前世江戸町奉行

ジロ シマダ

文字の大きさ
上 下
8 / 8
本編‗伊勢山田奉行時代

現れた魔境

しおりを挟む
「呼ばれて、飛び出て、じゃじゃじゃじゃん!」
 忠相はいつもの鍛錬場へと白い霧から飛び込みくるくると回り登場した。事件にきりが付き、少しテンションが高かったこと、そして八咫がめったにいないために堂々とおかしな登場をしたのだがこういう時に限って八咫はいた。

「元気ですね」
「八咫さん!? いたんですか!」



「ーーこんばんは」
「こんばんは、忠相」

忠相は回転した格好で止まっている体をまっすぐにすると、ごまかすように八咫に持っていた石を差し出した。前置きもなく忠相は八咫が驚くようなことを口にした。

「これは魔境ですか」

「・・・・・・はい?」

 若干上ずった高めな声が八咫の口から飛び出した。5秒間ほど停止し八咫は忠相に説明しなさいと視線を向ける。忠相はその視線から目をそらしながら手のひらの欠片をころころ動かす。

「見つけたんですけど、なんかすごく気になって。なんだろうかと考えた時に魔境が頭に浮かんで」

 八咫は忠相の手のひらにコロンと転がる欠片をもって確認しようとした。しかし、指先は空をかき指先同士が合わさるだけで終わった。まさかの現象に八咫は眉間に皺をよせる。

「ただの欠片ではないようですね」
 忠相も目を見開き、八咫と欠片を見る。どう見ても通り抜けたように見えた。八咫は前かがみになりながらじっくりと観察する。欠片は弧を描いているような辺が分厚くできており、少し線が彫り込まれている。

「魔境のようですね。このような柄の部分があったかと」

 八咫は魔境が19年たっていないのに見つかったことに驚いたがそれ以上に忠相にしか触れることができないなどおかしいと考えこんだ。忠相の身になにかが起こっているのではないかと不安が沸き上がる。眉を寄せ、手のひらの上に転がる魔境を睨みつけた。

「これが魔境の欠片・・・・・・なぜ19年たっていないのに見つかったのでしょうか」
忠相は自分がおかしいなど思わず、ただ19年たたずに見つかった魔鏡に疑問を抱いた。

「それはわかりません。もしかすると・・・・・・それを床に置いていただけますか」

 忠相が白い地面に欠片を置いて八咫を見上げれば、本当に困ったという珍しい顔の八咫が忠相の手元を見下ろしていくる。その表情に拙いことが起きていると忠相にも理解できた。

 「やはり」



 八咫が1人納得しているが忠相には何も変わったようには見えず、八咫から欠片に視線を移しをにまた睨みつける。

「ー忠相は欠片が見えますか」
「見えないのですか」

頷く八咫に内心そんな馬鹿なと思いながら、欠片を見つめもう一度手の中に収める。

「これなら見えるのですか」
「えぇ、見えます。おそらく忠相と魔境は何らかのつながりがあるのでしょう」

八咫の考えに忠相ははっとなり顔を上げる。苦々しい表情で魔鏡と忠相を八咫は見ていた。

「殺されかけた時にということですか」

 忠相は石を握りしめると忌々し気にまだ見ぬ改変者を思い浮かべぎりっと歯を食いしばる。八咫は忠相の頭にポンポンと手を置いた。忠相は息を吐きだし気持ちを落ち着かせるといまだに手を頭にのせている八咫を見上げた。忠相はなぜ自分ばかりがこのようなことになるのかと、珍しく恨めしい気持ちを抱いた。



ーーー
 忠相は鍛錬場から意識を戻し、体を起こすとため息をついた。改変者までも魔鏡とつながりがあった場合、大きな問題になりかねない。今まで以上に鍛錬に励まなくてはならないと強く思う。決意をする忠相は外に気配を感じ、訝し気に立ち上がった。

「気のせいじゃないか」

雨戸を静かに開け、見つからないように塀の向こうを除くと河童が心もとなく立ってる。猫背で気迫もない様子から大分参っているなとうかがい知ることが容易にできる。忠相は静かにくぐり戸を閉めると小さく河童に声をかけ山の方へ向かい役宅から姿を消した。



「ここまでくればいいか」
山の中腹にある洞窟の中に入り、後ろを振り返るとついてきていた河童はもじもじと指を交差させおびえる様子を忠相に見せる。忠相が黙って見つめていれば河童は決意したようにもじもじしていた指を握りこむ。

「鳥を飛ばした人間だべよな」
「そうだが」
「どうにかしてくだせい!」

 いきなり足に縋りつく河童に忠相は慌てた。足を引き抜こうにも体全体で縋りつく河童をどうすべきか悩んだ。そもそも、何をどうすればよいのか、まるっとわからない。忠相は縋りつく河童をなだめ、引きはがすとその場にしゃがみ込んだ。

「とりあえず何があったか話してくれるか」
「えっと・・・・・・俺は六兵衛というだべさ。前までは」
六兵衛と名乗る河童は話を始めた。



「今日もいい天気だべさ」

 仲良く池の中で17人の河童が暮らしていた。昔の池は少し濁っているだけの比較的きれいな池だった。魚もおり、水鳥もよく訪れていた。河童も人間も平和に暮らせていたがある時、水がどんどんと減っていることに気が付いた。気が付いたときには遅く魚は下流に消えるか干上がった場所で死に、魚などを求めてくる水鳥は来なくなっていた。

 そして、ついに生まれたばかりの河童が死んだ。魚がいない池でまともな暮らしができるはずがない河童は栄養が足りなかったのだ。

「このままじゃいけないべ」
「だべな」
「上流にいってみるべさ!」

上流からは前と変わらず水が流れてきていた。しかし、それだけの水では池の水が足りなかった。
「湧き水のほうが枯れちまったんじゃなかろか」
報告を聞いた長は決断を下した。

 「この地を去る」



 六兵衛は語り終えると泣き出してしまった。
「違う池に移ったのならよいのではないのですか」
 忠相は何を助けてほしいのかいまいち、わからなかった。集団で移動したのなら問題はないはずだといぶかしみ六兵衛をみた。六兵衛はうつむけていた顔を上げると首を大きく横に振った。

「ちがうべ! 俺がどうにかしてほしいのは人間のためだべさ」

 六兵衛の言葉に忠相は言葉も出ず驚いてしまう。まさか、妖怪が人間のことを心配し無謀ともいえる行動に出たのかと六兵衛を凝視する。下手をすれば、六兵衛は殺されていたかもしれない。妖怪を払うことを生業とする者たちも存在している。

「昔あの村の子供に助けてもらたんだべ・・・その子のお腹には子供がいるんだべさ」
「そうか」
「俺の子は死んじまった・・・・・・かかぁも死んじまっただべさ。あの子とあの子の子だけでもたすけてやりてぇだ」

 忠相は目を閉じると大きく深呼吸する。忠相はどうするか悩んだ。そもそもこの話が本当なのかもわからない。自然の摂理ならば仕方がないのではないかとも思う。弱肉強食、自然の流れに逆らうことはむずかしい。しかし、危険を承知で忠相に突撃した目の前の河童を忠相は助けてやりたいと思ってしまう。

「私のことを妖にも人間にも言わないと約束できるか」
「へいだべさ! だれにもいわないべさ!」

 自分にとっても危険な行動かもしれないと忠相は苦笑する。歴史改変者に自分のことがばれれば、大変なことになるかもしれないからだ。だからと言って、忠相は六兵衛を放置することができない。自分で自分にどうしようもない奴だと忠相は笑う。しかし、悪い気はしないと河童を引き連れて池まで隠術を行使しながら移動を開始した。

 さすがに紀州藩の領内に無断で出入りするのは忠相として憚るものが大いにあった。到着してみれば見事に干上がり水たまりをいくつか形成する池に忠相は自然の摂理なら諦めてもらうぞと自分に言い聞かせる。

「よし!調べるから少し離れてくれ」

 忠相が調査のために少しづつ妖力を布を広げるように拡大させていけば、あふれ出した妖力に六兵衛は目を見開く。六兵衛は少し力のある人間だと思っていた人物からの質のある妖力があふれ出している様に自分はとんでもないものに助力を願ってしまったのではないかと冷や汗を流した。
 そんなことを思われているなど知らない忠相はさらに妖力を拡大させる。拡大させた力の膜はあるものを感知した。池の底に荒々しいよどみがあった。
感覚として認識しているだけであるがヘドロのようだと忠相は感じた。そして、忠相のいけないところが発動してしまった。

「とりあえず取っ払うか」

 まわりに誰かいなければ忠相はなんとかなるかと軽い気持ちで行動する節がある。そのことについて、忠相は伊織に怒られているが全く反省していない。今回もまさにそれで広げた妖力でそれを包むように回収しようとした。妖力がよどみを包み込んだ瞬間、よどみが忠相の妖力に溶けた。

 忠相は肩をはねあげ、すぐに妖力を解き自分の体に異常がないか確認した。特に変わったところはなく、一抹の不安が忠相の中を行き来していれば勢いよく何かが衝突するような地響きがした。忠相は何の音だと六兵衛を見たが、六兵衛は突然の行動に目を白黒させているだけだ。

「どうしたべさ」
「何の音」

さらに地面が震えだし六兵衛も地響きに気がついた。しかし、すでに遅く重い音が響きだし池の底からとてつもない勢いで水が噴き出した。
 忠相は吹き出す水に不味いと咄嗟に神力を発動する。溢れ制御を失った水をなんとか忠相が制御し池の崩壊を抑え込む。決壊するかと思われたが湧き水は治まりを見せ始めた。忠相は準備なしに神力を発動した負荷でその場に崩れ落ちそうになるのを踏みとどまり池を見た。

 泥でよどみ若干渦を巻く池を眼下に忠相は遠い目をすることしかできず、心の中には後悔となぞの達成感が現れる。六兵衛は池もさることながら妖力のほかに神力を発した忠相を信じられないように凝視し続けていた。

「はぁ・・・・・・これでよかったか」
「えっ!? へぇへぇ」

 誤魔化すように六兵衛に確認する忠相の声に六兵衛はびくびくしながら頷いた。この人は神に守護されている特別な人間であり、水神の守護を持っていると六兵衛は敬意と信仰の念を持った。

「では、騒ぎになる前に帰ります」
六兵衛が止める間もなく忠相は水を使い瞬時にその場から姿を消した。伸ばされた六兵衛の手は行き場を失った。自分の横を通り過ぎる人間たちを気にすることもなく忠相がいた場所を六兵衛は見つめ続けた。







「はぁ」
自室で倒れるように体を横たえた忠相は八咫から盛大なため息で迎えられた。

「どうも」
「どうもではありません。まったく・・・・・・無茶はほどほどに」

「はい」

 心の底から呆れた声を出す八咫に、忠相はしゅんと頭を垂れてしまう。そんな忠相にもう一度軽くため息をはいた。八咫としては現世であまり妖力を使用することがなかった忠相がいきなり妖力を行使し、さらには急激な神力の行使にはらはらしてしまった。
 忠相に言いたい苦言は多くあったが現世に戻れば口うるさいのがいるだろうと我慢して、本題を切り出した。

「聞きたいことは池のよどみのことですね」
「そうです。おそらくですが俺に入ったような気が」
「正しくは持っている魔鏡に入り、魔境が俺と同化したです」

なめらかに流れた言葉のとんでもなさに忠相はかなりの時間固まっていた。理解が追い付かないとはこのことである。意識を戻しすぐ、忠相は着物を調べた。袂、懐どこをまさぐっても手に入れたはずの魔鏡がない。

 わたわたとしている忠相に八咫の平手が頭にとんだ。月代のため直撃する平手は案外痛いものだ。

「いたい」
「痛くしました」
「これって問題ないのですか」
「・・・・・・わかりません」
「そうですか・・・・・・まぁいいか」

 また厄介なものを手に入れたと忠相はげんなりするが、すぐになんとかなるかと病的ポジティブを発動させる。八咫はそんな忠相をすこし哀れに思った。厄介ごとに慣れ始めている忠相を、口うるさい人間がいるところに見送るかと八咫は忠相に変えるように促す。

「疲れたでしょうから今日はもう戻って休みなさい」
「わかりました。おやすみなさい」



 忠相は八咫との会話を思い出し再びげんなりする。まさか魔鏡が自分と同化するとは夢にも思っておらず予想外、想定外すぎて理解しがたい。しかし前にも魔鏡とつながりがあるのかもと言われていたと色々忠相なりに考えを巡らせるが大きな声がそれを遮った。

 「聞いているのか!? 忠相」

「ー聞いている。頭に響くから大きい声はやめてくれ」
「それはすまん。大丈夫か」

怒っていた伊織はコロッと忠相を心配するように見つめてきた。忠相はこいつそのうち病人とかに騙されるんじゃないかと心配になる。こういう人をちょろいというのだろうと忠相は思いながら再び魔境について考えを巡らせた。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...