笑ってはいけない悪役令嬢

三川コタ

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夏の宴 告白 編

宴7

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 天幕から少し離れた所に、見知らぬ大人の男が座っていた。彼が座っている椅子は座面位置が高く、浮き輪と日よけの傘が据え付けられていた。
 隊服を脱いだ親衛隊隊長がやって来て、隣にある同じ仕様の椅子に座ると、彼と親しげに話し出した。
 二人とも首から双眼鏡を下げている。彼はファウストの従者らしく、二人でこの椅子からアイとイコリスを監視するようだ。


 波打ち際では固定された地引き網と繋がっている縄を、ジェネラスとチェリンが見張っていた。
 ジェネラスはえんじ色の肩まである髪を耳にかけ、野球帽を被っていた。チェリンは長い髪を捻って、後れ毛に構わず適当に括っている。そして、棒付き飴は食べていない。
 二人とも体操服を着て自然体なのに、洗練された雑誌の表紙絵に見える。

「女子は前方に並んで、力が強い男子ほど後方へ行ってね。」
 砂の上に引いた線上に生徒を誘導するフラリスは、眼帯を付けてないので海風で前髪がめくれても、俺は恐くなかった。
 縦に二列並んだ生徒達は、地引網のもう片方の縄を持って船から下り、ざぶざぶと海を歩く漁師を見ながら待機していた。海面が盛上がってひときわ大きな波が漁師を浮かせたと思った直後、最前列の女子が波しぶきを浴びてしまった。

「列を崩さないで、後ろに下がれ。」
 ファウストが生徒に声を掛け、俺とトゥランが濡れた女子に駆け寄る。
 湿った砂の上には『フィーウィ・マール』と『ユーリ・ウディバ』が尻もちをついていた。波に足をとられて転んだらしく、白い半袖の体操服が濡れて透けている。

「海小屋に着替えを用意している。縄を引くのは第二陣にして・・。」
「トゥラン様、体操服の下は水着なので、私はこのまま第一陣で、縄を引いちゃいます。」
 フィーウィの丸首の白シャツは、濡れて黒い水着に張りついていた。黒い二つの三角と、間にある蝶々結びされた紐が、はっきりと分かる。

(あざとい、そして水着の選び方が計算高い。・・わざと転んだ可能性があるな・・ナナラだったら100%わざとだが。)
 『ナナラ・エストフィ』は強制力で豊満な体形が変質し入寮したので、ここにはいないのだ。

 ねじり鉢巻き頭ではないユーリは、胸に張りつかないように体操服の裾を持っていた。それでも透けて白い下着を付けていると、分かってしまう状態だ。
「この日傘で隠して、海小屋に行くといい。トゥラン、俺は天幕からユーリの交代要員を呼んでくるよ。」 
 俺はユーリから顔を背けながら日傘を渡して、第二天幕へ走った。



 第一陣の地引網を引き揚げると、漁師はもう一度網を設置する為に船を出した。
 採れた魚の下処理は漁師の奥さん達にお願いして、生徒達は水分補給を目的とした西瓜割りに興じた。

 俺とイコリスは天幕から離れた大木の木陰で、西瓜を食べた。
「ラビネー。お待たせ、食べ終わったよ。」
 俺は不織布のマスクを付け終えてから、ラビネに声をかける。俺達と同様に強い日差しが苦手なラビネは、大木の反対側で見張りをしてくれていたのだ。

 ラビネは横に座ると、ジロジロと俺を見つめた。
「髪、伸びたね、サイナス。」
「ああ、キャルクレイに髪はあまり短くしない方がいいと教えてもらったんだ。短すぎると鉄コテで巻いたようになる場合があるらしい。」
 直毛の俺の髪は、首元まで伸びていた。前髪も耳にかけられる位長い。俺はこれ以上、モテから遠ざかりたくなかった・・。
「髪紐持っているから結ってあげようか?ついでに日焼け止めも、首に塗ってあげるよ。」
 ラビネは後頭部で髪を一つにまとめて垂らしていた。
「じゃあ、髪だけ結ってくれ。日焼け止めはさっき塗ったばかりだから大丈夫だ。」

 ラビネはポケットから取り出した櫛で器用に俺の髪を梳きつつ、イコリスに問いかけた。
「イコリスのおさげの三つ編みは、自分で編んだの?」
「いいえ、お母さまが早起きして編んでくれたの。」
「イコリスは球技が苦手だが、三つ編みも苦手なんだ。」
「そ、そんな事ないし。自分の髪を編むのは難しいけど、人の髪だと出来るし・・・・多分。」
 俺が茶化すとイコリスは強がっていた。

「あの・・お話し中すみません。」
 ユーリ・ウディバがおずおずと話しかけてきた。
「サイナス様、日傘をありがとうございました。砂を落としていて・・お返しするのが遅れて申し訳ありません。」
「イコリスの日傘を使ったから、気にしなくて良いよ。日傘はそこに立て掛けておいて。」
 俺に必要以上に近づかないですむよう、ユーリに大木の根元を指し示す。

「ユーリは髪がとても長いから大変だね。」
 海風にばさばさと煽られる枇杷茶色の髪を、手で押さえているユーリを見てラビネが声をかけた。
「強制的に髪が結いあげられますから仕方ないです。・・みっともなくてすみません、さっきの高波で髪をまとめていた紐が、ほどけて流されてしまって。」

「ラビネ、俺の髪は結わなくていいよ。ユーリの髪をその髪紐で、結ってあげてくれ。」
「!サイナス様?」

「いいけど、女子の髪は触れないな。イコリス、私の代わりにユーリの髪を編んであげて。」
「え??私??・・さっき見栄をはったけど、実は人の髪を編んだことは無いの・・。」
「私が教えるよ。ユーリ、ここへ座って。」
「は?は、はい。」

 イコリスは前に座ったユーリの髪を、ラビネの櫛で梳き始めた。
 俺は、親衛隊や従者達の休憩所となっている防風林の前で、手を振って俺を呼ぶジェイサムに気付いたので、そこへ向かう事にした。
「あ、あのサイナス様っ。」
 日傘をさして歩き出すと、ユーリが呼び止めた。
「重ね重ね、ありがとうございます・・。」
 至近距離にラビネが居るので顔を赤くしたユーリが、申し訳なさそうに言った。
「たいした事はしてないよ。」
 ユーリに不快感を持たせない為、俺は素早く目をそらして返事をした。



「サイナス様。縄を引く時はこれを被って、暑くても長袖上着を着て・・地引き網に参加して下さい。」
 ジェイサムは大きな麦わら帽子二つと、馬車に置いていた俺とイコリスの体操服の上着を渡してきた。
「・・麦わらを用意してくれていたのか・・。」
「夏の海は麦わら帽子がよく似合いますよ。イコリス様と地引き網大会を満喫してください。」
「ありがとう、ジェイサム。」

 俺は心遣いに感謝しながら、ジェイサムを忌々しく思ってしまっていた・・水着の女性をはべらせていたからだ。
 防風林に括りつけられた日よけ布の下では、水着で釣床ハンモックに横たわる、恵体の女性が複数いた。
 隊服と隊帽で分からなかったが、親衛隊の半分は女騎士だったみたいだ。
 もちろん、男の騎士と従者も休憩している。だが、剃髪した逞しいジェイサムが一番風格があって、大人の社交倶楽部のあるじに見えるのだ・・。
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