笑ってはいけない悪役令嬢

小川コタ

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笑7

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「二人とも、悠長だな。開門間際だ。」
「別に問題は無いよね。」
 懐中時計で時間を確かめるファウストに、フラリス・ブリストンは素っ気なく答えた。
 厳密に言うと、イコリスを意識し過ぎてファウストへの返答がおざなりになってしまっていた。

 ブリストン一族は土の魔力を持つ為、交通路の整備、公的な建造物の建設を主導しており、多くの技術者や職人と連携している。男性中心の業界なので、ブリストン頭首宅に訪れる者は圧倒的に男が多い。
 そのうえフラリスには女兄弟がいない。縁戚にも歳の離れた女児か既婚女性しかおらず、また頭首宅の女性の使用人も古参メイドのみで、年頃の女性に慣れていないのだ。黙っていれば美人のイコリスが気になるのは無理もない。

 今日のフラリスは、制服の二重線に施された橙色よりも薄い杏子色の首元迄ある髪を、上半分ひとつに束ねている。
 いつものうっとおしい前髪がすっきりと上げられているので、普段より明瞭にイコリスが見えているだろう。・・・6枚のパッドで急に大きくなった胸が明瞭に・・・。

「遅刻しそうだったのではなく、入り口のベンチで話してたんですよ。でん・・。」
「殿下と言うな。何で敬語だ。」
 よそよそしくなる幼馴染み達に、ファウストは拗ねているようだった。
「馴れ馴れしく話していたら、貴族以外の生徒がファウストを軽んじるでしょ?」
 淡々とファウストに説く眼鏡男子は、トゥラン・キュリテグロース、風の一族だ。
 彼は菫色の短髪なのだが、強制力が課せられる前から、頭頂部より一束の髪の毛が天に向かって弧を描き立っている。これはトゥランだけではなく、紫系統の髪を持つキュリテグロース一族の男の特性だ。
 ちなみにキュリテグロース一族の色は紫であり、彼の制服にも使用されている。
「いいさ。軽んじられて構わない。」
「そうもいかないでしょう。ゆくゆくは国王になるんだから。ねえイコリス。」
「ファウストは優しいから、皆、親しみやすいと思う。威厳は大事。」
「・・・仲間内では普段通りで良いだろ。時と場合によるのはわかってるから、心配しないでいいよ。」
 イコリスに優しいと言われて、ファウストは満更でも無さそうだ。トゥランはイコリスに振ると話が早いと踏んだのだろう。

 俺とイコリスは、五大貴族頭首の息子達の中で、唯一、トゥランとは密接な関わりがある。
 魅了の制御訓練に、国王の命令でトゥランが協力していたからだ。俺達はフラーグ学院へ入学する為に、3年以上前から厳しい制御訓練をトゥランと共に重ねて来た。だからこそ、イコリスはトゥランと連携した話運びをこなせたのだ。

「トゥラン、眼鏡の枠が太くなってないか?」
「風の魔石を強化したら太くなったんだ。」
 トゥランは眼鏡の丁番付近に埋込められた魔石を指して、俺に言った。眼鏡のつるからは頭頂部へ向かって微かな風が絶えず吹いており、立っている毛束が倒れないように維持されている。
 キュリテグロース一族が課される強制力は眼鏡をかける事だが、この風を発生させる細工はキュリテグロースが独自に開発したものだ。入学するにあたり眼鏡の性能を向上させたみたいだが、風の強化を要するという事はきっと頭頂部の毛束が手ごわくなるのだろう。
 俺とイコリスが胸の内で心配している事に気づいたトゥランは、俺達を元気づけるように微笑むのだった。

 ほどなくして、背後から重々しくきしむ音が響いた。それは校門の重厚な扉が開く音だった。
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