絞って、注いで、血肉へ換えて、生きるのです。

7ズ

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26:向き合う時

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 フラクスの頬に触れていたクルドールの指先に力が込められ、血の操作を行う。

「……?」
「…………ラヴァイ、何かしてる?」
「はっ、はぁ……ぅ?」

 一向に何も起きない。
 クルドールの魔術を相殺できる程、ラヴァイの力は強くもなく、魔術を発動出来る精神状況でもない。
 単純な事……フラクスに魔術が効かないのだ。

「いったいどういう……」
『ザン!』
「フラクス!」

 手を地面に縫い付けていたナイフをやっとこさ抜き、フラクスを抱え込んでずるずると足を引き摺り後退する。

「ラヴァイ……えっと、何が起きてる?」
「吸血鬼は血を操作出来る魔術が使える。体内の血を操って頭を破裂させるつもりだったみたいだが、上手くいかなかったみたいだ」
「あっ……俺を強制的に勃起させた、アレか」
「い、今はそんな話してる場合じゃない!」

 カッと顔を赤らめるラヴァイの姿を見て、クルドールはハッと息を呑む。

「ラヴァイ君……もしかして、彼にお手付きしたの?」
「ゔッ……」

 図星の表情に、クルドールは口をワナワナと震わせる。

「あ……あっ、あは、あははは! これは素敵過ぎる! 早めに手を出した方が良いとは言ったけど、あはははは!」

 急に興奮した様子で笑い出したクルドールに、二人は身を寄せ合って見上げる事しか出来ない。

「姉さん?」
「これじゃあ殺せないわ。これはラヴァイ君だけの問題じゃないもの」
「?」
「……彼……妊娠してる。しかも、始祖の直系……吸血鬼あなたの子を」
「!!!??」

 驚愕に顎が落ちそうなラヴァイ。フラクスは腹部に手を回して、ラヴァイのギョッとしている目から顔を逸らした。

「同族には効かないの。お腹の子が、私の魔術を打ち消してる。うふふふふ!」
「……俺の、子? フラクス、ほんとうに……俺との子なのか?」
「…………ん」

 小さく頷くフラクスに、ラヴァイは真っ青になる。

「ご、ごご、ごめんなさい、あんな勢いで、繋がって……いっぱい傷付けて。しかも、こんな大変な事を一人で抱え込ませて……今も、すごい負担かけて」
「ラヴァイ……お前が謝る事は何一つ無いよ。全部、俺の所為だ。お前は、こんなになってまで……俺を想ってくれてたのに」

 フラクスは傷だらけのラヴァイの身体を優しく抱き締める。
 そして、窮地に陥って、ずっと目を逸らして拒絶していた自身の心が浮き彫りになった。
 口から自然と溢れ出た言葉。それは、フラクスがずっと隠していたラヴァイへのエゴだった。
 引き離された後、慟哭と共に溢れた気持ちと同じく強い感情。

「お前と……本心で向き合わなきゃダメなのに、ずっと逃げてた」

 フラクスは、ラヴァイに今までの自分の愚行を謝罪する。

「ラヴァイの幸せを聞いても、俺は自分の言葉を押し付けて傷付けてきた。本当の家族と一緒にいる事が、お前にとって真に幸せな事だって、自分の心を騙して思い込んで……」
「!」
「ずっと俺を選んでくれてたのに、本当にごめんな」

 クルドールは、身を引いて二人を見下ろしている。
 
「ラヴァイ君、これはお爺様である始祖に報告しないといけない事なの。叔母様がお怒りになるかもしれないけど、お家のルールには従うはず」
「……フラクスも連れて?」
「勿論。けど、淫魔が嫁入りするのは初めてだから、お許しが出るかどうかはわからないわ。もしかしたら、家を追い出される可能性の方が高いかも」
「そっちの方がいい」
「いや……良くないんじゃ」

 フラクスの背に血だらけの両手を回して、力強く抱き寄せる。

「フラクスと居れるなら、地位も何もいらない」
「ふふ、とりあえず、明日迎えにくるから、心の準備を整えて、家で待っててもらえるかしら?」
「家で?」
「そう。で」
「……うん」

 クルドールは、ラヴァイに包帯を渡してその場からフッと煙のように居なくなった。
 フラクスが応急処置を行い、ラヴァイを支えながら林からなんとか家へと帰った。

「いッ、つ」
「ラヴァイ、今からでも医者に診てもらおう!」
「大丈夫。この程度なら、明日には塞がってる」
「…………はぁぁ」

 骨が見える程深い傷でも、吸血鬼にとってはそれほど重症ではない事を聞き、フラクスは溜め息を吐いてラヴァイの胸に頭を押し付ける。

「!」
「あの人……仕事って言ってたよな。ラヴァイも、してるのか?」
「…………同行は何回かしてる。けど、俺は向いてないから別の仕事してるんだ」
「ッ──……」

 良い暮らしが出来るからと送り出した先で、とんでもない仕事を一族でしている事を知った。何か理由はあるのかもしれないが、納得は出来ない。
 
「俺は魔術使って医療の仕事してる。人を生かす仕事もしてるんだ」
「!」
「家族も悪い人達じゃないけどさ、やっぱり俺はフラクスの側に居たい」

 ラヴァイの手が、フラクスの下腹部を撫でる。

「んっ」
「淫魔は卵生……だったよな?」
「……よく知ってるな」
「調べたから」

 労わるように、愛しむように触れるラヴァイ。

「(大きな手……顔付きも、最後に会った時より大人っぽくなって)」
「フラクス、俺の事……まだ、許せない? 嫌い?」
「嫌いなもんか……あれは、お前を遠ざける嘘だ」
「嘘!?」
「ごめんな。今までの言葉全部、その……忘れてくれ」
「えぇ!?」

 申し訳なさそうな顔を見せるフラクスは今までとは違い、ラヴァイを別の感情で意識している。

「親でも、淫魔でもなく……一人の男として、今回こそは、お前と向き合う」
「……フラクス」
「死を覚悟した時、お腹の子とお前の事しか考えられなかった。俺と一緒に居られたら、それだけで幸せだって言ってくれたお前の言葉……本当は、本当はッ」

 本心を口にする勇気と共に溢れてくる涙。
 蓋をしていた想いの感情は、フラクスの中で盛大に弾けた。
 
「おれも、おれも同じだって、言いたかったんだ! ラヴァイが居れば、それでいいって、ラヴァイがおれの幸せだって、いいたかったのに! 一人にしないでくれって、側にいてくれって……本当は、言いたかった」
「俺と、同じ……」
「酷い嘘付いて、ラヴァイが幸せならって言い訳して、結局は自分の保身に走って……言えなかった。ラヴァイはずっと、小さい頃からずっとずっと伝えてくれてたのに! ごめん、ごめんな!」

 肩を震わせて、泣いているフラクスの背を撫でる。ラヴァイを傷付ける物言いばかりだった事を謝り続けるフラクス。
 けれど、もう我慢する必要もない

「ラヴァイ……ラヴァイ、ラヴァイ!」
「フラクス」
「好きだ……どうしようもなく、お前が好きだよ……愛してるんだ。もう、親心と恋心がごちゃまぜだ」
「はは。俺も……俺も愛してる。何よりも、誰よりも」
「……もっと、早く言えばよ良かった」

 ラヴァイから真っ直ぐな赤い瞳を向けられ、頬が上気してしまうフラクス。

「ううん。きっと今で良かったんだ」
「ん……っ」

 言葉にならない気持ちと共に唇が重なる。

「今じゃないと、ここまで幸運な巡り合わせにならなかった。爺さんは、変わった方と聞いてるけど、きっと大丈夫。寧ろ追い出された方が俺には好都合」
「……でも、ラヴァイのお母さんが悲しむだろ」
「ぅうん」

 フラクスの抹殺を依頼したのは、ミルカの過激な親心。ラヴァイを思っての事。ラヴァイにも、それはわかっているが……許せはしない。

「フラクスを殺そうとしたのは、許せない。けど……孫の顔は、見せてあげたいかな」

 子育てについて教えてくれた母の顔は、とても優しく嬉しそうだった。

「……お前の子だし、邪険にはされないだろ」
「うん……きっと……」

 ラヴァイはフラつき、フラクスに凭れ掛かる。
 
「ラヴァイ?」
「はぁ……血が出過ぎて、フラフラする」
「血が……足りない? ちょっと待ってろ」

 フラクスは、血液パックを全てもってきて、冷凍札を剥がした。

「飲んで……冷たいし、質は低いけど」
「……ありがとう」

 懐かしい味に目を細めるラヴァイ。
 邸で提供されていた血より、薄いがとても優しい味。一口づつ含んで喉を通してゆく。
 成人前ならば足りた量でも、身体の大きな成人男性のラヴァイでは足りない。

「……大丈夫だ」
「ラヴァイ……」

 フラクスは首筋を晒して、ラヴァイに見せ付ける。

「早く、怪我治るように、ちゃんと……飲んで」
「……わかった」

 ラヴァイに肩を掴まれ引き寄せられると、首筋に牙を突き立てられ吸血される感覚にゾクっと肌が粟立つ。こんなにも深くに歯を立てた記憶がない程強く噛まれたのだが、同時に熱も孕んでいるのだと感じ始める。

「んっ……ぁあ……ふぁ……ら、ヴぃ……ッン!」
「……はっ、ふらくす」

 舌先がチロチロと舐めている事や時折吸い付く事で起こる小さな痛みですら愛しく感じるフラクス。
 それを見抜かれたのか、ラヴァイが耳元に触れて呟く。

「敏感で……可愛い」
「そっ、こ……だめッ」
『ペシ』
「いて! ん? 触手?」
「ぁ、ああ。大丈夫だ。大丈夫だから」

 フラクスの声に反応して、触手がラヴァイの背を叩いた。
 
「フラクス、コレは?」
「俺の暇潰し相手をしてくれてた触手。賢くて良い子なんだ」
「……ふーーーーん」

 ぷんぷんと身を振るう触手をつつく不服そうなラヴァイ。

「ぷっ、くははは! 触手相手に嫉妬するんじゃない」
「だって、いいところだったのに!」
「あははは! ガキかよ!」
「ガキじゃない! ふふ、笑い過ぎだ!」
「くふふふ、お前子どもにも嫉妬しそうだな」

 久方ぶりに、フラクスの家に笑い声が満ちていた。
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