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3呪いをかけられた王子①
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「記憶を失う……アンドリュー様が?」
この国で一番大きいと言っても過言ではない城の、最奥に位置する小さな部屋。
部屋の大きさの割にはやけに重厚な扉があつらえてあるこの部屋は、今私の目の前に腰掛けているアンドリュー様のものだ。
彼が普段使用している自室とは異なり、この場所は限られた者しか入ることのできない神聖な場所なのだとか。
アンドリュー様いわく、一人で心を鎮めたいときに使用する部屋らしい。
城へ招待されるとほぼ毎回と言っていいほどこの部屋に案内されるのだが、私以外の者がこの部屋に立ち入ることはないのだと以前彼が教えてくれた。
十字架に天使をモチーフにしたステンドグラスが陽の光で輝き、その美しさにここが王城であるのだということを忘れてしまいそうになる。
「ああ、そういうことになる」
私の目の前でソファに腰掛け神妙な面持ちで頷いているアンドリュー様は、トルーア国の第二王子だ。
黒髪に碧眼を持つ見目麗しいお方であり頭脳明晰、おまけに剣術の腕前も見事なものである。
第二王子ということで次期国王の座を得ることはできないものの、ゆくゆくはトルーア国にとってかけがえのない人物となるであろうことは周知の事実だ。
そして私は幸運なことに、そんな彼の婚約者として名を連ねていた。
今日のこの逢瀬も婚約者水入らずの幸せな時間かと思いきや、どうやら違うらしい。
私たちを取り巻く空気はいつもの甘く柔らかなものとは異なり、重く堅苦しい雰囲気を纏っているように思えた。
『私はいずれ記憶を失ってしまうかもしれない』
これが、私がこの部屋を訪れてソファに腰掛けた直後に彼から告げられた台詞だ。
前置きもなく突然そんなことを言われてしまい、意味もわからず首を傾げる。
「あの、おっしゃっている意味がよくわかりません……なぜアンドリュー様の記憶が……?」
戸惑いながらそう尋ね返した私を、彼は苦しげに見つめ返してきた。
かと思えば私から目を逸らすように目線を落とすと、苦々しげに口を開いたのである。
「先日私が友好を深めるために、隣国を訪れていたのを知っているだろう?」
「はい。王太子殿下の名代として、あちらで開かれる舞踏会に参加されたのですよね」
アンドリュー様が隣国を訪問したのは、つい一ヶ月ほど前のことだろうか。
隣国と言ってもトルーア国は広大な敷地を有しており、馬車と船を乗り継いで片道数日はかかるであろう長旅となったはずだ。
事前にその話を耳にしていた私は、彼の無事を祈って刺繍のハンカチを手渡したことを覚えている。
いくら舞踏会に参加するだけとはいえ、王族であるアンドリュー様には常に危険が伴う。
たった一週間の旅程が途方もなく長く感じられてしまい、無事に帰国した姿を目の当たりにした時は安堵で体の力が抜けてしまった。
そんなことで未来の王子妃が務まるのかと、実家の両親に叱られたものだ。
向こうでは特に大きな問題もなく、滞りなく任務を終えたと話を聞いている。
だが彼の深刻そうな表情を見るに、恐らくその道中で何かがあったのだろう。
「……どうやらその時に、私は呪いにかけられてしまったらしい」
「えっ?」
「呪い」という予想もしていなかった言葉に、思わず声が上ずった。
「隣国で催された舞踏会で、何やら見知らぬ女性に好意を抱かれた。適当にあしらっていたんだが、彼女は自分を恋人にしてほしいと言い出した」
「あ、アンドリュー様にそのようなことを!?」
驚きのあまり開いた口が塞がらない。
その女性はアンドリュー様がトルーアの王子であるということを知っていたのだろうか?
「護衛もつけていたし、舞踏会ということもあって油断していたのかもしれない」
「……そのお方は、もしや隣国の高位貴族のご令嬢だったのでは? または王族ということも……」
令嬢らしくない、はしたない声を出してしまったことに気づいた私は、取り繕うようにそう付け加える。
しかしそんな提案を、アンドリュー様は首を振ることですぐに否定した。
この国で一番大きいと言っても過言ではない城の、最奥に位置する小さな部屋。
部屋の大きさの割にはやけに重厚な扉があつらえてあるこの部屋は、今私の目の前に腰掛けているアンドリュー様のものだ。
彼が普段使用している自室とは異なり、この場所は限られた者しか入ることのできない神聖な場所なのだとか。
アンドリュー様いわく、一人で心を鎮めたいときに使用する部屋らしい。
城へ招待されるとほぼ毎回と言っていいほどこの部屋に案内されるのだが、私以外の者がこの部屋に立ち入ることはないのだと以前彼が教えてくれた。
十字架に天使をモチーフにしたステンドグラスが陽の光で輝き、その美しさにここが王城であるのだということを忘れてしまいそうになる。
「ああ、そういうことになる」
私の目の前でソファに腰掛け神妙な面持ちで頷いているアンドリュー様は、トルーア国の第二王子だ。
黒髪に碧眼を持つ見目麗しいお方であり頭脳明晰、おまけに剣術の腕前も見事なものである。
第二王子ということで次期国王の座を得ることはできないものの、ゆくゆくはトルーア国にとってかけがえのない人物となるであろうことは周知の事実だ。
そして私は幸運なことに、そんな彼の婚約者として名を連ねていた。
今日のこの逢瀬も婚約者水入らずの幸せな時間かと思いきや、どうやら違うらしい。
私たちを取り巻く空気はいつもの甘く柔らかなものとは異なり、重く堅苦しい雰囲気を纏っているように思えた。
『私はいずれ記憶を失ってしまうかもしれない』
これが、私がこの部屋を訪れてソファに腰掛けた直後に彼から告げられた台詞だ。
前置きもなく突然そんなことを言われてしまい、意味もわからず首を傾げる。
「あの、おっしゃっている意味がよくわかりません……なぜアンドリュー様の記憶が……?」
戸惑いながらそう尋ね返した私を、彼は苦しげに見つめ返してきた。
かと思えば私から目を逸らすように目線を落とすと、苦々しげに口を開いたのである。
「先日私が友好を深めるために、隣国を訪れていたのを知っているだろう?」
「はい。王太子殿下の名代として、あちらで開かれる舞踏会に参加されたのですよね」
アンドリュー様が隣国を訪問したのは、つい一ヶ月ほど前のことだろうか。
隣国と言ってもトルーア国は広大な敷地を有しており、馬車と船を乗り継いで片道数日はかかるであろう長旅となったはずだ。
事前にその話を耳にしていた私は、彼の無事を祈って刺繍のハンカチを手渡したことを覚えている。
いくら舞踏会に参加するだけとはいえ、王族であるアンドリュー様には常に危険が伴う。
たった一週間の旅程が途方もなく長く感じられてしまい、無事に帰国した姿を目の当たりにした時は安堵で体の力が抜けてしまった。
そんなことで未来の王子妃が務まるのかと、実家の両親に叱られたものだ。
向こうでは特に大きな問題もなく、滞りなく任務を終えたと話を聞いている。
だが彼の深刻そうな表情を見るに、恐らくその道中で何かがあったのだろう。
「……どうやらその時に、私は呪いにかけられてしまったらしい」
「えっ?」
「呪い」という予想もしていなかった言葉に、思わず声が上ずった。
「隣国で催された舞踏会で、何やら見知らぬ女性に好意を抱かれた。適当にあしらっていたんだが、彼女は自分を恋人にしてほしいと言い出した」
「あ、アンドリュー様にそのようなことを!?」
驚きのあまり開いた口が塞がらない。
その女性はアンドリュー様がトルーアの王子であるということを知っていたのだろうか?
「護衛もつけていたし、舞踏会ということもあって油断していたのかもしれない」
「……そのお方は、もしや隣国の高位貴族のご令嬢だったのでは? または王族ということも……」
令嬢らしくない、はしたない声を出してしまったことに気づいた私は、取り繕うようにそう付け加える。
しかしそんな提案を、アンドリュー様は首を振ることですぐに否定した。
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