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5:人の道を外れた者
「……ん……あ、さ」
「っ! コノハ」
「サンガク様……おはよぅございます」
「身体に違和感はないか!? 何処か痛みは!?」
「はは……大袈裟ですね」
「二月も目を覚さなかったのだぞ! 心配せぬ方がおかしいだろう!」
どうやらワカ様とミドリ様との繋を終えた後、二月もの間……俺は意識が戻らなかったらしい。
「二月も……ああ、だからすごく、お腹が空いているんですね」
「何を呑気な……はぁぁ、そうか」
『ポン』
サンガク様が桃を俺の手に乗せてくれた。
「ありがとうございます……いただきます」
追い出されそうだった初日を思い出す。
柔らかな果肉に歯を立てれば、ジュワリと果汁が溢れて喉を潤す。甘く濃厚な味わいが腑に染み渡り、幸福感を与えてくれる。
一口一口噛み締めながら食べ進めていると、サンガク様が俺の顎を掴んで上を向かせた。
桃の果汁で口周りがべったべたに塗れている事に気付いた。
「す、すみません。ガッツいて、はしたなかったですよね」
「……そうよな。こんなに汚して」
「んっ」
俺の果汁に塗れた口元をサンガク様が長い舌で舐めとり、綺麗にしていく。
「んん……はっ……」
「甘いな……どれ、返してやろう。口を開け」
「ぁ……ん」
サンガク様の唾液と混じり合った果汁を舌で俺の口内に塗りつけていった。
「んふ……は」
「ふ……」
桃の甘味の所為か、舌を交えた接吻は激しく濃厚になっていく。息継ぎの時間さえ惜しむように互いの唇を貪り合う。
あのサンガク様が、こんなにも俺へ情を露わにして、欲してくれている。
その事実が堪らなく嬉しかった。
これでもう、娘も村も大丈夫だ。
「……サンガク様」
「なんだ?」
「もう、帰れとは言わないでください。ずっとお側に、置いてください」
「……ああ。もうお主は我々の嫁になった。嫌と言おうとも、もう後戻りは出来ぬ」
その言葉に肩の荷が降りていく。
これからは、ただ御三方と共に在れば俺にも娘にも平穏な日々が訪れる。
「食事の邪魔をして悪かったな。たんと食え」
「はい」
今後の課題としては……彼等の事をちゃんと好きになろう。夫婦となるならば、しっかり恋慕があった方が良い。
口先だけではどうにもならない場面も多く出てくるだろう。
「(……今まで子育てやら、畑仕事やら家事やらなんやらで……恋というものがどんなものだったか忘れてしまった)」
妻との記憶は参考にならないだろう。
けれど、そう時間はかからない気がする。
「コノハ! ああ、良かったぁ! 起きたかぁ……本当に良かった~」
「きっと僕らが無理をさせてしまった所為だ。すまない」
俺にとっては昨日の出来事だが、血相を変えて駆けつけて下さったお二人の安堵の表情に気が抜ける。
俺は単純な男だ。きっと、優しくされたらコロッと好きになっちまう。
「ご心配をおかけしました。もう大丈夫ですので……あの、俺ってどっか変わりましたか? 人の道を外れて、外見に何か変化とか……」
「あ、ああ。そうか。起きたばかりで鏡見てないのか」
『ピン』
「見れば一発だ。コノハ、ここ見てみろよ」
「?」
ワカ様が空中に浮き上がらせた鏡に俺を近付ける。
そこに写っていたのは、髪の隙間から双葉が一房連なり垂れ下がっている俺の姿。
「これは……えっと……ワサビノキ?」
「それに近い種のようだ。僕ら山神の力が影響して、身体が自然物に近づいた所為だろう」
「なかなか愛い姿だぞ」
これからどんどん人間味が薄れていくんだろうが、どうでもいいか。
「俺らの嫁って実感湧いてくるもんがある」
「お手柔らかにお願いします。旦那様方」
「善処する」
※※※
目を覚ましてから、年々重くなっていた身体が随分と軽くなった。
疲れもあまり感じず、家事にかかる時間が減った。
「サンガク様?」
「う、心配するでない。しっかりと仕事はしておる」
「…………」
「……すまんて」
ワカ様やミドリ様のお勤め先はそれぞれ隣の山だ。俺の村が恵みを受けているこの山の管理をしているサンガク様は、領域内で仕事をされている。
水神様などの八百万の神々が山神様と一緒に各々担当を請け負って山を豊かに管理する事が目的である。
動物や人間達にその豊かを分け与え、種や耕作で緑を増やしていく。
そして、麓の人間達による山神信仰や水神信仰により捧げられる供物は神域内の食糧庫に保管されている。
年代物にも関わらず腐食が見られないのは、神域内の時が止まっているからだ。
「(……信仰心が薄れれば、ここの食糧も危ういのか)」
神様は特に食べなくても生きていけるが、自我がある以上は娯楽欲が出てくる。
森で自分で採取するよりも供物を捧げられる方が量もあり、楽なのだ。
豊かになりすぎると、人間はすぐに信仰心が薄くなり、供物をケチる。
そこで手抜き管理で首をキュッと絞めて有り難みを強調し、供物を継続させたいらしい。信仰心を試すような事を偶にする理由はなんとも情け無い事だが、唯一の娯楽を取り上げられてしまってはたまったもんではないのだろう。
「一度楽を知れば、前には戻れぬ」
「その気持ちは重々承知しております……俺が採ってきますから。そんな理由でサボらないでください旦那様」
「う、うむ」
神様だって、楽がしたいのもわかる。実りは一朝一夕で出来るもんじゃない事くらい、畑仕事で俺にもわかってる。嫌って程な。
だから、俺は俺で出来る事をする。
家事に費やす時間が減った分を山菜や果実を採る時間に割くようになった。
季節による山菜の場所や果実の場所は把握している。
身体が軽く、以前よりもスイスイと斜面を移動出来る事もあって、楽に作業が出来る。
「(本当に身軽になった)」
背負った籠の重みも苦にならない。
「(に、しても……よく実ってる。ああ、スモモもこんなに)」
娘と一緒につついた思い出のある甘いスモモの木だ。妻とも食べた事あったな。
そういえば、村ではスモモが夫婦円満の秘訣とも言われていたっけ。
「(……験担ぎは必要だ。うん)」
俺の気持ちの問題だが、小さな事でも積み重ねていかなければ。想いを寄せていかなければならない。
「(頑張んないと……)」
籠を背負い直して、斜面を登る。
「おお、コノハ。ただいま」
「おかえりなさいワカ様。お疲れ様です」
「コノハ」
いつの間にか隣に並んでいたミドリ様が俺の頰を撫でる。
「おかえりなさい」
「ただいま。とてもいい匂いがする」
「今日も豊作です。はは、ミドリ様擽ったいです」
スモモの甘い香りを俺の体臭と勘違いしたのか、首筋に鼻を寄せられる。吐息が擽ったい。
三人並んで神域へ帰ると、サンガク様が出迎えてくれた。
調味料が少ないのが難点だが、それでも調理された料理を山神様は美味しそうに食べてくれる。
嬉しいけど、もっと美味しい物が作れるのに、材料が足りない。
「(……良い物を知ると戻れなくなる……無理に食の質を上げるのも悪手だ。あり物で、工夫しよう)」
食器を片付けた後には、食後の甘味。
「ん? コレは?」
「ああ。それはスモモです。食後に皆で食べようかと」
食卓に出したスモモを摘んでまじまじと見ているサンガク様が、不意に俺の口にスモモを押し込んだ。
「んぶ!」
「……スモモは、お主の村では夫婦円満の果実であろう。良い心掛けぞ」
「し、ってたん、ですか?」
「何百年ココで山神をしとると思っておるんだ。スモモが人気な事ぐらい知っておる」
「へぇ、ならいっぱい食べないとなぁ」
「コノハ」
ミドリ様がパカっと口を開けて、俺を見つめている。
何を望まれているのか察して、スモモを摘んでミドリ様の口へ運ぶ。
「うん。美味しい」
「あっ! ずるいぞ、俺も俺も」
「はい」
ワカ様の口にもスモモを運ぶ。なんだか餌付けしているようだ。
「…………」
「はい、サンガク様も」
「……あ」
恥ずかしいのか、目を逸らしながら口を開けたサンガク様。
「……どうぞ」
「んぅ」
顔の良い三人に囲まれて、スモモを食べさせ合う。なんだか……背徳的だ。
「ああ、そうだ。コノハの嫁入りを祝う宴をしなければ」
「え? 宴?」
「人間の習わし的に言うと祝言ってやつだ。人間ほど仰々しい物じゃない。好きに飲み食いしながら、喋るだけの宴会だ」
「コノハを見たら、皆驚くだろう」
宴……そこなら、特別な料理を出してみても大丈夫では?
「サンガク様。宴で振る舞う料理を俺が作ってもいいですか?」
「構わん」
「でしたら、港へ一度買い出しに……行っても」
「ダメだ」
「!」
強い口調でもなく、ただ静かに、けれど有無を言わせない断定の口調。
「ダメというか、無理だぞ? だって、人間にコノハの姿はもう見えないんだし」
「……え」
「人の道を外れ、神道と繋がるとはそういう事」
「使いを出そう。欲しい物はなんだ?」
思ったより、俺は人間離れしているらしい。
わかっていたが、ちょっと……驚いた。
「……油……と、卵…………味噌……醤油……砂糖」
「…………」
「よしよし」
落ち込んでいる俺の頭を撫でるワカ様とメモを取るサンガク様。
「後悔しているのか?」
「いいえ。ただ驚いただけです。でも、人目につかないのなら、色々拝借してもバレないって事か……」
「小狡い嫁だな」
「冗談ですよ。冗談。悪い事はしませんよ」
悪用する気はないが、利用は出来そうだ。
遠目に娘を見守れる。
「料理、頑張りますので良い宴にしましょう」
「ああ。期待してる」
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