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番外編②
第六話・凶行②
しおりを挟む薬で理性を失い、腕を縛られているとは思えない程に盃さんは俊敏だった。
人の顔面を容赦なく蹴る姿は、お見合いの席で見せた礼儀正しい姿勢の彼からは想像もつかない野蛮で勇猛なもの。
取り押さえようとする男達の腕を掻い潜り、次々と足を払ってはマウントを取っては顔面や手足を殴りつけていた。
『べキッ!』
手足がおかしな方向に曲がって倒れる男達にも容赦が無い。
「痛ぇ!!」
「あが、ご、ぼぉ……!」
催淫剤の影響で暴走している盃さん。
理性を失っているからこそ、本能が剥き出しになっている。
けれど、その……官能的な行為に及んでいるような息遣いと表情が状況と全く合っていない。
「リーダー、身代金の送金終わったみたいです。第二送金も起動しました。電波妨害でGPSの位置誤魔化せてますけど、そろそろズラかりましょう。ヤバいですよアイツ」
「さっさと逃げましょう!」
「お前らは先に行ってろ。はぁぁ、喧嘩慣れしてねえヤツはコレだから……下がってろ」
リーダー格の男が盃さんの前出れば、他の男達は一歩下がった。
眼前の男に盃さんが蹴りを繰り出すが、防御をしながら足首を掴み取ってみせた。
しかし、身体を宙に投げ出し残った脚で膝を蹴り上げる。
ガクンと膝が曲がり、バランスが崩れる。
「うぉ! ってぇな!!」
バランスを崩しながらも、盃さんの足首を引っ張り上げ強引に押し倒した。
背を打ち付けた衝撃に一瞬怯んだ隙をついて、男が盃さんの胸に手を這わせた。
「性欲は正しく発散しようぜ……」
男が盃さんの胸を撫で回す。
催淫剤の効果も相まって、盃さんの口から甘い声が漏れ始めた。
「んぁ、ふっ、ぅ……」
「暴虐武人な癖に、ここは随分と可愛い反応じゃねえか」
男の手の動きに合わせて、盃さんの身体が小刻みに震えている。
その様子に気をよくした男が、盃さんの首筋に顔を埋めて舌を這わせた。
「はっ……ぁあ!」
「はは、さっさと済ませようぜ」
首元に吸い付きながら、片手を盃さんの下半身へと伸ばしていく。
ズボン越しに触れようとした瞬間──
『ドゴッ!!』
鈍く重い音が響いた。
盃さんに覆い被さっていたリーダー格の男が何者かに殴り飛ばされ、視界から消えた。
代わりに現れた人物は、烈火の如き怒りを露わにして立っていた。
「俺の男に、何手ェ出してんだ!!」
盃さんの恋人が、そこには居た。
※※※
俺は、目の前の状況が理解できなかった。
GPSで得た位置情報が電波妨害を受けて、川や小学校にピンが立ってしまっていたため、周囲の怪しい場所を皆で捜索していた。警察にも協力してもらっていたが、犯人達を見つけても警察が来るまで接触はしないよう釘を刺されていた。
だが、無理だろ。あんなの。
誘拐犯達がアジトにしている倉庫を見つけた。天道寺さんと警察の方に連絡を入れて、様子を伺おうと中を覗いた。
そこには男に組み敷かれている盃の姿があった。
俺が知る限り、盃が武力で誰かにマウントを取られるなんて有り得ない。そんな事、盃だって絶対させない筈なのに── 頭に血が上った。
考えるよりも先に、身体が動いていた。
気付けば、俺は盃を組み伏せていた男を殴り飛ばしていた。
拳を使った喧嘩なんて生まれて此の方一度も経験が無い。
けれど、不思議と躊躇は無かった。
「俺の男に、何手ェ出してんだ!!」
殴り付けた手首にビリビリとした痛みが走る。力加減を間違えたようだ。
殴った男は床に突っ伏して動かない。
それよりも今は盃だ。
「盃!」
慌てて駆け寄れば、衣服は乱れ、頬は紅潮している。
頭に巻かれた布に血が滲んでいて、血の気が引く。
腕を縛られても抵抗していたのかも、よく見れば周りは死屍累々。
その側に花蓮さんも見つけ、盃の現状を聞く。
「花蓮さん、盃は何され……あ、俺は盃の恋人です!」
「存じております。盃さんは、さ……催淫剤を打たれて」
「なっ!」
催淫剤!?
一般じゃAVでしか聞かないような単語に動揺する。
俺は盃を起き上がらせて、意識確認をする。
「盃……俺だ。竹葉だ……わかるか?」
「あ、あの……あまり、刺激しない方が……」
花蓮さんがおずおずと口を挟む。
少々怯えた様子だ。暴れる盃を間近で見れば、怖いと思うのも仕方ない。
でも、恋人の俺がこんな状態の盃を放っておく訳にはいかない。
抱き寄せて、背を撫でる。
すると、盃はビクリと身体を震わせ、ゆっくりとこちらを見た。
薄らと開けられた目に俺が映る。
「た、け……」
「そうだ。俺だ」
『ボタ……ボタボタボタ』
「は?」
「え?」
盃の頭に巻かれた布が意味を成さない程の唐突な大量出血に俺と花蓮さんはパニックに陥る。
なんで? どうして、いきなり? 何が起きたんだ!?
プツリと糸が切れるように、盃の体から力が抜けた。
「わあああ! 盃! 盃いい!」
「盃さん死なないでええ!」
俺と花蓮さんの情け無い絶叫を聞きつけ、近くまで来ていた警察と救急隊がすっ飛んで来てくれたおかげで、盃は病院へ緊急搬送された。
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