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二章 百貫作家、相談したり絡まれたり
その4 半袖は百貫の戦闘服
しおりを挟む荷物を持ちはこぶ時に楽だという理由で、英明はリュックを背負って出歩く。本当は手ぶらが一番楽なのだが、行き先が図書館ではそういうわけにはいかない。
まあ、手荷物として持ち歩くよりは、背中に背負う方がはるかに楽だ。身体が大きくなるのと比例して、なぜだかリュックも大きくなっていったが、容量がたくさんあるリュックは割と気に入っている。
「ふぅー。暑い」
本格的な夏はまだだと言うのに、英明は少し歩いただけでフーフーと息を吐く。
道を歩く人たちは、薄着ではあるものの、まだ長袖がたいがいだった。
英明のように、真夏真っ盛りと言わんばかりのTシャツは皆無である。英明とて、動かなければそれなりにまだ肌寒いなぁと思うのだが、少し動くとすぐに暑くなってしまうので、外出する時は真夏スタイルでないと困るのだ。
(うわ、汗が胸の下にたまってるよ)
歩きながら、げんなりと胸の中で呟く。
女性でもないのに、ためこんだ脂肪のせいで、英明には柔らかな肉が胸部についている。
大の男の手で鷲掴みしても、手に余るくらいの量である。肉の厚さだけで言えば巨乳だが、アンダーがトップに負けないくらいし、何より英明は男であるので、無用の産物だった。
脇の下や、胸の下にはじっくりと汗をかいている。リュックに入れていたタオルを取り出し、顔から噴き出た汗を拭き、あとはタオルを首にかける。
本当は服の中の汗もふきたいところなのだが、さすがに外でそんな真似をするわけにはいかない。
人通りが少ない道とはいえ、人目がないわけではない。さすがに服の中に手を突っ込んで汗を拭くのはマナー違反だろう。
(早くバスに乗りたい……でも、バスはまだクーラー入れてくれてないだろうなぁ)
心中でぼやきながら、バス停までトボトボと歩いて行く。図書館の近くにもバス停はあるのだが、残念ながら英明が乗車するバスは、そのバス停では停まらない。
英明が日常的に使用するバス停は、図書館から少し離れた場所にあった。これで荷物が多い時や、気分が乗らない時はバス停に向かうのでさえ億劫になって、タクシーを捕まえる。
他の心身ともに健康的な人から見たら、怠惰、堕落しきっているようにしか見えないだろう。
英明が太る一方なのは、食生活だけが問題ではなく、決定的な運動不足が原因だとすぐにわかるエピソードであった。
ようやくバス停につき、待つこと五分程度。思ったよりも待たずに乗れた英明はフゥと息を吐き、二人席を一人で陣取って、荷物を横に置いた。一人席に座れないこともないのだが、やはり窮屈であるし、この時間帯のバスは席がすべて埋まることはないことがわかっているので、大して良心の呵責は感じない。人が多くなるとさすがに、そんなことはできないけれども……
英明はとことん自分に甘い性格ではあったが、それで他者に対して傍若無人にふるまえるほどの胆力はなかった。だからといって、満員バスの中で立ち続けることも苦痛なので、やはりその場合はタクシーを選択することが多い……という、ダメっぷりである。
しばらくバスに揺られた英明は、住んでいるマンションの近くのバス停で降車し、てくてくと歩く。英明の住むマンションは商店街がすぐ近くにある、ファミリー層の多い居住区で、学校や公園なども近くにあるという、立地としては文句のつけようがない場所にあった。
無論、それなりの家賃を取られるのだが、東京などの都会に比べれば半分程度の家賃で住む。
あくまでも、この土地では割と高い家賃なのである。
いつもならば帰りに飲食店か、デザートを買うためにコンビニくらいにしか寄らないのだが、英明の足は普段とは違う路地へと入った。ほんのわずかだがダイエットを意識して、ほんの少しだけ遠回りをして帰ろうと思ったのだ。
この判断が、己の脂肪を絞る……もとい、首を縛る結果に繋がるとも知らずに――。
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