トゥーティリア王子の宿題

千石綾子

文字の大きさ
20 / 21

王の証

しおりを挟む
「ルクドゥ、これ有難う」
 トゥーティリアは借りていた首飾りを外し、ルクドゥに手渡しにっこりと微笑んだ。
「これのおかげで僕、なんだかすっごく心が強くなったような気がするよ」
 ルクドゥは優しく微笑んでトゥーティリアの肩にその大きな手を置いた。

「これのせいではない。戦士トゥーティリアよ。お前は誰よりも強く大きな心の持ち主だ」
 そうして、恥ずかしそうなトゥーティリアの顔をじっと見つめた後、返された首飾りを再びトゥーティリアの首に掛けた。

「族長であった我が父は今朝早く星に還った。今は私が族長を務めている。私はこれからはこの族長の証である首飾りを身につける。トゥーティリア、これは今日からお前のものだ」
 その言葉にトゥーティリアは胸がずきりと痛んだ。
「お父さん……亡くなったの? 薬草は間に合わなかったの?」
 思わず目から涙がぽろぽろと溢れてしまった。ルクドゥはそんなトゥーティリアに優しい眼差しを送って微笑む。

「星に還ったものはいつでも生者を見守っているものだ。いつかまた出会う日も来るだろう。悲しむことはないのだ。……だが有難う。心優しき友よ」
 そう言ってそっとその大きな瞳からこぼれた涙を指で拭った。トゥーティリアはぐっと涙を堪えて頷いた。

 ルクドゥは静かに地面に片膝をついてトゥーティリアと目線を合わせた。
「良く聞いてくれ友よ。我々は旅をする民だ。しかし、どんなに離れていても、心は一つだ。もしも私の力が必要になった時はこの首飾りを使いに持たせて私に届けてくれ。何があってもすぐに駆けつけよう」
 そうして白い歯を見せてにっこりと笑った。

 その笑顔につられるようにトゥーティリアも笑顔になっていた。ルクドゥは嬉しそうに頷くと、ゆっくりとアトゥヤク達の待つテントの方へ戻っていった。
 トゥーティリアは嬉しそうに首飾りを握り締めた。


「おめでとうございます」
 声に気付いて振り返ると、クロミアが立っており、じっと首飾りを見ていた。
 トゥーティリアがぽかんとしてクロミアを見返していると、クロミアはすっと手を伸ばして首飾りに触れた。
「有事の際の武力協定……これが「協定の証」ですよ」
 トゥーティリアは驚いてルクドゥが去っていった方に再び振り返った。

 ルクドゥの姿は小さくなり、帰りを喜ぶキルティンの人たちに囲まれていた。
「ルクドゥ!」
 トゥーティリアは大きな声で叫び、大きく何度も手を振った。
「ありがとう!!」

 遠くて良く見えなかったが、ルクドゥは笑っているようだった。そうして大きく手を振り返すと、キルティンの皆を引き連れてテントの中へと消えていった。
 それを見届けて、トゥーティリアは大きく息を吐き出した。一度に多くの事があったので、頭の整理が全くついていないのだ。

 その時クロミアがぼんやりと立っているトゥーティリアの首からひょいと首飾りを抜き取った。
「あっ……!」
「おい、貴様何を……!」
 トゥーティリアとアビは驚いて同時に叫ぶ。
「少し静かにしていてもらおうかルーン将軍。私は議会と陛下からこの宿題と協定についての判断を一任されているのだ」

 クロミアは懐から4つに折られた紙を取り出した。金で縁取られ、朱印の押されたその紙を開いてアビの前に突き出した。アビは大きな緑の目を見開いてその書面をまじまじと見つめ、その後がっくりと肩を落とした。
「委任状だと? そんなはずが……。陛下がお前のようなものに……信じられん」
「信じられなくともこれが現実だ。よもや陛下のご意向に背くつもりはないだろうな?」

 アビは無念そうに唇を噛み、目を伏せて黙り込むしかなかった。彼女を心配そうにちらりと見てから、トゥーティリアはクロミアに取り付いて叫んだ。
「それはルクドゥが僕にくれた大事なものなんだ。返して。返してよ!」
 伸びてきた手を払いのけて、クロミアは冷たく言い放つ。
「残念ですがトゥーティリア殿、あなたは王子をやめると仰った。この首飾りは協定の証として王国に帰属します。ですからこれはヴィリアインの宰相として私が預かります」

 トゥーティリアには返す言葉が見つからない。悔しそうに唇を噛んだまま俯いてじっと考え込んだ。
「では私は一足先に国に帰らせていただきますよ。あなた方と違って私は忙しいんです」
 クロミアはふいと踵を返して歩き出す。しばらくその姿を見送っていたトゥーティリアは突然意を決したように顔を上げて、クロミアを追いかけた。

「待って! 僕、やっぱり王様になりたい。だから、宝剣とその首飾りを返して!」
 クロミアはゆっくりと振り返って嘲笑するように言った。
「……ほう。『宿題』が失敗しそうになると簡単に投げ出しておいて、今全てが揃ったら心変わりですか。これはこれは大したお方だ」

「貴様王子に向かってなんという無礼を申すか!」
 さすがに黙っていられなくなったアビが激怒して叫んだ。

「何度も言わせるなルーン将軍。この方はもう王子ではないとさっきから何度も……」
「ええい、うるさい! 王子は王子だ! 屁理屈はよさんか!」
 トゥーティリアは今にも飛び掛っていきそうなアビを必死で押しとどめている。
「アビ、ねえアビ。ぼく、クロミアさんに大事な話があるの。ちょっとだけ話をさせて」
 トゥーティリアに懇願されて、アビもしぶしぶ振り上げた大鎌を下ろした。

「……命拾いしたなヴァンス」
 そう吐き捨てるように言うと、膝を付き鎌を置いてトゥーティリアの後ろに控えた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

あなたが決めたことよ

アーエル
恋愛
その日は私の誕生日パーティーの三日前のことでした。 前触れもなく「婚約の話は無かったことにしよう」と言われたのです。 ‪✰他社でも公開

ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。~旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます2~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
 第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリアは、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていたところ、とある男の子たちに出会う。  言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。  喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。    12、3歳ほどに見える彼らとひょんな事から共同生活を始めた彼女は、人々の優しさに触れて少しずつ自身の居場所を確立していく。 ==== ●本作は「ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。」からの続き作品です。  前作では、二人との出会い~同居を描いています。  順番に読んでくださる方は、目次下にリンクを張っておりますので、そちらからお入りください。  ※アプリで閲覧くださっている方は、タイトルで検索いただけますと表示されます。

処理中です...