笑ってはいけない悪役令嬢

三川コタ

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終章

エピローグ

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 ふと目覚めると、渓谷から流れる川のほとりに立っていた。底石まで透ける青い清流は、カインと訪れたニーヨド川にそっくりだ。
 魂の記憶に刻まれたシーコックの美しい風景だけども、俺の身体はCGのサイナスではなかった。


「タネ、ひさしぶりだな。」
「・・・珠生壬しゅうじん、なのか?」
 仕立ての良いスーツを着て磨かれた革靴で河原の砂利を踏む男は、雪のように真っ白な髪だった。

「・・そんなに時が経ったのか・・。」
「ん?ちがうちがう。この髪は本家の修練で白くなったんだ。タネの時間のほうが、現世よりずっと早い。」

「本家の修練で総白髪に?」
「ああ。俺はに勝ったんだ。」

「!!そんなに危ない修練を・・?俺に会うために、なのか・・。」
 珠生壬は、まだ現世で生きているらしい。生者が、俺の想念が構築したこの夢に来るには、組織の筆頭なみの能力を要するはずだ。

「ククク。命を賭けたわけじゃないけどな。危険な修練だったことには変わりない。」
「・・・。」
 俺が言葉を失っているのに、珠生壬は愉快そうに肩を揺らしている。


「クク、シミュレーション仮想空間のシーコックでも、『風俗王』になるなんてな。どんだけだよ、タネ。クククッ。」
「ふ、風俗王ちゃうわっ。人口問題解決に貢献しただけだ!・・ってか、現世では、風俗王と呼ばれてないぞっ!」

 人口が増え続けるシーコックの崩壊を阻止するため、俺はタンポポのゴム成分からアレルゲン物質を木の魔石で抽出し、男性用避妊具を開発した。
 現状視察の旅では、望まぬ妊娠により産まれた娼館の子供達の存在を知った。飢えることはないが大幅に将来の選択肢を奪われた子供達との出会いが、俺を避妊具の開発へと突き動かしたのだ。
 その結果・・安全に娼館へ通えるようになったと多くの男に感謝され、『風俗王』という俗称で呼ばれるようになってしまっていた。


「・・珠生壬は、サイナスの動向を把握してるんだな。」
「大まかな設定は筆頭を通じて、じいさんから教えてもらったんだ。あと、シーコックの考案者に会ったよ。ククッ。タネは随分と格好良くなったよな。二倍近く足が長くなったんじゃないか?」

「二倍なわけないだろうがっ。・・『ゆきひ』の妹に会ったのか。」
「!じいさんとの会話を覚えているのか?」

「サイナスとして起きた瞬間に、ほとんど忘れるよ。夢の中では、じいちゃんや『ゆきひ』とのやり取りを思い出せるが・・夢でも抜け落ちる部分は多い。」
 『納会』以降も、俺は何度か夢で祖父と少女と会っていた。


「・・タネが忘れるのは、自己防衛だ。無理に思い出そうとするな。」
「やっぱり、そうか・・。どうしようもない虚無感は消えたから、忘れたと自覚しても自棄にはならないよ。」

 珠生壬の表情がふっと変わった。 さっきまでの軽口が嘘のように、俺を真顔で見据えてくる。
「銀髪美青年になったからって、箱庭に耽溺しないでくれよ。」
「はあ??俺の不遇な巡り合わせを見たのに、そんなこと言う―・・」
 ひたむきに訴えかける目に、俺は思わずたじろいだ。


「・・もし、箱生を終えても仮想空間に執着して俺の魂が留まろうとしたら、迎えに来てくれるだろ?」
 そう言うと、珠生壬は溢れんばかりの笑顔を向けてきた。
「あははっ、そうだな!あの修練を耐え抜いたからな!でも難易度が段違いだから、自殺だけはやめてくれよっ。」

「耽溺と真逆じゃん。これまで堕ちずにやってこれたんだ。どっちも、しないよ・・。というか、耽溺はしたくても出来ん。」
「ははっ、あははっ。巨乳好きなのに、男にしかモテてないもんなっ。」

「!!お前も二丁目で大人気だったろーがーっっ。ゲフッゲフンゲフンッ―」



***

 激しく咳き込んで飛び起きると、銀髪のCGキャラクター達が、俺を心配そうに覗き込んでいた。


「サイナス?!大丈夫か??」
 美中年のアルティーバが、一つ結びにした銀髪を乱して狼狽している。
「ハア・・良かった・・。」
 アルティーバに抱きかかえられた俺の背後で、ファウストの深いため息が聞こえた。

「チャイナシュ・・ごめんなしゃい。」
 天使のような癖毛の子供がしょんぼり謝る声で、ようやく思い出した。この天使が振りかぶって投げたマシュマロを口でキャッチする余興の最中、俺は気を失ったのだった。


「もう!びっくりしたじゃないっ・・グスっ。」
 純白のドレスに身を包んだイコリスが、涙目になっている。

 青空の下、柔らかな芝の上で輝くイコリスのウエディングドレスは、軟禁状態だった少女時代や、念願の友人を得た学院生活を俺に蘇らせた。諦めていた結婚を果たした姿を前にすると、同い歳なのに父親じみた感慨がこみ上げて鼻の奥がツンとしてしまう。

「ゴホっ・・心配かけたな、ゴホン。」
 キャルクレイの子の頭を撫でながら、涙ぐむのを誤魔化して咳払いした。すると、背中に鈍い痛みが走った。 
 

「んあ?なんか、背中が痛いな。」
「喉に詰まったマシュマロを出そうとして、私が何発か背中に掌底を叩き込んだよ。」
 ファウストは魅了が効かないのをいいことに、ちゃっかりプラントリーだけの結婚式二次会に参加していた。そのおかげで俺は大事に至らずに済んだわけだ。

「余興のマシュマロが死因だと、笑い話にもならなかったぞ、ははっ。」
 酔ったナザフォリスが、直球で俺の失態を笑い飛ばした。

「・・・・。」
 もし、二次会のマシュマロキャッチで箱生を終えていたら・・珠生壬は腹を抱えて笑い転げ、カインはプラントリー伝説の一頁として泣き笑いで語り継いだろう。


「サイナス・・怒ってる?」
 俺が黙り込んだので、イコリスが不安そうに見上げてきた。

「怒ってないよ。俺を怒らせるなら、たいしたもんだ!あははっ。」

 マスクを付けてない俺達は、顔を見合わせて笑い合った――



「俺は・・俺の箱生は、いつだって喜劇だーっ!!」

 突然、天を仰いで声を張り上げた俺に、皆が目を瞠った。


  フシューーーーー。
 泣かないように息を整えて、それからイコリスを抱き寄せる。

「結婚おめでとう!イコリス!!」
「!!ありがとうっ。」
 俺の祝いの言葉とともに、温かい歓声とグラスの触れあう音が拡がる。

 植え込みの垣根の向こうでも新郎側の二次会が盛り上がり、ざわめきが賑やかさを増した。


 住人たちの喜びを祝福するかのように、時を告げる鐘が風に乗って舞い降りた。遙か遠くから届いた時計台の鐘の音は、赤い衣を纏った青年が運んだ気がした。
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