【R-18】もう一度、私を愛してくれますか?〜記憶喪失の第二王子は最愛の妻に二度目の恋をする〜

桜百合

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38 森での手当て

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「君は……セラフィナ? なぜ君がこのようなところに?」

 草むらから飛び出してきたのは獣でもなんでもなく、我が夫アンドリュー様であった。
 予想外の事実に、私とアシェラは目を白黒とさせて彼の方を見つめることしかできない。

「二人きりで森に来たのか?」

「あっいいえ……入り口の方にウェスカーらが待機しております」

「そうか。私は反対から回ってきたものだから、姿を見かけなかったのだな」

 そう言うアンドリュー様は、狩りの時の服装をしているようだ。
 そして手には剣を握りしめており、その刃先には何やら血痕のような赤いものが付着している。

「アンドリュー様こそ、なぜ森に? 護衛の方はいらっしゃらないのですか」

 第二王子である彼が、たった一人で森の中から姿を現したことに驚きを隠せない。
 護衛も連れずに一体何をしていたのだろうか。

「……」

 すると彼は私の問いかけに対し,黙り込んでしまった。
 ちら、と隣を見るとそばにいたはずのアシェラは少し離れたところへ移動したらしい。
 きっと気を遣ってくれたのだろう。

「アンドリュー様?」

「何か手掛かりになるものがないかと思ってだな……その、君の記憶の」

「それで、お一人で森へ?」

「先ほどまで護衛がいたんだが、少し一人きりになりたくてね。森の出口はすぐそこだし大丈夫だと油断していたら、オオカミに襲われた」

 彼の手を見ると、引っ掻き傷のようなものが多数存在しており、そこから血が滲んでいるようだ。
 きっとその剣の血痕も抵抗した際についたものなのだろう。

「ご無事でよかったですわ……」

「情けないところを見られてしまったな」

 そう言ってアンドリュー様は恥ずかしそうに笑った。
 その顔を見ただけで鼓動が速くなり、今すぐ温かい胸に飛び込んでしまいたい衝動に駆られてしまう。
 しかしその願望が叶うはずもなく、私はなんでもないふりをしながら言葉を紡いだ。

「その……手の傷が痛むのでは?」

「ああ、痛むがこれしきの傷なら大丈夫」

「ちゃうど傷口の痛みを和らげる薬草が,この籠の中にございます。ささ、こちらにお座りになってくださいませ」

 気づけばそんな言葉が口から飛び出していた。
 先ほどアシェラと一緒に摘み取った無痛草は、葉をちぎりそこから漏れ出た汁を傷口に塗り込むことで消毒と痛みの緩和をおこなうことができるのだ。
 
「だが、君にそのようなことをさせるのは……」

 彼は突然の申し出に戸惑っている。
 
「何をおっしゃるのです。私たちは、夫婦ではありませんか」

 そんな彼に対し、私は微笑みを送った。
 私の言葉に、アンドリュー様がハッとしたような表情を浮かべている。
 結婚してからというもの様々なことがありすぎて自信を失いかけていたが、私は確かにアンドリュー様の正式な妻なのだ。

 あの日教会で神の前に誓いを立て、王家に代々伝わるティアラを授かった。
 どんなにマリア様が私の邪魔をしてその代わりになろうとしたところで、所詮は紛い物にすぎない。

 アンドリュー様の正式な妻は私一人だけ。
 その誇りが私からこのような発言を引き出したのだろうか?

「そうか……そうだな、私たちは夫婦だ」

 戸惑うように瞳を許していたアンドリュー様であったが、やがてフッと気が抜けたように笑った。
 そして私に言われた通り、ちょうどいい高さの岩に腰掛けると、私に向けて負傷した方の左手を差し出す。
 まじまじとその手を見れば、真っ赤な引っ掻き傷とそこから滲む血がなんとも痛ましい。

「少し動かずにそのままでいてくださいね」

 私は籠の中から無痛草を取り出す。
 丸みを帯びた葉を二つに千切ると、その断面から粘り気のある汁が染み出してきた。
 それを指で掬い取り、彼の傷を撫でるように塗り込んでいく。

「っ……」

 傷口に触れた途端、アンドリュー様の表情が歪んだ。
 恐らく痛むのだろう。

「申し訳ございません。じきに痛みが和らぐはずですから……」

 そう言いながら、私はさらに無痛草の葉をちぎってその工程を繰り返した。
 何度か同じことを繰り返していくうちに、アンドリュー様の手に込められていた力が抜けていく。
 それと同時に眉間の皺もすっかり消え失せていた。

「痛みがなくなった……」

 彼は手のひらを握ったり開いたりしてその痛みが消え失せたことを確認すると、にっこりと笑う。

「よかったですわ。やはり無痛草は優れものですね。実はお城の書物庫からお借りした本に書いてありましたの。こちらの森には多くの薬草が生えているとお聞きして、一度訪ねてみたかったのです」

「君は……ありがとう、セラフィナ。助かったよ」

 アンドリュー様は何かを言いかけたが、その言葉を途中でやめて感謝を伝えてくれる。

「その、よかったら私にも薬草のことを教えてくれないか? 今後も役立つ知識になるに違いない」

「はい。ぜひ」

 こうして私たちは並び歩いて森を出ると、城のすぐそばにある噴水のところまで戻ってきた。
 そこには白いベンチが置かれており、彼は先にそこへ腰掛けると私にも同じことを勧めてくる。

 思っていたよりも近いその距離に心臓が口から飛び出してしまいそうだったが、それも束の間。
 知りうる薬草の知識を彼に披露しているうちに、あっというまにそんな緊張はどこかへ吹き飛んでしまったようだ。

 彼が記憶を失ってからのどこかぎこちなかった雰囲気が消え去り、昔からの馴染みのように言葉を交わすことができている。
 もちろんアンドリュー様の中に私の当時の記憶は残っていないのだが、また少し彼との心の距離が近くなったような気がして嬉しかった。

「そうだ、セラフィナ。君に話したいことがあったんだよ」

 一通り私が話し終えたところで、アンドリュー様は何かを思い出したかのように突然そんなことを言い出した。

「今度ユーグレン公爵家で舞踏会が開かれるんだ。君にはぜひ私と一緒に参加してほしいと思ってね」

「ユーグレン公爵家の舞踏会、ですか……」

 ということは、嫌でも主催者側のユーグレン公爵やマリア様との接触を避けることはできないだろう。
 
 ──毎日こんな平和な日々が続けばいいと思ってしまう……。

 アンドリュー様の妻である以上、そんな日常がやってくるはずはないのだ。
 だというのにそんなことを考えて気落ちしている自分が嫌になる。

「ですが、舞踏会に参加するための支度がまだ何も……」

 乱れた気持ちのままの私は、どっちつかずの返答をした。

「大丈夫。それならこちらで用意しておくから。まだ舞踏会まで日はあるしね。君の心配には及ばない」

「そう、ですか……」

 そう言われてもなお,私の気持ちは進まない。
 一体私は何をそんなに恐れ心配しているのだろうかと、自分自身に問いかける。

 マリア様に何かを言われることを恐れているのだろうか?
 あるいは彼らの仲睦まじい姿を見せつけられることを……?
 それともユーグレン公爵が、再び私に卑怯な手を使うことに怯えているのだろうか。

 きっとそのどれもが正解なのかもしれない。

「セラフィナ」

 やがていつまでも煮え切らない態度の私を見かねたアンドリュー様が、諭すように口を開く。

「私は君の夫だ。先ほども君がそう言ってくれただろう?」

「はい……」

「正直なところ、君の記憶を失ったくせに当たり前のような顔で君と並び歩くことに申し訳なさを感じていた……。だからこそ、先ほどの君の台詞はとても嬉しかったんだ」

 いつのまにか彼の大きな手が、膝の上に置かれた私の手を包み込んでいる。
 触れ合った手から伝わる温もりが、今は私の心を締め付けた。

「セラフィナは堂々としていればいいんだ。君は私の正式な妻なのだから。誰が何を言おうと、私が君を守ろう」

 アンドリュー様はその名前こそ口には出さなかったものの、暗にユーグレン公爵親子のことを言っているのだとわかる。
 
 ──アンドリュー様がマリア様に好意を抱いているということは、なさそうね。

 その結論は私を何よりも安堵させた。

「だから、一緒に舞踏会に参加してはくれないか? 私のパートナーとして……」

 じっと青い瞳が私を見つめる。
 誤魔化すことのできないほどの真っ直ぐなその視線から、目を逸らせずにいる。
 そして気づけば首を縦に振っている自分がいたのだ。

「……至らぬ点の多い私ですけれど、よろしくお願いします」

「美しく着飾った君を見るのか今から楽しみだ」

 アンドリュー様は屈託のない笑みを浮かべると、私の手を握る力を強めたのであった。
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