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夏の宴 告白 編
宴10
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赤みを帯びた夕日が、空と海を濃い橙色に染めていく。
暗闇を誘い水平線へ沈みながら放たれる光条は、晒した肌を熱くする。
俺は砂の上に、トゥランとラビネに挟まれて座っていた。全身に夕日を浴び立つイコリスの傍には、ファウストとアッシュ、そしてエルードがいた。
(あいつら凄いな・・平民なのに王太子に負けてない・・。)
夕焼けはエルードの形の良い坊主頭と体を影で塗り、くっきりとした輪郭を浮かび上がらせていた。ファウストより上背があり肩幅も広く、胸板が適度に厚くて足が長い・・。
エルードは、校門を通る時の強制力が執行される頭皮のざわつきが嫌で、普段から坊主にしているとのことだ。今日は側頭部に交差した線が入って無いのに、女子が群がっていた。
・・太陽が消えた分、黒い影で覆われていくエルードの横顔は、鼻筋から顎へと綺麗な線を描いている。
(これは、モテるよなあ・・。)
なにより、エルードは性格が良かった。
ジェネラスとチェリンは、女子達と砂浜で佇むアイの後ろに立っている。・・フラリスは疲れて天幕で寝ていた。
生徒の半数は遊び疲れて、天幕の下で眠ってしまっているのだ。
ジェイサムが迎えに来たので、俺とイコリスは砂をざくざく踏みしめ緩やかな傾斜を登る。
天幕の前を横切る際、俺は寝ぼけまなこのフラリスに帰ることを告げた。
すると天幕にいたユーリが「気をつけてお帰りください。」と律儀に挨拶してきた。
「ありがとう。ユーリさんはこの後の合宿も楽しんでね。」
そう返した後、イコリスが砂浜を振り返ると、見送ってくれていたファウスト達が手を振りだした。
アイも見張りにばれないよう、控えめに小さくイコリスへ手を振っている。それに気付いた刹那、太陽が完全に沈み一気に暗闇へと変わった。
なのでイコリスは、ぶんぶんと大きく手を振り返したのだった。
馬車に乗る前に黒い袋を被ると、短冊状に切り取られた部分から見えたイコリスの瞳が潤んでいた。
「・・寂しくて泣いているのか?」
「ううん、すごく眠いの。」
・・俺達は感傷に浸ることもなく、馬車に乗ると同時に爆睡した・・。
「サイナス様、イコリス様。着きましたよ、起きてください。」
ジェイサムに起こされ馬車を降りると、住んでいる屋敷ではなく知らない場所だった。
しかも整備された街道ではなく、小高い丘の上だ。土が剥き出しの道の先には、竹垣の塀で囲まれた高級な旅館が見えた。
「今日はここに泊まります。プラントリー一族の宿泊実績が在って、安全に泊まれる貴族用の旅館です。」
「泊まるだと?・・どうして・・。」
「有事の際、使えるように手配していた旅館を利用するだけです。・・それより、サイナス様。イコリス様も。空を見て、星が綺麗ですよ。」
真意を語らないジェイサムは、微笑みを崩さず俺を見据えた。
実は、親衛隊隊長とジェイサムが話し込んでいる様子に、俺は違和感を覚えていた。30代半ばの親衛隊隊長は、この編成限りの任命だろう。若すぎる。
それでもジェイサムより年上の筈だが・・隊長はジェイサムから指示を受けていたように見てとれた。それは剃髪した大男である、ジェイサムの容姿のせいではない。
二人の内談で頷いているのは、隊長だけだったのだ。
(女性騎士がいたのは、この旅館に元々宿泊する予定だったからなのか・・?)
思うところはあったが俺は何も言わず、ジェイサムに背を向け黒い袋を脱ぎ上を向いた。
仰ぎ見た澄んだ夜空に瞬く満天の星は、降り注ぐように俺を照らす。心が洗われる光景だが、ジェイサムへ抱いた疑念が拭われることは無かった。
こうして予期せず丘の上の高級旅館に一泊する事になったが、特に障害や事故もなく、翌日無事に、俺とイコリスは屋敷へ帰り着いたのだった。
週が明け、夏休みなのに今日はフラーグ学院で生徒会の定例会議だ。
眠気が抜け切らない俺が、欠伸をしながら制服の上着を肩に掛けて玄関を出ると、イコリスが手入れされた青い芝生の上に、裸足で立っていた。
白い柔術の道着を着たイコリスは、上虚下実の姿勢で目を閉じ、臍の下と背中の仙骨の上にそれぞれ手を当てている。やがて横隔膜を上下させ、不織布のマスクを付けたまま深い呼吸をゆっくり繰り返し始めた。
俺はイコリスに気付かれないよう、その場を足早に立ち去った。
イコリスは深呼吸を終えると四股を踏み、体感深部を動かす甩手から、屈伸と腕立てを30回ずつ行なう・・。
この一連の体操は幼い頃、俺が教えたのだ。
屋敷から出れないイコリスの心身の健康に配慮して教えたのだが・・足を開いて腰を落とす動作に抵抗が無い令嬢になってしまった。
そして、負荷をかけずに室内でも出来る、自律神経を整え健やかな体づくりを重視した体操なので、イコリスの運動能力と反射神経は育まれていない・・。
俺はイコリスの体操を目にすると、残念な令嬢に成長させてしまった罪悪感から、申し訳ない気持ちで一杯になるのだ。
(・・エルードが四股を踏むイコリスを見ても、幻滅しないと良いんだが・・。)
庭園を抜ける途中で黒い袋を被った俺が正門前に辿り着くと、容赦なく照りつける陽光の下、ジェイサムが馬車の準備を終え待っていた。
暗闇を誘い水平線へ沈みながら放たれる光条は、晒した肌を熱くする。
俺は砂の上に、トゥランとラビネに挟まれて座っていた。全身に夕日を浴び立つイコリスの傍には、ファウストとアッシュ、そしてエルードがいた。
(あいつら凄いな・・平民なのに王太子に負けてない・・。)
夕焼けはエルードの形の良い坊主頭と体を影で塗り、くっきりとした輪郭を浮かび上がらせていた。ファウストより上背があり肩幅も広く、胸板が適度に厚くて足が長い・・。
エルードは、校門を通る時の強制力が執行される頭皮のざわつきが嫌で、普段から坊主にしているとのことだ。今日は側頭部に交差した線が入って無いのに、女子が群がっていた。
・・太陽が消えた分、黒い影で覆われていくエルードの横顔は、鼻筋から顎へと綺麗な線を描いている。
(これは、モテるよなあ・・。)
なにより、エルードは性格が良かった。
ジェネラスとチェリンは、女子達と砂浜で佇むアイの後ろに立っている。・・フラリスは疲れて天幕で寝ていた。
生徒の半数は遊び疲れて、天幕の下で眠ってしまっているのだ。
ジェイサムが迎えに来たので、俺とイコリスは砂をざくざく踏みしめ緩やかな傾斜を登る。
天幕の前を横切る際、俺は寝ぼけまなこのフラリスに帰ることを告げた。
すると天幕にいたユーリが「気をつけてお帰りください。」と律儀に挨拶してきた。
「ありがとう。ユーリさんはこの後の合宿も楽しんでね。」
そう返した後、イコリスが砂浜を振り返ると、見送ってくれていたファウスト達が手を振りだした。
アイも見張りにばれないよう、控えめに小さくイコリスへ手を振っている。それに気付いた刹那、太陽が完全に沈み一気に暗闇へと変わった。
なのでイコリスは、ぶんぶんと大きく手を振り返したのだった。
馬車に乗る前に黒い袋を被ると、短冊状に切り取られた部分から見えたイコリスの瞳が潤んでいた。
「・・寂しくて泣いているのか?」
「ううん、すごく眠いの。」
・・俺達は感傷に浸ることもなく、馬車に乗ると同時に爆睡した・・。
「サイナス様、イコリス様。着きましたよ、起きてください。」
ジェイサムに起こされ馬車を降りると、住んでいる屋敷ではなく知らない場所だった。
しかも整備された街道ではなく、小高い丘の上だ。土が剥き出しの道の先には、竹垣の塀で囲まれた高級な旅館が見えた。
「今日はここに泊まります。プラントリー一族の宿泊実績が在って、安全に泊まれる貴族用の旅館です。」
「泊まるだと?・・どうして・・。」
「有事の際、使えるように手配していた旅館を利用するだけです。・・それより、サイナス様。イコリス様も。空を見て、星が綺麗ですよ。」
真意を語らないジェイサムは、微笑みを崩さず俺を見据えた。
実は、親衛隊隊長とジェイサムが話し込んでいる様子に、俺は違和感を覚えていた。30代半ばの親衛隊隊長は、この編成限りの任命だろう。若すぎる。
それでもジェイサムより年上の筈だが・・隊長はジェイサムから指示を受けていたように見てとれた。それは剃髪した大男である、ジェイサムの容姿のせいではない。
二人の内談で頷いているのは、隊長だけだったのだ。
(女性騎士がいたのは、この旅館に元々宿泊する予定だったからなのか・・?)
思うところはあったが俺は何も言わず、ジェイサムに背を向け黒い袋を脱ぎ上を向いた。
仰ぎ見た澄んだ夜空に瞬く満天の星は、降り注ぐように俺を照らす。心が洗われる光景だが、ジェイサムへ抱いた疑念が拭われることは無かった。
こうして予期せず丘の上の高級旅館に一泊する事になったが、特に障害や事故もなく、翌日無事に、俺とイコリスは屋敷へ帰り着いたのだった。
週が明け、夏休みなのに今日はフラーグ学院で生徒会の定例会議だ。
眠気が抜け切らない俺が、欠伸をしながら制服の上着を肩に掛けて玄関を出ると、イコリスが手入れされた青い芝生の上に、裸足で立っていた。
白い柔術の道着を着たイコリスは、上虚下実の姿勢で目を閉じ、臍の下と背中の仙骨の上にそれぞれ手を当てている。やがて横隔膜を上下させ、不織布のマスクを付けたまま深い呼吸をゆっくり繰り返し始めた。
俺はイコリスに気付かれないよう、その場を足早に立ち去った。
イコリスは深呼吸を終えると四股を踏み、体感深部を動かす甩手から、屈伸と腕立てを30回ずつ行なう・・。
この一連の体操は幼い頃、俺が教えたのだ。
屋敷から出れないイコリスの心身の健康に配慮して教えたのだが・・足を開いて腰を落とす動作に抵抗が無い令嬢になってしまった。
そして、負荷をかけずに室内でも出来る、自律神経を整え健やかな体づくりを重視した体操なので、イコリスの運動能力と反射神経は育まれていない・・。
俺はイコリスの体操を目にすると、残念な令嬢に成長させてしまった罪悪感から、申し訳ない気持ちで一杯になるのだ。
(・・エルードが四股を踏むイコリスを見ても、幻滅しないと良いんだが・・。)
庭園を抜ける途中で黒い袋を被った俺が正門前に辿り着くと、容赦なく照りつける陽光の下、ジェイサムが馬車の準備を終え待っていた。
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