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番外編①

第四話・先住人の困惑

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 騒がしいのが来た。
 今度の入居者は男二人……物好きがいたものだ。幽霊の噂が本物だと知らずに、安さに釣られてノコノコと。
 凄惨な殺人のあったこの部屋に未だ縛られている被害者の霊……私が居る。
 成仏できないのなら、少しでも静かに過ごしたい。
 悪いけど、貴方達にも出てってもらうわ。

「家賃十万が半額の五万になった事故物件って言うけど……綺麗にしてあるな」
「定期的に業者が掃除に来てたんじゃない?」
「なるほど」

 引っ越し業者に荷物の運び込み指示をしながら黒髪の男が物色を始めた。

「五年契約か……五年後は俺は三十三か」
「俺は三十五だね」
「運び込み終わりましたー」
「はい! ありがとうございます」

 引っ越し業者が撤収を始める玄関へ降り立てば、何やらヒソヒソと話をしていた。

「ここベッドひとつだよな……男二人なのに」
「やめろよ。怖い事言うな」

 客のプライベートについて勝手に考えて勝手に怖がるのは失礼極まる。
 ムカついたので背筋を撫で上げてやる。

「ぅあ!」
「……ヒヤッとした……やっぱり、ココ出るんじゃ」
「どうされました?」
「ぁ、いえ! 失礼しました!」

 逃げるように去っていく引っ越し業者を見送る茶髪の男が首を傾げている。
 先程の引っ越し業者の言動にはムカついたが、確かにココはベッドが一つだ。私も関係が気になってしまう。
 どんな関係か見届けてから追い出してやろう。

「盃ってエロ本どんなの持ってんの?」
「えーっと……コレとか」

 裸体の女性がポージングを決めているアダルト雑誌が段ボールから出てきた。

「あ、それ俺も持ってる」
「え?」
「ほら」

 同じポージングを決めた女性がもう一人段ボールから出てきた。

「「シン◯ウ◯レ◯~!」」

 やめろ!! そんな生々しいシ◯ユウ◯◯カは存在しない!!
 エロ本掲げて二人でゲラゲラ笑ってる。おお、うん。わかった。馬鹿だコイツら。

「竹葉なんで持ってんの?」
「隠れ身の術」
「ああ~」

 何に納得したのか全然わからない。
 エロ本を各々の私室の本棚に並べている。茶髪の男の本棚には筋トレやスポーツ、ビジネス本が多いが、黒髪の男の本棚は隙間が多い。変わりに机の上にタブレットが置かれている。コイツは電子書籍派だ。

「段ボールは明日出しに行くから括って玄関置いといて」
「はーい……うわ、ちょ! 盃の段ボール亀甲縛りじゃん!」
「あ、ついうっかり」

 黒髪の男が崩れ落ちるように腹を抱えて爆笑している。ツボったらしい。
 茶髪の男は恥ずかしそうに紐を括り直している。

「ヒーッ…ひひひ、マジ、片付け進まないから、やめゲホッ!!」
「一息入れようか」
「うん……ふふ」

 ……騒がしい。ただの親友みたいだ。関係性もわかったし、そろそろ驚かせて──

『ちゅ』

 ……は?

「キッチン広いな」
「前の狭いキッチンじゃ肩や腕当たってたからね。それも悪くなかったけど」

 ちょ、ちょちょちょちょちょいちょいちょいちょい待てや!!!
 びっっくりした!! 驚かす前にこっちが驚いたわ!!
 今、キスした!? 
 何事も無かったようにコーヒー入れてるし、え? なっ、もう……は!?
 なんなの!?
 幽霊になって早五年……ココまで混乱するのは初めてだ。生前でもこんな混乱した事は無かったかもしれない。

「はい、どうぞ」
「ありがと」

 手渡されたマグカップに口を付ける黒髪の男と、自分の分を注いで砂糖も投入している茶髪の男。
 マグカップはそれぞれ別の段ボールから出て来た。今回から同居を開始したのが伺えたが、初同棲ならお揃いのマグカップやペアマグを使うはずだ。
 ココに入居してきた新婚やカップル達は全員そんな感じで浮かれていた。
 全員怪奇現象起こしまくって追い出したけど。
 二人の持ち物にお揃いの物はほぼない。さっきのエロ本のように偶然の一致はあるけど、意図的な物はない。

 キスをする程仲が良い親友……男心はわからない。女同士で手を繋ぐ感覚なのかもしれない。
 ますます二人の関係がわからなくなっていく。

「トレーニングとかってどうしてるんだ?」
「専門ジムに行ってる。模擬戦も出来るし」
「へぇ……大変そう」
「竹葉も運動する?」
「そうだな、休日時間出来るし散策がてらランニングでもするか」

 リビングで雑談をそこそこした後、荷解きに戻っていく二人。
 そろそろココがどんな場所か思い出させてやろう。
 黒髪の男に憑いていき、本棚の空きスペースに飾られた写真立てを落としてやる。

『ゴト!』
「ん? あれ?」

 写真立てを拾って立て直す黒髪の男。
 もう一度落としてやる。

「あ、また落ちた」

 何度か繰り返せば、黒髪の男の表情が強張っていく。

『ゴト!』
「これは……まさか」

 キョロキョロと辺りを見回す黒髪の男。
 その視界には誰もいない。幽霊の私は見えていない。
 
「幽霊が俺をいじめてるのか……」

 言い方が可愛いの腹立つ。

「いじめはゴミクソがする事だぞ」

 それには同意するが、ゴミクソと一緒にしないでほしい。
 幽霊を信じてる人間の発言だが、この男は怪奇現象をいじめと捉えている。
 こちらに言っている気は無いのだろうが、私はただの自縛霊であり人間の理性が残っている分いじめと言われるとやり辛くなる。辞める気は無いが、あまり効果は無さそうなのでやり方を変えよう。
 次は茶髪の男の私室へ移動する。

「こんなもんかな……よっと!」

 荷解きが終わった途端に、倒立腕立て伏せを始めた。
 唐突に目の前で高レベルな筋トレを開始されて目が点になる。
 床に足が着かない状態での腕立ては相当負荷がかかるものだと思うが、本人は涼しい顔をしている。
 捲れたシャツの隙間から見える素肌はボディビルダーのような美を追求した筋肉ではなく、適度に絞り鍛え上げられたアスリートの肉体だった。
 よくよく見れば、茶髪の男は胡散臭い顔付きだが、イケメンだった。
 イケメン+筋肉という組み合わせに鼓動などとうに無い胸が少しだけ高まる。
 いかんいかん、今はコイツらを驚かす事が先決だ。
 机に置かれていたタブレットを操作して、音楽を再生してやる。

『♪~』
「ん?」

 強制再生により歪んだ曲が流れ始める。だが、それに合わせて茶髪の男が鼻歌でハモりながら腕立てを続けている。

『コンコン』
「どうぞー」
『ガチャ』
相沢あいざわ ぜんのYounger brother」
「せいかーい」
「しゃっ!」
『バタン』

 黒髪の男がガッツポーズを決めたまま扉を閉めていった。

「防音でも内部の同居人にはそれなりに聞こえるんだな」

 ツッコむところはそこじゃない!
 本当に……なんなんだコイツら。



A.同棲で浮かれまくった同性カップル
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