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9:妥協は無い……END
しおりを挟む「美味いな……」
「この味噌汁、具沢山で食いごたえあるぞ」
「コノハ、いつもありがとう」
「ぃ、いえ……」
四人揃っての食卓。自分の気持ちを自覚したコノハは、三人に褒められるたび恥ずかしさで目を逸らすようになってしまった。
そんなコノハの変化に気付けないほど、山神達も鈍感ではない。
「最近、コノハが余所余所しい気がする」
「何か気に触る事言ったか?」
「仕事は……サボっておらんぞ」
「サンガクがもっと素直に好きって言うべきだ」
「何故そうなる。逆にお前達は言い過ぎなのだ。負担になっているやもしれんぞ」
山神三人衆は、コノハが山菜採りに出掛けている間に顔を突合せて話し合いをしていた。
「コノハも俺達の事好きって言ってるぞ!」
「だが、コノハの目的は本来娘の安全と村の豊かな生活を守る為。自分の事など二の次にしておった。目的を果たした今、コノハが我々に言う『好き』の真意はわからぬ」
「それは酷い言い草だ。妻の言葉を疑うのは夫として恥ずべき事だろ」
ミドリの言葉は正しいが、サンガクの考えもわからなくもないと、ワカが頭を傾げる。
「コノハが俺達を想ってるって確証は出来ないが、少なくとも嫌われてはないだろう」
「……今のところは、だがな」
「「…………」」
サンガクの不穏な物言いにミドリとワカの顔が険しくなった。
人の気持ちは雲のように形が変わる。止めておくには、相応の努力や献身が必要だ。
「…………お前達は、コノハが好きか?」
「は? 当たり前だろ。俺達を怖がらないし、俺達の性格も営みも受け入れてくれるんだぞ? 飯まで美味いとなったら、もう離せないだろ」
「僕はコノハのご飯が不味くても、離す気ないよ。優しくしたいし、されたい。ずっと笑っててほしい」
「そうか……」
「「サンガクは?」」
質問を切り上げようとしていたサンガクを逃すまいと二人が声をあげる。
渋い顔をして口籠るサンガク。
「…………わ、私は、別に」
「何? コノハの事好きじゃないの?」
「一番コノハと一緒に居るのに?」
「関係なかろう。直接的な接触が多いのはお前達の方だ」
「で、どうなんだ?」
「コノハの事、どう思ってるんだ?」
恥ずかしさもあり、わかりきっていながら聞いてくる二人に嫌気がさしたサンガクが、溜め息交じりに言葉を溢す。
「うぬぬ……わ、私がコノハをどう思っておろうとも、それはどうでも良い事だ! 嫌っておったとしても関係な『パリン』……ん?」
「…………」
山菜採りから戻ってきたコノハが、居間の入り口で果実が乗っていたであろう皿を床に落とし、目を見開いて固まっていた。
そして悲痛な面持ちで、徐々に目線を落としていく。
「コノ──」
「申し訳、ございません……すぐに、片付けます」
ダッとその場から逃げるように踵を返して走り去ってしまった。
ミドリとワカは、ハッと我に返って未だ唖然としているサンガクの肩を叩いた。
「ぼーっとしてんじゃねえ戦犯! さっさと追いかけろ!」
「誤解を解いて、ちゃんと好きだと伝えてこい」
「あっ……コノハ!!」
最悪な勘違いをしたコノハを追う為に駆け出したサンガクを見送った後、残った二人は割れた皿の片付けにとりかかった。
「(片付けると言っておいて、外に出ておるではないか!)」
サンガクは神域を飛び出して、山へ出ていったコノハを全力で追いついた。
所有管理する山は庭も同然だが、肩で息をしながらしゃがみ込んでいるコノハの元へ進む道は、とても慎重に歩かなければ地崩れや崖の崩落を招きかねないと思える程に脆い気がしてならない。
「……コノハ」
「…………すみません……俺、調子に乗って、ました……サンガク様が俺を嫌ってる事なんて……知ってたはずなのに」
「は?」
「すみません……無理を通して、聞こえの良い事言って、強引に……はぁ……俺は出会った時から、今の今までサンガク様の気持ちを無視して……」
洪水のように溢れ出ている涙を拭う事もせず、サンガクへ向き直ったコノハは汚れも気にせず地べたに額を押し付けた。
「申し訳ございません……ごめんなさい……」
「……や、めろ」
「強引に、嫁になってしまって……ごめんなさい」
「コノハ……」
「愚かにも……貴方様を好きになって、しまって……本当に」
「コノハ!」
『ガッ』
土下座から顔を上げさせる為に両肩を掴んで起き上がらせた。
「謝るな! 後悔するな! 自分を蔑むな!」
「さ、サンガク様……そんな、気を遣わないでください」
「先程のは違う! 私が素直に気持ちを口に出せなかっただけなのだ!」
「……サンガク様は、お優しいですね」
自分はサンガクに嫌われているという誤解が解けず、歪に微笑むだけのコノハ。
その痛々しい表情を目の前に、サンガクの胸が軋んでいく。
「(あぁ……私は何をしているんだ。こんなに苦しんでいる妻を更に苦しめて、何が夫だ。何が山神だ)」
「取り乱して、すみません。今後は、顔を見せるのも、接触も控えさせていただきますので……ご安心ください」
「馬鹿を言いおって」
立ち上がろうとするコノハをサンガクが引き寄せ、腕の中に抱き留める。
急に近付いた距離に、コノハは肩を跳ねさせた。
拒絶されるのではと一瞬怖くなったが、おずおずと自分からも身を寄せ、背中に手をゆっくり回す。
散々今まで触れ合っていたはずなのに、コノハは初めて触れ合うような感覚に、全身の毛が逆立つのを感じた。
「お主が嫁に来てくれて、私は嬉しかった。人に触られるのも、抱き締めるのも、抱き締められるのも良く思っていなかった。けれど、コノハに触れられるのは、酷く心地良かった」
密着した所から伝わるサンガクの騒がしい心音にコノハの胸が高鳴る。
二人の体格差が如実に現れ、包まれている身体が震える。
「確かに当初は煩わしくも思ったが、今ではそれさえ愛おしい記憶だ。コノハ、私はお主が好きだ。誤解させて、傷付けてしまった。すまない」
「……ご、かい?」
「二人にコノハの事をどう思うと問い詰められてな。本題から逸れていた為、躱そうと意地を張ってしまっただけだ」
「…………サンガク様は、俺がお好きですか?」
見上げてくる不安気に揺れ動く瞳を真っ直ぐ見つめて、コノハを抱き締める腕の力を強くする。
土で汚れた頬に熱が集中していくのが目に見えてわかり、愛おしさが募って額を合わせる。
「ああ……独り占めしてしまいたい程に、愛しておるぞ」
「……ああ、サンガク様。申し訳ありません」
「?」
「俺は、御三方を独り占めしたいのです。お気持ちに添えず、申し訳ありません」
「ふは、お主はそれで良い」
先日まで恐れ多いと言っていた口から、強欲な恋慕が飛び出てきた。
コノハもしっかり自分達を好いていてくれている事実に、サンガクは嬉しさと満足感で口角を緩ませた。
コノハの顎に指をかけて上向かせる。
顔を近づけて、唇が触れ合いそうな所で止まれば……目を瞑って緊張しているコノハに弧を描いた唇を重ねる。
「…………お慕い、しております」
離れた唇が紡いだ言葉は、またすぐにサンガクを引き寄せた。再び触れ合ってもコノハが恥ずかしがる事もなく、寧ろ離れれば追いかけてくる様に背伸びしてくるくらいだ。
山中で時間を忘れて口付けを交わし続ける二人の熱は上がる一方で、息も絶え絶えに名残惜しむように離れていく。
乱れた呼吸を深呼吸で整えて、何方のものかもわからないくらい混ざりあった唾液で濡れたコノハの唇をペロリと舐め上げる。
「さん……がく、さま……」
「……そんな見つめられては、ココでシてしまうぞ」
「お望みとあらば……外でも、俺は構いません」
「……冗談だ。続きは神域に戻ってからにしよう」
蕩けた瞳のコノハの手を取り、抱き上げて神域への山道をゆっくり歩む。
腕の中にいるコノハはサンガクの肩に頭を預けて、夢心地の様子。
「やっと帰ってきた……誤解は解けたみたいだな」
「良かった。コノハ、服も顔も汚れてる。湯汲みしないと」
「……ミドリ様」
「何?」
「お慕いしております」
『ズコン!』
突然の告白に、ミドリは頭を後ろに反ってズッコケた。
「おい、急に転けてどうしたミドリ」
「ワカ様」
「ん? なんだ?」
「お慕いしております」
『ズガン!』
コノハの告白にワカは胸を押さえて前のめりに倒れた。
山神の二人をノックアウトしたコノハは、きょとんとして首を傾げる。
埃を払いながら立ち上がったミドリが余裕の笑みを浮かべているサンガクの両手からコノハをひったくった。
「あ」
「僕のお嫁さんすごい愛らしい。いっぱい綺麗にしてあげる」
「おい待てミドリ……俺の嫁だぞ」
「はぁ……取り合うな取り合うな。私達の醜い争いなんぞコノハは望んでおらん」
「はい……取り合われるのも、悪い気はしませんけど、仲良くしてください」
付き物の落ち、朗らかな笑みを見せるコノハに毒気を抜かれた二人は静々と大人しくなった。
「今日は、天麩羅と唐揚げを作ります」
「え!?」
「豪勢な……特別な日でもないのに」
「俺にとって特別な日になったので、お祝いですよ。台所主の特権です」
両想いが発覚した目出度い日としてコノハは目一杯腕を振るった。
「まだまだ未熟者ですが、これから精進して参ります。もっと美味しい物を作れる様になって、俺無しじゃいられない体にしてみせますね」
出来上がった料理と共に提示された決意に、三人は各々の反応を示した。
「もうそうなってる」
「これからもっとそうなる」
「我々無しでは居られなくなるぞ」
「望むところです」
コツンと盃を鳴らし、料理に舌鼓を打ちながら未来を語り合う。
これから、今までの生活は変わっていくだろうが、騒がしく過ごすのだろう。
「妥協は無しだ」
「! はい」
後に麓の村では、山神様は子持ちの男を甚く気にいると勘違いされ、次の嫁候補は家長から選ぼうという話があがっていた。
しかし、その村にはもう嫁入りの儀式は必要も無い程豊かな実りに恵まれ、いつしかそのような儀式があった事さえ忘れされる程の年月が経過した。
戦争を乗り越え、文明が進み、山を切り拓き、平らにしていく。人間の手によって失われる自然の中で、まだひっそりと豊かに実をつけている山がある。
「サンガク様、オハナさん達……大丈夫でしょうか」
「問題無い。海の方の山へ移るそうだ」
「俺達も他人事じゃなくなってきました」
「ああ……いっそのこと、廃村でゆっくりと四人で“心霊すぽっと”とやらになるか」
「ふふ、案外良いですね。それ」
長い長い年月は、赤い赤い初々しい実りを翳らせるには、まだまだ至らない。
END
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