生贄になる娘の身代わりに父が神様に嫁撃をかました結果 ──神様! 俺で妥協してくれ!

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2:山神三人衆



 翌朝、山神の不安は的中したが、意外にも悪くない展開を迎えていた。

「おはようございます! 山神様!」
「コノハ~俺達も山神だぞ~」
「ああ、同じ呼称では不便だ」
「では、どのようにお呼びしましょうか?」

 昨夜追い出そうとしていた筈のコノハは元気に朝餉の準備をしていた。その側に山神と似た容姿の者が二名。

「僕の事はミドリでいい」
「俺の事はワカでいいぜ」
「ミドリ様にワカ様ですね! よもや山神様が三人もいらっしゃるとは知りませんでした!」
「……おい、ミドリ、ワカ……何をしている」
「「コノハの飯を待ってる」」

 そう言って仲良く食卓に並んで座り、待つ姿は仲の良い兄弟のようにしか見えないが、全くの別個体である。
 
「サンガクも座れよ。俺達の嫁の飯が食えねえってのか?」
「……はぁ……何故追い出さんのだ」
「え? 一晩泊まったって言うから、てっきりお前としっぽりヤったのかと」
「宿泊を許したのなら受け入れたものかと……」

 山神──サンガクの同情による宿泊許可の行為で招いた事態だったようだ。

「私は、まだ認めてなどいないからな。勘違いするでない」

 サンガクが眉間にシワを寄せて腕を組むと、目の前に湯気立つ味噌汁と米が置かれた。
 新鮮な野菜と適度な火加減で炊かれた白米は柔らかく香りも良い。見た目も鮮やかだ。
 目の前の料理を作ったであろうコノハは、笑顔のまま三名に問う。

「サンガク様、ミドリ様、ワカ様、召し上がれますでしょうか?」
「あーうん。いただきます」
「美味そうだな」
「……頂こう」

 神様に質素な食事を提供できる人間は稀有だろう。山神達も久しく口にしていない味に思わず箸が進んだ。
コノハはニコニコと笑みを浮かべながら、サンガクの横へ寄り添うように立った。

「何かご用があればお申し付けください」
「ならば、早々にこの山を降りて村へ帰れ」
「無理です。村へ帰っては娘がこちらに寄越されてしまいます。観念して俺をお嫁にしてください」
「押しつえぇ~」
「貰えるものは貰ってしまおうサンガク」

 味噌汁を啜りながら、ミドリがサンガクへコノハの嫁入りを催促するが当人は全く興味が無いらしく、相手にしない。

「私にその気はない」
「知っています。けれど俺は貴方の花嫁として嫁ぎたいんです。なので勝手に嫁ぎますね」
「あっはっは! 話通じねえ~!」

 サンガクは昨日と同様に頭を抱えた。何とも自由奔放な人間だ。
 そもそも、何故ここまで山神への嫁入りに固執するのか。娘の身代わりにしても嫁入りしたら何をされるかわかったものではないと言うのに。

「何故そこまでして、山神の嫁になりたいのだ」
「俺が嫁になれば、俺が生きている間は娘や娘の子どもが寄越される事はありません。ココを逃げ出せば、娘が嫁入りさせられる可能性が高くなります」
「あー……まぁ、そうかもな。俺達サボり癖あるし」
「此度の飢饉もサンガクの手抜き管理の失態だろう。信仰心を試すにも十年は間を開けろと言うのに」
「…………」

 ぐうの音も出なかった。
 そして試される身は堪ったものではない。にこやかながら、事情を知ったコノハからの冷ややかな視線を感じるサンガクは居心地の悪さに顔を背けた。

「じゃ、俺とミドリの花嫁にしちゃうよ?」
「僕も別に構わない」
「わかっておるのか? 嫁にするにはつなぎが必要となる」
「童じゃあるまいし、そんな事わかってるつーの」
つなぎ?」

 聞き慣れない単語にコノハが反応すると、ミドリが説明を始めた。

「神は人間とは違う筋道を生きている。海の生き物と陸の生き物のように。神の嫁になるには、命のあり方を神道へ繋ぐ必要がある。さすれば寿命も伸び、微弱ながら神通力も扱える」
「平たく言えば、人の道を外れるって事だ。神になるわけじゃないけど、二度と人には戻れない」

 神の妻は人にあらず。人外へ至るのも然り。
 神の嫁になった時点で、人としての己は死を迎える。その覚悟を持って神の元へ嫁入りする必要があるのだ。

「俺は構いません。むしろ望むところです」
「良いのか!? 二度と娘や家族には会えんのだぞ!」
「子どもや孫が餓死や嫁入りで死ぬよりよっぽどいいです。人道を外れた先には、山神達がいらっしゃる。怖い事など何もありません」

 サンガクはその答えに衝撃を受けた。
 コノハの瞳からは悲壮感はなく決意に満ちた強い意志が宿っている。

「お主……本気か?」
「ずっと本気ですよ。俺は」
「……わかった。ならばもう、止めはせぬ。好きにせよ」
「お、おお、サンガクも嫁入りに賛成だってよ!」
「神域も賑やかになる」

 ミドリとワカが盛り上がる中、一人取り残されたような表情でサンガクは俯く。


※※※


 コノハの嫁入りから三日が経ったが、サンガクはコノハにどう接したらいいのかわからないのか無愛想な態度を貫いていた。
 ミドリとワカはというと……

「コノハ、行ってきます」
「行ってらっしゃいませ。んっ」
「僕にも」
「はい」

 隣の山へお勤めに行く二人へ行ってらっしゃいの口付けを交わすのが恒例となりつつあった。
 ソレを見せつけられる神域の主であるサンガクは複雑な心境だった。
 コノハは、そんなサンガクの様子をチラリと横目で見ながら微笑む。
 その様子に気付いたサンガクが不機嫌そうな声を出す。

「ふん。児戯のような接吻に浮かれおって」
「サンガク様は児戯ではない接吻が出来るのですか?」
「っ……!」

 サンガクのムカっとした反応を見て、首を傾げるコノハは更に言葉を続ける。

「教えてください」

 サンガクの膝の上に跨がると頬に触れ、そっと唇を重ねた。触れる程度の短いものだが、コノハの大胆過ぎる行動にサンガクも目を白黒させるには十分な威力だ。

「サンガク様、お顔が赤いですよ?」
「……煩わしい。降りろ。私は忙しい」
「はーい」

 ぷいっと顔を背けるサンガクの反応を見たコノハは満足そうに笑顔を浮かべ、膝から降りた。
 山神様と呼ばれるよりは距離感を感じないが、それでも距離を詰められる方が困ってしまう。サンガクは眉間のシワを深めながらため息を吐いた。
 コノハは、炊事に洗濯、掃除、繕い物まで手際よくこなし、料理の腕も悪くない。娘を男手一つで育てていただけあり、家事の手際は良いようだ。
 神域での湯汲みで髪にも纏まりと艶が出始め、髭も整えた事でここに来た頃よりずっと清潔で健康的な外見になっていた。
 
 コノハの初日の様子に村の惨状を察したサンガクは、ひとまず山に豊穣を齎し、村へ作物の恵みを与え、飢饉を鎮める為に日々を費やすことにした。

※※※



「繋に必要な護身水貰ってきた」
「思ったより早く手に入ったな。そっちの水神は太っ腹じゃん」
「うちの水神は子ども好きだから」

 ミドリが小瓶を三本持って帰って来た。ワカは珍しい物を見るように小瓶の水を光に透かしたり振ったりしている。
 
「護身水ってなんですか?」
「…………神の水だ」
「なんでそんなにゲンナリしてるんですか」
「いよいよ繋の儀式だから緊張しているんだな」
「サンガク、嫌でも祝詞は言うんだ」

 ミドリの言葉にサンガクは、何か言いたげにもごもごしていたがゴクリと文句は飲み込んだ。
 三人がそれぞれ小瓶を手に包み、唱える。コノハの嫁入りを正式に執り行う為の祝辞。

 ──山の神が願い奉る。我らの繋がりを祝福せよ。神の道よ開け。繋の契りを、神縁しえんを結び、人の道を外れよ。汝が神嫁として我が元に来ることを望む。──


 短い祝辞を終えれば、三人の持つ小瓶の水に黄金色の金粉の様な光の粒が湧き上がっていた。

「あーなんか変な感じだ」
「……慣れぬ儀式はするものではない」

 山神達は少しばかり身体が怠くなるのを感じた。神の道と人の道を繋ぐ為に必要な力が護身水に溶け込んだ所為だ。

「綺麗ですね。これをどうしするんですか?」
「飲めばよい」
「なるほど」
「おいおい、サンガク。せっかくの護身水を無駄にする気か? しっかり伝えないとダメだろ」
「?」

 サンガクの言葉の足らなかったところをワカが補足する。

「飲む頃合いというものがる。それは人間でいうところの情交だ」
「っ……そ、そうですか」

 ここにきて初めてコノハの笑顔が引き攣った。嫌悪ではなく、ただの緊張だが、そんな事は知る由もないサンガクは慌ててコノハの肩を掴んだ。

「嫌なら嫌と言え! まだ間に合う! 村の飢饉ももう大丈夫だ!」
「……サンガク様は、俺がお嫌ですか?」
「ち、違う。そうではない。しかし……」

 コノハは、俯くサンガクに視線を合わせるよう腰を落として顔を覗き込みながら強く問いかける。サンガクはコノハの顔を見れないのか、うろうろとした目線を向けるだけだった。

「……どれほど後悔しても、死にたくなっても、死ぬ事が叶わぬ。そんな人から外れた悠久の時を生きる事になるのだぞ。お主は本当にそれで良いのか」
「構いません。もし、俺がそうなった時は側にいてください。きっと、サンガク様が隣にいらっしゃれば、俺は大丈夫です」

 サンガクは、ここまで来ても相変わらず言い切ってしまうコノハに呆れ果てた。そして諦めたように笑うとコノハの頬を両手で包んで唇を軽く触れ合わせる。

「ん……俺で妥協してくださいますか?」
「本当にしようもないヤツだ。はぁ……受け入れてやろう」

 サンガクの素直じゃない言葉にミドリとワカは苦笑いを漏らす。

「じゃ、初夜の一番はサンガクに譲ってやるか」
「は?」
「一番コノハの事気にかけてたから」
「は??」
「あ、俺は構いませんよ」

 コノハは、サンガクの動揺など意に介さず、あっさりと答えた。そんなコノハの態度にますます混乱してしまうサンガク。

「何故お主達はそんなに節操が無いのだ! もっとこう……恥じらいとか無いのか!」
「俺が今更恥じらっても気持ち悪いでしょ」
「…………」

 確かにコノハが女子おなごのように羞恥で身を震わせ、顔を赤らめる想像をしたサンガクは、妙な胸騒ぎを覚えた。

「では、よろしくお願いします。サンガク様」
「…………ぅむ」

 繋の儀は三日後に執り行われる事になった。
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