前世江戸町奉行

ジロ シマダ

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本編前

朝比奈の死と歴史変換

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 目の前が真っ白になるというのはこういうことを言うのだなと朝比奈 朔也はのちに振り返り呟くことになる。

 いつも通り高校に行き授業を受け、大好きなオレンジジュースを片手に友達とばかなことを言いながら急行電車を待つ。そこに少し遠くからブレーキの音が聞こえてくる。暑いし早く電車に入りたいと電車の方を覗き込んだ瞬間、ドンと背中に衝撃を受けた。

 バランスを崩して線路がゆっくりと近づいてくるのがドラマのワンシーンのように見えた。ホームを見ると胸倉つかみあった赤ら顔のおっさん2人と対照的に真っ青な顔をした友人が目を見開いて自分を見ていた。視界の端に見える光と共にどんどん金属の摩擦音が近づいてくる。
 そして今までに感じたことのない衝撃と痛みを一瞬だけ感じた。



ーーー

 朝比奈は真っ白の世界にただ一人立ち尽くしていた。体を見てもけがをしたところもない、ただ自分の体が透けているという尋常ではない異常があった。

「俺・・・死んだのかな」

朝比奈は自分でつぶやいた声を耳に入れて崩れた。自分でつぶやいておきながら自分で衝撃を受けたのだ。

「なんでだよ!?俺なんかしたか・・・死にたくない、死にたくない」

目からぼろぼろと涙を流し自分を抱きしめた。悲しみ、憤り、憎しみ、悔しさ様々な感情が朝比奈の中で渦巻く。突然の人生の終わりを受け入れられる人間などいない。顔も心も頭もぐちゃぐちゃになりながら



 ーなんで

 ーなんで

 ーなんで

 ーなんで


唯一頭に残るのは”なんで”の3文字



「泣いていますね」

 朝比奈は突然の声に肩震わせ顔をあげた。顔を挙げた先には真っ黒な着物を着たきれいな顔の男が無表情で立っていた。

「あんた・・・誰だ」

 男は眉を顰めると朝比奈の胸倉をつかみ持ち上げた。朝比奈は目の前の細い男にそこまでの力があることに驚いたが苦しさから逃れるために身をよじる。覗き込んでくる男の瞳は深紅で目が合っただけで朝比奈の体は竦んだ。
 男は仕方ないといわんばかりにため息をつくと朝比奈から手を離した。突然のことで朝比奈は尻から着地し強烈に尻を打つ。

「痛かったですか。すいません。年上に対する礼儀が成っておりませんでしたので」
「…」
「謝ることもできないのですか」

 朝比奈はいくら恐怖という感情が心に生まれても自分が死んだことに対する思いが強く、パッと出てきた男に殺意すら覚えかけた。しかしなぜか男の目を見つめていればその生まれた殺意が消えていく。

「突然死を迎えてはいそうですかとはなりませんよね」

 男の言葉に朝比奈は拳を握りしめる。

 ーくそ!


 そこからどれくらいたったのか朝比奈のまるまる背中に暖かく優しい手がおかれた。その手にすこし体を震わせその暖かさを感受する。そうすべきだ、そうしていたいと思わせる手で朝比奈は顔をゆっくりあげた。
 人間離れした美しさをとらえた男に朝比奈は石のようにかたまり見いられるように目を離すことができなかった。なにかにとらわれる、魅入られる目がそこにはあった。


「なにか珍しいですか」
男の声に朝比奈は意識を取り戻し、荒波立った心がなぜかすこしなだらかになっていた。しかし今度は逆にじっと美しい顔に眉間を寄せて自分を見るのにすこし怖いとパッと目を避けた。

「あっ・・・すいません。きれいだったので」

 男はおやっと意外なものを見つけたような顔をした。何が琴線に触れたかわからないが自分も少し落ち着いてしまったため朝比奈は男に問いかける。


「俺・・・私は朝比奈 朔也です。あの・・・・・・死んだんですよね・・・」

落ち着いたとはいえやはり怖いが確かめないわけにはいかない。あふれる涙をぬぐい朝比奈は覚悟を決めて男の言葉をまった。


「そうです」

 男の短い返事に一層朝比奈の涙があふれ嗚咽が止まらなくなった。男が怒る前に止めないといけないと袖で涙をぬぐっても深呼吸をしても治まらない。防ぐことのできない感情をあふれさせる朝比奈は頭に軽く何かが乗るのを感じ、顔を上げれば男が軽く頭をなでていた。男のまなざしに一層、涙と嗚咽がひどく朝比奈からあふれだした。

ーーー

「すいません・・・」
「構いませんよ・・・当然の反応です」
背中を丸め、膝を抱え込んで座る朝比奈の横で男は胡坐を組んで煙管をふかしていた。朝比奈は目の前の男は怖いだけではない、優しいのだと認識を改めていた。ただ目を合わせるのはいけないと思い抱えた足の先をじっと見続ければ男が突然、話し始めた。

「私は八咫と申します。あなたの死んだ原因は過去にあります」


 八咫のいうことによると本来変換できないしできたとしても平行世界が生まれるだけですでにできた未来に影響を及ぼすことはない。しかし歴史を変換し未来に影響を及ぼす存在が現れたと。変換者に殺された魂は輪廻転生できず修正力により未来で死亡してしまう。魂の歴史の修正力による悲しき運命だ。

「つまりお・・・前世の私が変換者に殺された影響で死んだと」
「俺で構いませんよ。そうです。理解が早くて助かります」
「理解はしても・・・納得は」
「できませんよね・・・このままでは被害が増え未来が崩壊すると判断し強い魂を過去に飛ばすことに決定しました」

八咫の視線に朝比奈はまさかと自分を自分で指さす。

「強い魂って俺・・・」
「はい」
「俺強くないです」

朝比奈は逃げるように抱えた膝をさらに抱え込み小さな声で返した。死んだことを受け止められていないところに追い打ちをかけるような話だ。話の流れから過去に戻って変換者と戦って勝ってこいということだということは朝比奈にも理解できた。

「いえ、強いです」
「どうしてそんなことがわかるんですか」

「おいしそうなきれいな魂だからです」
八咫は舌なめずりをして朝比奈を目にうつした。朝比奈は八咫の口からのぞいた紅く細い舌に背中がゾックとする。今の八咫は獲物を捕らえた捕食者のそれだと平和な世界で生きてきた朝比奈にもわかった。

喰われてしまうと危機感から一歩下がる朝比奈に八咫は怪しく光る深紅の瞳を引っ込めると煙管をくわえ直した。

「神に使える身なので食べませんよ・・・食べたいけど」

後半の言葉に不安を感じるがここには八咫以外いないためどうすることもできないと朝比奈は腹をくくり、八咫としっかり対面する。

「それに私の姿を見ても何もなかったので」
「どういうことですか」
「私は魂を食らう妖でして、捕食方法は簡単で私を見たものは勝手に魂を差し出すのです」

「ー勝手に・・・」
「そうです。目が合った瞬間魂がふわーと体から出てきます」
「メデューサの魂版ですね」
「確かにそうですね・・・本来の姿は蛇に似てますしね。さてと無駄話はここまでにして本題に戻しましょうか」
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