不倫夫「お前だけ出て行け」私「喜んで!」継娘「お母さんと行く」予定変更。私の持ち家から不倫カップルを叩き出し、弁護士と再出発します

唯崎りいち

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不倫夫「お前だけ出て行け」私「喜んで!」継娘「お母さんと行く」予定変更。私の持ち家から不倫カップルを叩き出し、弁護士と再出発します

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「彼女が妊娠したから、この家に住まわせる。お前はすぐに出て行け」

 朝、家を出る前に今日の天気の話のように夫が言った。

 ドアが閉まって残された私は数分間その場で固まりました。

 不倫していたのは知っていたので、妊娠までは驚きはないけれど、さすがに『すぐに出て行け』は驚きましたね。

 こうせっかちな人が多いから賃貸契約の解約は原則六ヶ月前と決まってるんですね。

 でも、六ヶ月も経ったら産まれちゃいますね。

 不倫始めた時に追い出しておけばいいものを、計画性が全くない人たちだわ。

 それにしても、『出て行け』ね……。

 どんな権利があって言っているのか……。


 私は自分の荷物が置いてある部屋に行く。

 カバンと段ボールに詰め込まれた荷物は引っ越してきたばかりみたいですが、引っ越して行くつもりで詰めたモノです。

 まだガムテープを貼ってない、交互に組んで蓋しただけの段ボールの一番取り出しやすいところに離婚届が置いてあります。

 私なんて計画性がありすぎて、あなたの不倫を知ってからずっと準備をしているというのに。

 私は離婚届を書いてテーブルに置きました。

 元々、私は出て行くつもりだったんです。

 後は出ていくだけでいいです。

 それが出来ない……。

 どうしても足が動きません。

 目頭が熱くなって、唇が震えている。

 もちろん夫への未練なんかではありません。

 いつでも出ていける準備をして離婚届まで用意したのは、夫の気を引いて止めて欲しいとか、そういう気持ちからじゃありません。

 ——娘を置いて行けないからです。

 娘は夫の連れ子で中学生です。

 私とは小学二年生から親子になりました。

 お母さんを早くに亡くして、ずっとお母さんが欲しかった娘は、すぐに私を実の母親のように慕ってくれました。

 正直、継子がいる結婚は不安だったけど、娘が私を受け入れてくれたから、娘のためにあなたのお父さんと結婚したんだって思いました。

 夫は娘を溺愛していましたから、仲の良い私と娘の様子に満足していました。

 だからでしょうね。

 夫が不倫を繰り返すようになったのは。

 娘を可愛がる優しい人だと思っていたから、不倫している事実に驚きました。

 娘の可愛いと思いながら、私に預けて安心して不倫してるなんて、理解できない心理です。

 夫の溺愛の実態を知りました。

 でも、私は、夫が不倫しても、娘との日々が楽しくて、全然気になりませんでした。

 娘とはお菓子作りを毎日のようにしていました。

 誕生日やクリスマスはいつも手作りケーキでした。

 小学校の高学年になると料理も上手になって、朝ごはんを用意してくれていることもありました。

 ただ、中学生になると娘も忙しくて、あまり料理を一緒にすることもなくなりました。

 誕生日にはケーキを作ったけど、娘ならもっと綺麗にデコレーションしていたのにと、一緒に食べても少し寂しくなりました。

 ——段ボールに荷物を詰めていたのは、きっと娘への当てつけだったんです。

 成長して、自分の世界を広げていく娘に、私を見て欲しかった……。

 自分の気持ちに気づくと、涙がとめどなく溢れてきます。

 嫌だ、出て行きたくない……!

 ずっと娘といたい……!

 また一緒にお菓子を作りたいって夢は叶いません……!

 ……。

 中学生のまだ子供の娘に何を期待していたんでしょうか。

 母親失格ですね。

 本当の母親を亡くした娘には、血のつながりがあるのは父親だけです。

 私は財布を小さな鞄に詰めて、家を出ました。

◆◇◆

 今日は中間試験で午前中で学校が終わった。

 家に帰るとテーブルの上に離婚届が置いてあり、お母さんがいなかった。

「さすがに急すぎるよ……」

 お父さんが私が小さな頃から不倫しているのは知っていた。

 お母さんは気にした様子がなかったけれど、この数ヶ月は違った。

 自分の荷物を段ボールに詰めて、そこで生活するようになっていた。

 私はまだ子供で、大人のことは、実はよく分かってない。

 でも何かが変化しているのは分かっていたのに……。

 置いて行かれた。

 お母さんに、また、捨てられた——。

 まだ、私が保育園に通っている頃に、迎えに来てくれなかった本当の母親。

 お父さんは、お母さんには私の母親は亡くなったと話しているらしい。

 私にとっても、捨てられたと思い知らされるくらいなら、実母は死んでくれていた方がいい。

 それなのに、また……。

 お母さんの顔を思い出す。

 優しく見つめる顔。

 ケーキのデコレーションを綺麗に仕上げようと思うあまり時間がかかってしまった。

 でも、お母さんはずっと優しく見守っていてくれて……。

 血のつながりよりも信じられた——。

◆◇◆

 家に戻ると、玄関に娘の靴があった。

 まだ午前中で学校のはずなのに……。

 あ、中間試験だって、夫の朝の発言のせいで忘れてた。

「娘ちゃん、ごめんなさい、買い物に行ってたの……」

 キッチンに向かいながら、ダイニングテーブルの方に呼びかける。

「お母さん!!」

 娘が、ドアを開けてキッチン入った瞬間に、私に飛びついてきた。

「いなくなっちゃったかと思ったー!!」

 そう言って娘は泣き続けた。

 力強く握られた腕が痛いくらいだ。

 別れの決意が、揺らぐ……。

◆◇◆

「娘ちゃんに黙って出ていくわけないでしょう。……でも、お父さんにすぐに出て行けって言われているから、夕方には出ていくわ」

 娘の顔はまた泣きそうに歪む。

 私も釣られて泣きそうになる。

 いえ、泣いていました。

「ごめんなさい、お母さんが、しっかりしていなかったせいで! 娘ちゃんに辛い思いさせてしまう……。でも、ずっと私は娘ちゃんが大好きだから、いつでも、私のところに来てくれていいからね……」

 娘を抱きしめて、泣きながら言います。

「お母さんに出来るのは、数週間分の食事を作っておくだけ。ごめんなさい、娘ちゃん」

 きっと私がいなくなれば、夫は娘に食事を作らせるだろう。

 私は、遊びの延長で、娘に料理を教えてしまったことを後悔する。

 これだけ計画性のない、夫と不倫相手が料理なんて出来るわけがない。

 日々の買い物だって無理だろう。

 となると、この家の負担は、しっかりもので、出来てしまう娘に行くことになる。

 考えただけで、涙が溢れる。

 悲しむよりも怒りに足元から血が逆流するみたいだ。

 どうして、私は娘の実の母親じゃないのだろう……。

 せめて、数週間でも料理を残して、娘の負担を減らしたい。

 今、私に出来るのはそれだけ……。

 少し涙が落ちついた後で、娘が私の手を引きます。

「お母さん、見て」

 見せられたのは娘の部屋でした。

 年頃の娘の部屋にはプライバシーを気にして、勝手に入らないようにしていたから、何ヶ月ぶりでしょうか。

 娘の部屋は、段ボールだらけでした。

「お母さんが、用意してたから真似したの」

 そういう娘はボストンバックを持っていて、当面の生活用品が入っている。

 私は息を呑む。

 また、涙が溢れる。

 さっきまでの行き場のない、どろりとした終わりのない感情が次々に溢れ出すような涙じゃない。

 その全ての感情を洗い流す、爽やかな涙。

 血のつながりばかり気にして、私は大事な事を見落としていたらしい。

 娘は私を愛している。

 実の父親よりも、ずっと。

◆◇◆

「まだ、いたのか」

 夜、夫が呑気に不倫相手と家に帰ってきた。

 朝ちょっと言ったくらいで妻が従順にもその通りに出ていくと思っているのはどうかしています。

 まあ、出ていくつもりだったけど。

 私は従順な妻なのでまずは離婚届を夫に見せます。

「出て行きますから、今すぐ書いてください」

「ここでか」

 夫は不満を漏らしますが、不倫相手は満面の笑顔になります。

「すぐに、書いてよ!」

 不倫相手のナイスアシストに内心で笑いが抑えられません。

「わぁ、思ったより広いのね。赤ちゃんが産まれてきても部屋はあるわね」

 記入済みの離婚届を大事にしまっていると、不倫相手が既に我が物顔で靴を脱いで家に上がります。

「……スリッパは?」

 当然のように私にいう神経は疑います。

 まあ、今はお客様です。

 客用のスリッパを出して、床に置きます。

 夫もそれを当然のことのように見ています。

 妻に対してのその態度はどこから来るんでしょう?

 呆れるけど、メインイベントを盛り上げる余興としては完璧すぎて打ち合わせしていたかと思うくらいね。

 玄関から居間に向かう夫と不倫相手。

 見知らぬスーツ姿の男性がソファに座っているのを見て、夫も不倫相手も驚いていました。

「なんだ……?」

 娘もソファに座っています。

 まずは、ソファに座っていた男性……弁護士が夫と不倫相手に対応します。
 
 夫がしたことは不倫であり、妻に慰謝料を払う必要があること。

 そして、「出て行け」と夫婦間で一方的にいうのは不法行為になる可能性もあること。

 そんな常識にさえも、夫と不倫相手は驚いている。

「娘……!」

 そう言って夫は娘に擦り寄ろうとするが、

「やめてよね。数週間ぶりに私の顔を見るのが今なの? あんたなんかよりお母さんのほうがずっと私の本当の親だわ。あなたみたいな人に育てられる赤ちゃんが可哀想」

 冷たく言い放たれる。

 夫は驚いて、ワナワナと私の方へ怒りを向けている。

 感情的な夫に、向ける感情を私は持ち合わせていない。

 ただ、内心の笑いが止められないだけ。

「あなた、この屋敷の名義は結婚した時に私の貯金でまとめてローンの残りを払ったから私に書き換えましたよね? 娘ちゃんの為に出て行こうと思ってましたけど、あなたが自分の娘にそこまで嫌われてるなら無理ですね。計画を変更しました。あなたが出て行ってください」

「なんだって!?」

 夫は名義を書き換えていた事をすっかり忘れていたようですね。

 不倫するような人は、その場その場で調子のいいことを言って覚えていないのでしょう。

 ローンの残りを払ったとは言え大部分は夫が払って手に入れた家なのに、名義を書き換えてくれた事を私は愛だと勘違いしていました。

 私が出ていった後も、娘が自立する頃に売り払う計画でした。

 自分の家と思っている所に、いきなり立ち退きを迫るのも面白いと思っていたんですけどね。

「『出て行け』と夫婦間で一方的にいうのは不法行為の可能性がありますが、旦那さんの不倫という不貞行為があり、先に奥様名義の家を不当に占拠しようとしてましたから、奥様の『出て行け』は認められる可能性が高いですね」

 弁護士が言うと夫が青ざめる。

 不倫相手も今の状況がやっとわかってきたらしい。

「なによ! 話が違うじゃない! ボロアパートから出て行けると思ったから子供を作ったのに!」

 ……!?

 耳を疑う発言があったのですけど……。

 不倫してる女に都合のいい話なんてあるわけないでしょうに。

 自業自得だけど、赤ちゃんがあまりにも可哀想。

 ドタドタと床が抜けそうな音を立てて出ていく不倫相手について行く夫に娘が声をかけます。

「私はお母さんの子供になるの。弁護士さんに教えてもらったけど、十五歳になったらお父さんと縁を切って、お母さんと養子縁組の手続き出来るって! でも、その前にお父さんが手続きしてくれたら父親がいたことくらいは覚えておいてあげるけど」

 夫は怒りに震えて娘を見つめた。

 怒りに満ちた瞳に、娘への愛情なんて一欠片もない。

 ただ、所有物が逆らって屈辱を与えられた事への怒りがあるだけ。

 暴力的な光を帯びて身構える。

 けれど、弁護士もいる。

 夫は唇を舐めると、何も出来ずに不倫相手を追いかけて出て行く。

「……」

 娘が少し悲しそうな顔で俯く。

 言葉ではああ言っても実の父親だもの、娘より不倫相手を取る姿にショックを受けても仕方がない。

 娘の悲しみを理性で理解しても、私は少しだけ胸がチクリとした。

 弁護士には、また後日お世話になるとして、今日は帰っていった。

 昔からの知り合いだけど、まさか自分のことでお世話になるとは思ってなかったからちょっと気まずいけど、頼りにはなるわ。

 ガチャガチャ

 玄関から鍵を開ける音が聞こえます。

 娘が身体を強張らせました。

 夫が戻ってきたようです。

 でも、鍵は昼間のうちに交換してあるから、夫が帰って来ても入れません。

 離婚届も書いてもらっているから、もうこちらからは特に夫に会う必要はありません。

「あなたの荷物なら、新しい住所に送ります。これ以上は警察を呼びます」

 弁護士もまだ近くにいるはずです。

 夫は諦めて戻って行きました。

 不倫相手はどうしたんでしょう?

 まあ、どうでもいいけど。

 これで、心配事はないわね。

 やはり何事も計画的にやるものです。

「……あの人の荷物は、段ボールに詰めて送ればいいよね」

 娘が明るく言う。

 空元気と言うこともなく本当にスッキリした声で、悲しみは一瞬で、とっくに父親の事は見切りをつけていたのでしょう。

「空の段ボールならたくさんあるものね」

 私と娘の荷物を入れていた段ボールに、要らない物を入れて送ればスッキリするわ。

 まあ、計画通りにいかないこともありますが、再利用は完璧です。

「後は、買ってきた食材を料理して冷凍しておけば、しばらくは料理しなくていいわね」

 娘が手伝ってくれて食材の保存は出来た。

 やっぱり娘の手際はいい。

 明日は二人だけの生活がスタートする記念日だから、ケーキを焼く約束をした。

 生クリームと果物はたっぷりと用意して、私が焼いたスポンジに娘がデコレーションするの。

 段ボールがなくなってスッキリした部屋には、お菓子作りの道具がたくさん置けます。

 前に娘と、シフォンケーキの型のサイズで迷ってたけど、全部買っても置いておけるわね。

 計画通りに行かなかった最大の誤算。

 可愛い娘との新しい記念日。

 これからの私たちの楽しい計画のスタートになる——。

◆◇◆

 数日後の夕食時に弁護士が尋ねてくる。

「慰謝料の請求についての書類と、養子縁組についての書類を持ってきたんだ。あれから
娘さんは大丈夫?」

「相変わらずみんなに優しいのね」

 昔からこの人はこうだった。

 知り合いの弁護士は頼りになるけど、やっぱり気を使わせるし、別の人にお願いすれば良かったわね。

「あ、弁護士さん!」

 エプロンをつけた娘がキッチンから出てくる。

「夕食は私が作ったの。食べていって!」

 弁護士を夕食に誘う。

「娘ちゃんの料理は本当に美味しいから、良かったら食べていって。料理が本当に好きみたいで、最近は朝も夜も、お弁当まで作ってくれるのよ」

 冷凍した食材も工夫したり、一品以上は必ず新しい品を作ってくれる。

 弁護士は遠慮がちに家に上がる。

「本当に美味しい! 中学生が作ったとは思えないよ」

 弁護士が娘の料理に喜んでくれて、私は娘が誇らしかった。

「お母さんってちょっと鈍感なのよ。だから、お父さんみたいな分かりやすい人と結婚なんてしちゃったの」

 娘が弁護士に何か話してる。

「弁護士さんは、もっと分かりやすくしないとダメだよ」

「何を話してたの?」

 私が聞くと娘が明るく答える。

「また、私の料理を食べに来てってお願いしてたんだよ」

「そうね。娘ちゃんには料理を気に入ってくれたら嬉しいわ。また、いつでも来てね、弁護士さん」

 私が喜んで答えると、二人は何故か顔を見合わせた。

 二人の真意がわかるのは三年後でした。

 私って、鈍感なのかしら?
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