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アビの提案
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三人は岩場から迎えのジープに乗って王立軍の宿営地にやってきた。砂漠から少し離れた所で、ごつごつと岩があちこちに出ていたが、背の短い緑の草原が広がる美しい場所だった。数は少ないけれど木も生えている。
「わあ、綺麗なところだね」
王子は驚いて身を乗り出した。アビはここで王子が少し休んでキルティン族のことや彼等の病のことを忘れてくれればいいと願った。
「いよう。チビ…じゃない王子サンよ。むさくるしいトコだがゆっくりしてくれ」
干し煉瓦の建物からにゅう、と出てきたのはツヴァイ将軍。ぎざぎざの歯を光らせてにやりと笑った。
「貴様、王子に対してその態度は何だ。無礼であろうが」
アビは持っていた大鎌をツヴァイに向けてじろりと睨んだ。アビはツヴァイを嫌っていた。元々王立軍と近衛軍はあまり仲が良くないのだが、品性のない余所者が将軍職に就いていることがアビは腹に据えかねているようだ。
「いよう死神将軍。女だてらにまだいきがってやがるのか。女子供の護衛しかできないような近衛軍なんぞ屁の役にも立たんがな」
ツヴァイ将軍はぴかぴかの義手に付いたカギ爪で耳をほじりながらカカカ、と笑った。
「うるさい。このポンコツ将軍め。我がルーン家は伝統ある将軍の一族だ。貴様のような流れ者に役立たず呼ばわりされるいわれはない!」
「んだとコラ。誰がポンコツだ! この大陸伝来の最新鋭の兵器が目に入らねえのか!」
二人はじりじりとにらみ合いを始める。クロミアは、はぁ、とため息をついて手帳を取り出すと何か書きはじめた。
「ああいういらぬ元気は予算の無駄ですね。次年度の2人の年俸は20%ほど削っておきます。さあ、参りましょう」
王子はクロミアに背中を押されて宿営地に入っていった。宿舎の中に入り、通されたのは広く立派な部屋だ。漆喰の壁には王家の紋章──翼が生えた獅子──の入った布がかけられて、足を洗うための水も用意されていた。
「お水だ」
王子は木桶の中に入った水をじっと見つめた。
「お飲みになるお水はこちらです。お茶もありますのでお申し付けください」
若い兵士がそう言ってお辞儀をして部屋を出て行く。机の上には水差しがある。
「この水は大丈夫なの?」
部屋から出て行こうとしていたクロミアにたずねると、淡々とした答えが返ってきた。
「ああ、はい。ここの水は安全な水を本国から引いてきております。安心して召し上がってください。では夕飯の支度が出来次第お呼びしますのでここでお休みになっていて下さい」
王子はぺたんとベッドに座り込んで、ぼんやりと水差しを見つめた。
「このお水をルクドゥにも届けてあげたいなあ」
そう思わず独り言をつぶやいていた。言ってから、王子ははっとする。ここにはきれいな水があるのに、どうしてルクドゥに使わせてあげられないのだろう。
王子はそーっと部屋を抜け出してアビに会いに行った。しかしアビはツンツン頭でぴかぴかの義手をつけた将軍と激しく口げんかをしていてとても話し掛ける雰囲気ではない。王子はあきらめて庭に出てみた。
お庭には干し煉瓦を積んで作業している兵士たちがいた。
「何をしているの?」
王子がたずねると兵士は大きく敬礼しその問いに答えた。
「はい、トゥーティリア王子。我々は宿舎の拡張工事を行なっております。……ええと、つまり、建物を大きくしているのです」
「ふうん。もっと大きくするの? 水場もつくる? ねえ、どうしてここのお水はキルティンの人に使わせてあげられないの?」
兵士は少し考えて、慎重に回答してくる。
「国境警備に力を入れるために施設を大きくしているのです。キルティンが入れないのはここは我が王国の領地内だからです。キルティン族はこの西域では中立地区にしか入ってはいけないのです。」
何故そんな決まりなのか王子には理解できなかったが、もう質問するのはやめることにした。忙しい兵士達を煩わせたくなかったのだ。王子はクロミアの言葉を思い出し、部屋に戻っておとなしくベッドに座って少し休むことにした。
しばらくすると、アビが部屋にやってきた。
「すみません。王子を一人にしてしまって。大丈夫でしたか? ヴァンスに何かされませんでしたか?」
アビは怪我はないかと確かめるように撫でさすりながら心配そうにたずねる。
「大丈夫だよアビ」
気丈にもそう答えてみせる王子だが、顔色は優れない。アビは微笑み、小さな包みを差し出した。
「マルゥから預かってきました。王子のことをとても心配していましたよ」
真っ白な箱にふわふわのピンクのリボンがついた箱を開けると、中にはおいしそうなマフィンが入っていた。
「わあ、マルゥのマフィンだ」
王子は目をまんまるにして顔を輝かせた。マルゥは料理がとても上手で、特にお菓子を作るのが得意だった。王子は箱から菓子を取り出すと一つをアビの手に乗せ、もう一つを自分の口に入れる。優しい甘さが口に広がって、王子はとっても幸せな気分になり、先程からの憂鬱が少し溶けて流れていくような気がした。
「おいしいね」
「はい、王子」
アビも王子もにこにこ顔になってマフィンを食べた。王子が元気になったのを見てアビは少し安堵したが、それでも彼女には憂慮すべき事が満載だった。
「王子。ヴァンスはキルティン族の病気を理由に協定を諦めるようなことを言っていますが、私には王子の宿題を邪魔しているようにしか思えません。こっそり抜け出して、私とキルティンの村に行きましょう」
そう言ったアビの顔は緊張のために若干強張って見えた。王子も何か一生懸命考えているようだが、うまく言葉にならずにただ俯くだけ。
「アビ、ねえアビ。僕ね、キルティンの人と友達になりたい。それに、ここの水を使えるようにしてあげたいんだ」
それを聞いてアビはにっこりと笑う。
「では、行きましょう。水は……当座の分だけでもタンクに入れて運んで行きましょう。ちょっと遠いですが、歩けますか?」
王子はようやく満面の笑みで頷いた。
「うん、アビ。僕ルクドゥが喜んでくれるなら、どこまでも走れるよ」
「では後でお迎えに来ます。夕食の後、少し暗くなったら出かけますよ。こっそり準備しておいてくださいね」
アビが口の前に人さし指を立ててにっこり笑うと、王子も同じく指をあてて笑った。
「わあ、綺麗なところだね」
王子は驚いて身を乗り出した。アビはここで王子が少し休んでキルティン族のことや彼等の病のことを忘れてくれればいいと願った。
「いよう。チビ…じゃない王子サンよ。むさくるしいトコだがゆっくりしてくれ」
干し煉瓦の建物からにゅう、と出てきたのはツヴァイ将軍。ぎざぎざの歯を光らせてにやりと笑った。
「貴様、王子に対してその態度は何だ。無礼であろうが」
アビは持っていた大鎌をツヴァイに向けてじろりと睨んだ。アビはツヴァイを嫌っていた。元々王立軍と近衛軍はあまり仲が良くないのだが、品性のない余所者が将軍職に就いていることがアビは腹に据えかねているようだ。
「いよう死神将軍。女だてらにまだいきがってやがるのか。女子供の護衛しかできないような近衛軍なんぞ屁の役にも立たんがな」
ツヴァイ将軍はぴかぴかの義手に付いたカギ爪で耳をほじりながらカカカ、と笑った。
「うるさい。このポンコツ将軍め。我がルーン家は伝統ある将軍の一族だ。貴様のような流れ者に役立たず呼ばわりされるいわれはない!」
「んだとコラ。誰がポンコツだ! この大陸伝来の最新鋭の兵器が目に入らねえのか!」
二人はじりじりとにらみ合いを始める。クロミアは、はぁ、とため息をついて手帳を取り出すと何か書きはじめた。
「ああいういらぬ元気は予算の無駄ですね。次年度の2人の年俸は20%ほど削っておきます。さあ、参りましょう」
王子はクロミアに背中を押されて宿営地に入っていった。宿舎の中に入り、通されたのは広く立派な部屋だ。漆喰の壁には王家の紋章──翼が生えた獅子──の入った布がかけられて、足を洗うための水も用意されていた。
「お水だ」
王子は木桶の中に入った水をじっと見つめた。
「お飲みになるお水はこちらです。お茶もありますのでお申し付けください」
若い兵士がそう言ってお辞儀をして部屋を出て行く。机の上には水差しがある。
「この水は大丈夫なの?」
部屋から出て行こうとしていたクロミアにたずねると、淡々とした答えが返ってきた。
「ああ、はい。ここの水は安全な水を本国から引いてきております。安心して召し上がってください。では夕飯の支度が出来次第お呼びしますのでここでお休みになっていて下さい」
王子はぺたんとベッドに座り込んで、ぼんやりと水差しを見つめた。
「このお水をルクドゥにも届けてあげたいなあ」
そう思わず独り言をつぶやいていた。言ってから、王子ははっとする。ここにはきれいな水があるのに、どうしてルクドゥに使わせてあげられないのだろう。
王子はそーっと部屋を抜け出してアビに会いに行った。しかしアビはツンツン頭でぴかぴかの義手をつけた将軍と激しく口げんかをしていてとても話し掛ける雰囲気ではない。王子はあきらめて庭に出てみた。
お庭には干し煉瓦を積んで作業している兵士たちがいた。
「何をしているの?」
王子がたずねると兵士は大きく敬礼しその問いに答えた。
「はい、トゥーティリア王子。我々は宿舎の拡張工事を行なっております。……ええと、つまり、建物を大きくしているのです」
「ふうん。もっと大きくするの? 水場もつくる? ねえ、どうしてここのお水はキルティンの人に使わせてあげられないの?」
兵士は少し考えて、慎重に回答してくる。
「国境警備に力を入れるために施設を大きくしているのです。キルティンが入れないのはここは我が王国の領地内だからです。キルティン族はこの西域では中立地区にしか入ってはいけないのです。」
何故そんな決まりなのか王子には理解できなかったが、もう質問するのはやめることにした。忙しい兵士達を煩わせたくなかったのだ。王子はクロミアの言葉を思い出し、部屋に戻っておとなしくベッドに座って少し休むことにした。
しばらくすると、アビが部屋にやってきた。
「すみません。王子を一人にしてしまって。大丈夫でしたか? ヴァンスに何かされませんでしたか?」
アビは怪我はないかと確かめるように撫でさすりながら心配そうにたずねる。
「大丈夫だよアビ」
気丈にもそう答えてみせる王子だが、顔色は優れない。アビは微笑み、小さな包みを差し出した。
「マルゥから預かってきました。王子のことをとても心配していましたよ」
真っ白な箱にふわふわのピンクのリボンがついた箱を開けると、中にはおいしそうなマフィンが入っていた。
「わあ、マルゥのマフィンだ」
王子は目をまんまるにして顔を輝かせた。マルゥは料理がとても上手で、特にお菓子を作るのが得意だった。王子は箱から菓子を取り出すと一つをアビの手に乗せ、もう一つを自分の口に入れる。優しい甘さが口に広がって、王子はとっても幸せな気分になり、先程からの憂鬱が少し溶けて流れていくような気がした。
「おいしいね」
「はい、王子」
アビも王子もにこにこ顔になってマフィンを食べた。王子が元気になったのを見てアビは少し安堵したが、それでも彼女には憂慮すべき事が満載だった。
「王子。ヴァンスはキルティン族の病気を理由に協定を諦めるようなことを言っていますが、私には王子の宿題を邪魔しているようにしか思えません。こっそり抜け出して、私とキルティンの村に行きましょう」
そう言ったアビの顔は緊張のために若干強張って見えた。王子も何か一生懸命考えているようだが、うまく言葉にならずにただ俯くだけ。
「アビ、ねえアビ。僕ね、キルティンの人と友達になりたい。それに、ここの水を使えるようにしてあげたいんだ」
それを聞いてアビはにっこりと笑う。
「では、行きましょう。水は……当座の分だけでもタンクに入れて運んで行きましょう。ちょっと遠いですが、歩けますか?」
王子はようやく満面の笑みで頷いた。
「うん、アビ。僕ルクドゥが喜んでくれるなら、どこまでも走れるよ」
「では後でお迎えに来ます。夕食の後、少し暗くなったら出かけますよ。こっそり準備しておいてくださいね」
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