまった。王子がそちらを見ると、いくつかの低いベッドに子供が並んで寝ているのが見えた。
ここは病院なのかな、と王子はなんとなく直感した。女の人は皿に入った何かを子供たちに飲ませてあげているようだ。王子が心配そうに子供達の方を見ていると、テントの入り口の布が開いて、ルクドゥが大きな体をかがめて入ってきた。
「おお、目覚めたか友よ」
ルクドゥはにこにこと笑って王子の肩をぽんと叩いた。
「うん。もう全然痛くないよ」
「そうだろう。アトゥヤクの薬は世界一だ」
彼はとても自慢げに笑った。女の人──アトゥヤクはルクドゥを見て嬉しそうに目を輝かせた。
「お帰りなさいませルクドゥ様。カトゥムは皆戻りましたか?」
「うむ。もう大丈夫だ」
二人の話を聞いていると、どうやら雷の音に驚いたカトゥムが数羽逃げ出してしまい、それをルクドゥが探していたようだ。
「我々にとってカトゥムは神の鳥。旅の行先は彼らが決めてくれる。世話係の私がカトゥムを守りきれなかった時は、己の命で償わねばならないのだ。本当に恩に着る」
「ヤーナクムとルクドゥ様の命を救って下さって有難うございます」
またも感謝の言葉を述べられてくすぐったくなった王子は話題を変えることにした。
「あの、今何時かなあ」
ルクドゥはテントの入り口の布を広げて言った。
「今は丁度天の神と雷石の神が別れを告げる時だ。良かったら今日は泊まって行くといい」
王子には彼の言い回しがよく分からなかったが、外はもう日が赤く染まっていた。日が落ちるまで余り時間がないようだ。
「あの、有難う。でも僕帰らなくちゃいけないの。あそこで人を待っていたの。ごめんね」
ルクドゥはにっこりと笑みを浮かべた。
「それならば暗くなるまでにまだ時はある。ここをまっすぐに行けば我らが出会った『雪眠る石の記憶』に着くだろう」
彼の言う「雪眠る石の記憶」は恐らくあの遺跡の事だろう。指差された方向をじっと見る。
「まっすぐだね。うん。ありがとう」
王子はにっこりと笑ってベッドから飛び起きた。
「アトゥヤクさんも、ありがとう。ルクドゥ、またね」
王子は大きく手を振ってテントの並ぶ小さな村を後にした。
ルクドゥに言われたとおり、王子はどこまでもまっすぐ、まっすぐに走り続けた。
もう足は少しも痛くなく、その足取りはとても軽いものだった。
帰る途中、王子は珍しいものを見つけた。青いタイルで作られた、小さな小さな池のようなものだった。それはかなり古いもので、タイルはあちこち割れて模様もはげていたが、中には水がきらきらと溢れていた。所謂オアシスの水場で、池の周りには小さな緑の草木が生えている。そんなものが砂漠の真ん中に、魔法のようにぽつんと存在していた。
目印のような旗は、ルクドゥの村で見かけた模様の布がついていた。きっとここは彼等が使う水場なのだろう。王子はこの美しい水場に暫く見惚れた後、とても咽が渇いていることに気が付いた。
「ちょっとだけ、お水いただきます」
誰もいない水場に王子はおじぎをして、水を手で掬ってごくごくと飲んだ。そして空っぽになっていた水筒にそのきらきらと透明な水をたっぷりと満たした。渇きもなくなった王子は更に元気になり、目的地に向かって駆け出した。
不思議な人達だった。とても温かく優しい人達だった。また会いたいと思った。何よりもまた会えるような気がする。王子は彼らの笑顔を思い出しながら遺跡へと急いだ。
どんどん走っていくと、ようやくあの遺跡が見えてきた。迷子にならずに戻れた事を喜ぶと同時に、ここを動くなという言い付けを破ってしまった後ろめたさが沸き上がってくる。車で迎えに来ると言っていたのだから、クロミアはとうにここへ戻ってきていただろう。更に走って近づくと、案の定遺跡の前には腕組みをしたクロミアが立っていた。王子はどきりとして思わず遠くで立ち止まる。が、クロミアはすぐに王子に気がついたようだった。
「おかえりですか。どちらへ行かれていたのですかな」
声は静かだったが、とても怒っているのが王子にもよく分かる。
「ご、ごめんなさいクロミアさん。あの、ぼく、鳥さんを見つけて、それで、それで……」
王子はぺこりと大きく頭をさげて謝った。クロミアは、はあ、と大きくため息をついて腰に手を当てて言った。
「まあ、いいでしょう。あなたを一人にした私の判断ミスです。迎えの車は一度帰してしまいましたから、今日はここに泊まりますよ」
「はい。本当にごめんなさい」
もう一度王子は深く頭をさげた。しかしクロミアは新しい通信機で何か話をしており彼のことは全く見ていない。謝罪も耳に入っていないようだ。王子はしょんぼりして思わず座り込んでしまった。それさえも視界に入れる事なく銀髪の宰相は通信を続けた。
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