14 / 21
王子の迷い
しおりを挟む「ここに居ましたか。またどこかへ遠いお散歩に出られたのかと思いましたよ」
冷たい声が夜の闇に静かに響いた。顔を上げるとクロミアが少し離れた所で王子を見下ろしていた。
「おや、また泣いていたのですか」
クロミアはからかうように薄笑いを浮かべ、そこで初めて王子は自分が泣いていたことに気が付いた。そして顔を隠すようにひざの間に顔を埋めた。
「そんなに落ち込むことはありませんよ。今回失敗したからと言ってチャンスを失った訳ではありません。議会を開いてまた違う課題を提示してもらえば良いだけの話です。次の課題はもっと簡単なものになるでしょう」
王子は顔を上げると、じっとクロミアを見つめた。
「クロミアさんならこんな時どうするの?」
クロミアの目は何の感情もなく灰色に鈍く光っていた。
「その質問には意味がありません。これはあなたの『宿題』なのですから」
それでも王子はクロミアから目を逸らさずに続けた。
「僕ね。僕、本当は王様になれなくてもいいの」
クロミアの眉がぴくりと動いた。
「僕、王様になっても父様みたいになれるかどうか分かんない。僕よりも王様に向いてる人がいるかもしれない」
「一度失敗されたからと言って随分と弱気ですね。それでは供の私の立場がありません」
クロミアは大仰にため息をついてみせた。
「僕ね、僕よりも王様に向いている人がいるならそれでいいと思うの」
王子が真剣な目でクロミアを見つめると、彼は鋭い眼差しで見返す。
「興味ありませんな。そんな話は」
そうして踵を返して立ち去ろうとする。王子は立ち上がってその背中に呼びかけた。
「僕ね! 僕……知ってるんだ。本当はクロミアさんが」
「王子」
クロミアは背中を向けたまま一瞬立ち止まり、強い口調で遮った。
「もうお休みください。間もなく夜が明けてしまいますよ」
そうして再び歩を進める。それでも王子は口を閉ざすことなく、更に大きな声で続けた。
「知ってるんだ僕!クロミアさんが本当は僕のにいさ……」
「王子!」
クロミアは振り向いて短く叱咤するように叫んだ。その声は剣のように鋭く音叉のように辺りの空気を震わせた。
「興味ないと言っているのですよ」
そうして王子を見下ろし睨み付けた。
「あなたはそんな話を私にして、一体どうしようというのですか」
クロミアは静かながらも、凍てつくような怒りに満ちた表情に覆われていた。王子はその迫力に思わず黙り込む。
「あの、僕……」
王子は目を泳がせる。
「ええ、皆まで仰らなくとも結構です。あなたは私を怒らせたいのですね。そしてこう言わせたいのでしょう。『ならば貴様はここでこの剣の露と消え、私に王位を渡すがいい』と」
クロミアは腰に下げていた細身の剣を引き抜いた。すう、と王子に向けると剣は月あかりを浴びてきらりと青く怪しい光を放った。
王子は息をのんで喉元に向けられた刃先を見つめた。
「あ、あの……」
クロミアは冷たくにやりと笑う。
「……という冗談はさておき」
かちゃり、と剣を引いてクロミアは言った。
「こんな所を見られては、私はまたあの女将軍に……」
その時背後からどたどたと聞き覚えのある足音が響いてきた。
「王子────!」
クロミアは慌てて刀を鞘に収めて振り向いた。
「ああ、ルーン将軍これはだな。その……」
コホンと咳払いをするクロミアなど眼中にないかのようにどすんと突き飛ばし、アビは王子に駆け寄った。
「アビ、違うよ、大丈夫だよ。クロミアさんは僕に剣を向けたりしてなかったよ」
王子がもぞもぞと言いかけるのを遮り、アビは後ろを指して叫んだ。
「王子! 水場が……水場が!」
ぜえぜえとアビは息を切らし、それ以上なにも言わない。王子は目を丸くし、分からないままにも二人は急いで水場に駆けていった。
「早く、早く!」
アビは王子の手を引いて走る。どんどんと二人は走り国境の壁に近づくと、目の前には信じられない景色が広がっていた。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
彼女の離縁とその波紋
豆狸
恋愛
夫にとって魅力的なのは、今も昔も恋人のあの女性なのでしょう。こうして私が悩んでいる間もふたりは楽しく笑い合っているのかと思うと、胸にぽっかりと穴が開いたような気持ちになりました。
※子どもに関するセンシティブな内容があります。
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる