百貫作家は、脂肪フラグが折れない

相坂桃花

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二章 百貫作家、相談したり絡まれたり

その2 絶食は無理系作家ですので

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「ノーカン、ねぇ。俺は思い立ったらすぐに実行する方がいいと思うけどねぇ」

 言いながらも、注文を通してくれた。オーナーの立場からは、忠告することはできても注文を断ることはできないというわけである。

 ウエイトレスのアルバイトをしている巴が休みな為に、苺のミルフィールはそのままオーナーがカウンターから出て運んでくる。

「うわあ、いつも通り苺がたっぷりでおいしそう!」

 強面に反して、オーナーが苺好きということで、この店の苺関係の商品はなかなか力が入っている。ケーキ類自体はケーキ屋に注文しているのだが、そのデザイン等はオーナーとの共同開発らしく、特別にこの店に卸してもらっているそうだ。

「そりゃ何よりだが……確かに、少し健康には気遣った方がいいと俺も思うよ。あんた、普段もあんまり運動とかしないようだし、食生活とか大丈夫なのか?」

「男の一人身ってのは、なにかと食生活がダメになることが多いからねぇ」

 カウンターの端に座っていた町田という初老の女性から横やりの声がかかる。常連客の一人で、英明とも馴染みの顔だった。

「いやあ、お恥ずかしい」

 ずばりその通りなので、言い訳が立たない。
 暴飲暴食をした覚えはない――あくまでも、英明の主観で言えばないのだが、それでも健康的な食生活ではないことだけは自覚していた。

「マスターは、どうやってスタイルを保ってるの?」

 たっぷりぽよぽよとした自分のお腹と、筋肉質でスッキリしているマスターの肢体を見比べて英明は尋ねる。体重だけを見れば、マスターとて重量級だろうが、その内容は英明とまったく違うはずだ。あちらは、逞しい筋肉で体重が加算されているのだ。

「特に気にして何かをしてるわけではないけどなぁ」

「えー、うっそだー」

 努力もなしにそのスタイルを維持しているわけがないと、英明は子供のように唇を尖らせた。そんな英明に対し、巴は顔の前で手を左右にふって見せた。

「斎藤さん、きっとマスターは日常的に身体を鍛えてるから、本人的には特に何もしていないっていう認識なんだよ」

 なるほど。
 巴の言うことは一理ありそうだ。
 事実そのように問えば、案の定の答えが返って来た。

「本当に特別なことはしてないって。毎日腹筋背筋を三百回ずつして、夜を十キロほど走っているだけだ。あとは適当に休憩がてら寄った公園の鉄棒で懸垂をしたり……その程度だな。たまに休日に時間をとって、トレランすることもあるが。ああ、それからたまに知り合いのボクシングジムに行ってサンドバックを叩かせてもらっている程度か」

 しれっとした顔で言うマスターが憎らしい。なんと元気な四十代であろうか。英明が十代の時よりの十倍は元気である。どこのアスリートだと突っ込みたい。

 それだけ鍛えていれば、筋肉隆々なのもうなずける。
 マスターとはよい関係を築けていると思っているが、自分とはまるで違う人種なのだと感じる。

「トレランて、何?」

 知らない単語が混じっていたので、英明は素直に尋ねた。
馴染みのない言葉だ。

 トレーニングランニングの略だろうか。だとしたら、十キロ走るのとは別のメニューなのだろうか。尋ねると、マスターはコップを拭きながら教えてくれた。

「トレイルランニングって言ってな、平地じゃなくて山岳などのデコボコとした安定していない場所を走ることを言うんだ。地面が安定してないと否応なしに体幹の力が必要となるから、身体を鍛えるのにはうってつけだぞ。慣れないと、なかなかキツイところもあるけどな」

「ひえぇー」

 情けない声を上げてしまった。気づくと、苺のミルフィールもなくなっている。

「ぼくには無理そうだなぁ。普通に走るのでも、しんどそうなのに……」

「慣れると楽しいよ。斎藤さんも、軽く身体を動かすことから初めてみたら、どうだろうか」

「うーん。前向きに考えてみるよ」

 考えるだけは、と心の中でつけ加える。

「何にしてもダイエットをするなら、あんまり無理をしないようにね。健康を損なうような内容はしないでね、絶食とか」

 心配そうに眉根をひそめる巴に、英明は笑い返す。

「絶食系は絶対に無理だから心配しないで」

「……堂々と言うのも、考え物だと思うけどねぇ」

 確信を突いた常連客の言葉に、英明はアハハと笑ってごまかして見せた。




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