娘を毒殺された日、夫は愛人と踊っていた――聖女と呼ばれた私は、王家を静かに崩壊させる

唯崎りいち

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 昼間はリュカと過ごして、夜は自室で過ごした。

 昨日まではリュカが怖がって一人では眠れないと言うから私の部屋で一緒に寝ていた。

 おかげで私自身が救われていたけれど、ジークフリートよって毒殺されたと言う事を知って、得体の知れない恐怖が薄れたのかもしれない。

 私も、聖女が子供を産んではいけないと言う事実を知って、何故娘が殺されなければいけなかったのかを理解して、悲しみだけじゃない感情が芽生えた。

 熱い気持ちに身を任せる。
 どんな狂気でもいい、必ず報いを受けさせる。

 夫は娘の葬儀にも出席せず、未だに愛人といるらしい。

 生まれてくるべきではないと思っていた娘に愛情の欠片もなくても、人を殺した場所に簡単に戻ってはこれないのだろう。

 私が夫の愛人の所まで行くしかない……。

 娘を殺したのは強力な神経麻痺を引き起こす植物の毒だと聞いた。

 日本での知識でも植物性かまでは知らないが似たような毒のことは聞いた事があった。

 ドラマで、触れたものが直ぐに倒れるシーンがあった。

 そこまでの即効性があれば、毒を扱う方にもそれなりの知識が求められる。

 夫以外に実行犯がいる。

 そいつも聞き出して、罰を受けさせる……!

◆◇◆


「フェリシア様!」

 リュカが朝、私の部屋に来て抱きつく。

『お母様!』

 娘の姿が重なる。

 私はリュカを力強く抱きしめた。

「リュカ王子、今日は家庭教師が来られる日だと聞きました。真面目に授業を受けてくださいね」

「はい! フェリシア様!」

 まるで親子のように振る舞う事が、日常生活へ戻る為のはしゃいだお芝居だと私たちは理解していた。

 朝食を一緒に食べて、家庭教師の元へリュカを追いやると、私は外出の準備をした。

 さすがに娘の死以降、夫が公の場に出る機会が減っている。
 これだけで、正妻が愛人の元へ乗り込む理由にはなっている。

 私は目立たないようにフードを被った地味な服装で、王宮を後にした。


 夫ジークフリートの愛人は何人もいるが、今一緒なのは、公爵家令嬢のレイチェル嬢のところだ。

 長年、公爵令嬢のような身分が高い人が愛人に甘んじているのが不思議だったが、聖女との白い結婚があり、王が愛妾を持つのが当たり前の世界なら、不思議でも何でもない。

 むしろ、あちらは正妻のつもりなのだ。



 公爵家に行き夫に会わせるように言うとあっさり通されてしまう。

 愛人の家でどんなふしだらな生活を送っているかと思ったのに。

 夫がいる部屋の前に愛人のレイチェル嬢がいた。

「いらしたのね、聖女フェリシア様」

 レイチェル嬢の落ち着きはらった声が場違いに響く。

 夫の愛人に何故こんな風に待ち構えていられなきゃいけないの?

「ジークフリート様はその先にいらっしゃいます」

 それでも促されるままに扉を開く。

 開いた先にはジークフリートがいた。

 想像していたような、愛人と絡みつくような官能的な光景は広がっていなかった。

 ただ、ジークフリートは虚空を見つめて涎を垂らしていた。

「シャルロッテ様が亡くなってから、麻薬の摂取量が極端に増えてしまったのです。もう、ジークフリート様が正気に戻ることはないでしょう」

 レイチェル嬢が冷たく言い放つと、横を向いて涙を流した……。

 虚な瞳に何も映さない。

 血を吐いて死んだロッテと似た容姿の夫もまた死んだようになっている。

「あなたがロッテを殺したんでしょう……!」

 夫に呼びかけるけど、返事はない。

「ジークフリートの贈ったネックレスに毒を仕込んだとのは私です」

 公爵令嬢のレイチェルが言った。

「公爵家は毒の植物が多い領地だから、昔から毒の扱いに長けているの。シャルロッテ様を殺すようにせっつかれてジークフリート様はずっと悩んでいました。
 ジークフリート様はシャルロッテ様を愛していたから、殺すなど出来ないと言っていたけれど、聖女も——あなたも殺すと言われて、決断したんです」

「私を……?」

「王宮の権力者たちは、聖女は子を産んではいけない存在なのに、国民に人気のシャルロッテ様が邪魔だったのよ。ずっとジークフリート様にシャルロッテ様を消すように言っていたのに、実行しないから痺れを切らして、昨今の天候不良の責任を聖女に押し付けて、あなたも一緒に処刑しようと言い出したの。
 ジークフリート様はシャルロッテ様よりあなたを愛していたから、私にシャルロッテ様を殺す毒を作るように言った」

 レイチェルは淡々と話す。

「ジークフリートが私を愛してるなんて、そんなそぶりは……!」

「最初に間違ってしまったから、引き返せなかったのね。馬鹿な人……。本来なら私がジークフリート様の正妻になるはずだったのに、急に現れて、ジークフリート様と結婚する聖女のあなたにどれだけ嫉妬したか。結婚だけならまだしも、あなたはジークフリート様の心まで奪って行った」

 レイチェルは笑う。

「娘が死ぬなんて、いいキミね」

 カッと身体の芯が熱くなる。

「勝手な事を言わないで! 好きで結婚したわけじゃないわよ。それでも、ロッテが生まれて、幸せを噛み締めていたのに!」

 私は叫んだ。

「不幸であっても許せないのに、幸せだったならもっと許せるわけがないでしょう」

 笑ったままレイチェルが答えた。

 狂ってるわけじゃない……。
 彼女は冷静だ。

 当たり前の正当な怒りとして私に憎しみを向けてくる……。

 ゾッと呑まれるような感覚があった。

 私はポケットの中の小瓶を握りしめる。
 私も狂わない、これが正しいことだから。

「ナツ……ミ……」

 ジークフリートの声がした。

 奈津美と、私の本当の名前を呼ぶ。
 今までそんな風に呼ばれたことなんてないのに……。

『ジークフリート様はシャルロッテ様よりあなたを愛していたから』

 本当にそうだったの——?

「ジークフリート、あなたの気持ちなんて私には関係ない。ただ、あなたはロッテを殺した。その報いを受けてもらうわ。この小瓶の毒を飲みなさい」

 私はジークフリートの手に毒の小瓶を握らせた。
 信頼できる魔術医に作らせた、娘を殺した毒を薄めた毒だ。
 服毒すれば死ぬ。

 何を思っているのか、虚ろな目をしたジークフリートは小瓶をしばらく見て、毒を煽った

 直ぐに血を吐いて、娘と同じように倒れた。

 もう一つの小瓶をレイチェルに渡す。

 彼女はジークフリートが正気を失ってから、生きる意味を失ったのだろう。

 私に復讐出来た喜びと共に笑って死んだ。
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