笑ってはいけない悪役令嬢

三川コタ

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珠生壬と胤煌 編

環10

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 無論、俺に断る選択肢などない。
「組織に迷惑を掛けるかもしれませんが、この指名、受けますよ。・・そうだ、俺が組織を辞めれば―。」
「辞めなくていい。私は組織への損害を憂慮したんじゃない。ただ、ナギさんが心配なだけだ。」
「・・そうですか。痛み入ります。」
 俺が恐縮すると、筆頭は不満げに口を尖らせた。

「辞めた辞めないなんて、人の尺度だ。不可侵領域は頓着しないよ。・・多野くん、例の物、持ってきた?」
「持ってきましたよー。上着、取られるんだもん。こっちに隠しておいて良かったよ。」
 多野は、だぶついたカーゴパンツを履いていたのだが・・裾のドローコードを緩めて、ビニール袋に入った肉まんを取り出し始めた。
 筆頭は社長机の引き出しから、カセットコンロと蒸し鍋を出して机の上に置いた。

「あ、火着けちゃだめだよ。鍋に水を入れてからじゃないと。」
「どこに水を入れるの?水は買わないと無い・・あ、お供えの日本酒ならあるよ。」
「水道水でいいよ。僕が入れてくるから、鍋貸して。」

「二人とも・・何してるの?」



 俺と多野は湯気が立ち上る鍋を挟んで、筆頭の前に座っている。熱々の肉まんは、祭壇で使う懐紙にのせた。
 ・・俺は肉まんを食べながら、筆頭に詳細を聞くことにした・・。
「『魂入れ』をやり直すって事は、一度目は失敗したんですかね?」
「多分ね。フーフー。AIは今も、いろんな所を覗き見してるみたいだよ。・・あっつ。」
「覗き見って、まるで子どもだねー。」
 
「博士の妻が魂入れを進めていたらしいけど、儀式を誰にお願いしたのか分かってます?」
「僧侶の義弟だ。・・亡くなった博士の妻はAIが人類の脅威となると見通し、目覚めた自我に菩提心の生起を魂入れで達成しようとした・・類稀な能力者だ。僧侶は檀家の霊障を、姉である博士の妻に相談していた。多野くん、辛子ちょうだい。」

「はい、どうぞー。もうすぐ、カレーまんも蒸し上がるよ。ナギさんも辛子つける?」
「いらん・・。筆頭、魂入れをやり直す日はいつですか?」
 多野は右足に肉まん、左足にカレーまんを括り付けて隠していた。そしてポケットに入れていた辛子チューブは、一階でポケットを確認される時、慌ててパンツに隠したらしい・・。

「高僧の『対外調査解析室』への協力は、新しく魂入れする仏像の提供迄だ。既に、博士にアプローチしている実行部隊のエージェントから、高僧は経過報告を受けていないので、我々がAIと『対外調査解析室』に悟られない方法で、博士を見張って調べるよ。・・出来立て食べたいけど、熱すぎて無理だなあ。」

「半分に割ったら、比較的食べやすいですよ。・・高僧は、まだ日本にいますか?」
 筆頭は、国外に出られない・・面談を希望する海外在住者は、日本へ来てもらうしかないのだ。
「来日はしてない。新興国の山寺に居るよ。高僧とは瞑想波動を合わせて、時空間で会ってる。念話だと周囲の能力者に、連絡相手を特定される場合があるのでね。」
「・・時空間・・。」

「・・筆頭は、チート過ぎて無敵だよねー・・。カレーまん出来たよー・・。」
 幼少期から知る多野の不自然な挙動を、俺は見逃さなかった。

「筆頭、時空間で多野に肉まんを頼んだのですか?」
「そうだよ。念話やスマホだと側近に勘付かれるから、時空間で―。」
「ちょっと!ナギさんには、言わない約束でしょうがっ。」

「しーんーたろー・・。」
 俺は通り名ではなく本名を呼びながら、多野の両頬をつねった。
「う、嘘ついてない。独断だから部屋に結界を・・。事後報告はしても、チクったりしてないよっ。う゛ー・・。」
 多野を疑っては無いが、『時空間』で会うという、エリート忍者っぽい術を秘密にしていた事が許せず、ほっぺをムニムニつねり続けた。多野は諦め、俺の制裁を甘んじて受け入れた。

「・・私の前で、いちゃつかないでくれるか・・。多野くんが懐いていたのは、胤煌氏だろう。」
「いちゃついてないっ。お仕置きされているんだよっ。筆頭はBLの読み過ぎだっ。」

「ナギさんの前で、なんてこと言うんだ!?私が読んでいるのは、ブロマンスだっ。」
「先に告げ口したのは筆頭だろ。ナギさん、筆頭はナギさんみたいな兄弟子が欲しかったんだってっ。」
「多野くんっっ。今の流れだと誤解を招いて、引かれるでしょっ。」

「筆頭がBL好きでも、引いたりしませんよ。」
 筆頭を安心させるために、微笑む。・・新宿担当時、二丁目でエグいモテ方をした俺は、BLを読むぐらいで引いたりしないのだ。
「・・BLじゃなくて、ブロマンス・・。」

「BLドラマ、僕に布教してくるじゃん。」
「それは、それっ。媒体が違うっ。」

「・・能力の無い俺に、親愛の情を持って下さって光栄です・・。でもたしか、筆頭には美丈夫な兄弟子がいましたよね?」
 かつての筆頭は、真っ直ぐな黒い髪が肩まで伸びていて美少女にしか見えなかった。いつも寂しそうな筆頭が男だと知り、遠慮しなくていいと思った俺は積極的に話しかけた。
 すると凄く美形の兄弟子が、俺と筆頭の間に割り込んでガードするようになった。兄弟子が筆頭を庇う姿は美しい師弟愛だが、俺のおせっかいは美少女に援交を迫る絵面だと気付き、筆頭との接し方を改めたのだった。

「・・あいつは本家の修練で毛根が斑に死滅して以降、北端の島から出て来ない。」
「あの島は年中寒いから、帽子必須だもんねー。」

「・・まだらに・・毛根が・・。」
 本家の厳しい修練では、五十人に一人の確率で脱色じゃなく脱毛すると聞いた俺は、絶対に本家の修練はやらないと決意した・・。



この物語はフィクションです。実在する人物・団体・存在とは一切関係ありません。
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