王冠の受難

まりの

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お茶の時間



 2133年 某所

 今日は生憎の雨だ。
 だが、私は雨降りも良いものだと思う。低めのクラブアップルの木に実った愛らしい果実の赤が、濡れたハーブの緑に美しく映える。
 もう少し大きな屋敷でも良かったかもしれないな、そう後悔もするが、この二階の窓から見える眺めはなかなか良い。遠くに見える山は微かに白い帽子をかぶっている。この季節はひんやり冷えた空気も心地良い。
 私の永遠の愛読書「赤毛のアン」にでも出てきそうな、簡素でいて味のあるこの木造の家が気に入って購入した。終の棲家には良さそうだと思ったのだ。
「お茶の用意が出来たよ」
 リビングから声がする。
 今行きます、と言いたかったが私は声が出せない。
「早く早くぅ!」
 そう急かすな。若い頃はスピードにだけは自信があったのだが、最近はどうもいかん。膝は痛いし、一度折った腕も冷えてくると痛む。少しは慣れてきたが、片目は義眼なのでバランスも悪い。階段が辛いな。最近は杖が離せない。

 私はレイ。
 確かレイノルドというのが正しい名だった様だが、もう何十年もレイで通してきた。それ以前はA・H認識番号BH-067と呼ばれていた。しかし、十代で廃棄処分になったので、記録は抹消されているだろう。この世に存在しないはずの男。
 そして、この世に存在しないはずの者がもう一人。今はそんな二人がこの小さな家で暮らしている。のんびり……なのかどうかはわからない。

「冷めちゃうよ。紅茶は温度が大事だって自分が言ってたんでしょ?」
 同居人の拗ねた様な声。
 まったく……姿形と仕草のギャップに毎度ながら戸惑いを覚える。
 腰に手を当てて、頬を膨らませて首を傾けている。ああ、これが女の子だったらさぞや可愛らしいポーズだとも。その落ちてきた長い髪を首を振って戻すのも。
 如何せん、スマートで若くて綺麗な顔をしているとはいえ男だからな。しかも百九十センチはあるノッポさんだ。肩幅だって私の一・五倍はありそうだ。
「ルー……いや、ロン。もう少し所作を男らしくしてもらえないだろうか」
 声は出ないが、囁けば相手には聞える。彼女、いや彼は聴覚が優れている。私の鼓動だって聞こえているだろう。だから会話は成り立つのだ。
「所作ってなぁに?」
 ううう……首を傾げないでくれ。眩暈がしそうだ。
 可愛くない。気持ち悪いのですよ。
「まあいいわ。今日はね、ウバのいいのと新鮮なミルクをもらったから。レイ、好きでしょ?ミルクティ」
 そうですとも、紅茶はミルクで飲むものだ。温めたミルクは先に、そう、よろしい。
 今日はウエッジウッドのポットか。良かった、ヘレンドは使わないでくれ。私のお気に入りなんだ。その爪で小鳥さんの絵に傷でもつけられたら悲しい。
 子供の頃から仕込んできただけあって、お茶の淹れ方は上手い。だがその大きな手が邪魔そうだ。力も強いからな。ああ、ドキドキする。
 何故、最も心落ち着く筈のお茶の時間に、この様に緊張しなければいけないのだ。
「どうぞ」
 ミルクに注がれたお茶はアジアの乙女の肌の様な美しい色だ。良い香りがする。
 一口いただく。微かにウバ独特の薄荷の様なさわやかな香り。うむ、なかなか良いお茶だ。淹れ方も合格点をあげよう。
「美味しいです」
「うふ。よかったぁ」
 頼む、うふ、は止めてくれ、結構太い声で。鳥肌が立つ。鷹が鳥肌なのは当然だが。
「スコーンも作ったの。ちょっと失敗して固くなっちゃったけど。でもラズベリーのジャムは上手にできたよ。生クリームも」
 もう言葉遣いに関しては諦めよう。言っても無駄だ、何も言うまい……。
「ワタシもお茶のもっと」
 おい、カップを持つ小指が立ってるぞ、小指が!
「後で暖炉の薪を運んでくれますか? そろそろ夜が寒いので」
「え~重いのはやだぁ」
 片手でセントバーナードを軽々抱き上げるくせに。
「……流石にこのジジイには無理ですから」
「そっか。レイは歳だもんね」
 あ、少しムカっと来た。自分で先に言ったが、人に言われると効く。しかも大男にクネクネしながら言われると。
 話題を変えよう。
「また背が伸びたように思いますが」
「レイが縮んだんじゃない?」
「……」
 話の振り方を間違えたな。自業自得だ、子供相手に怒ってはいかん。
「あ、結構おいしいね、スコーンも。よかったぁ」
「そうですね。美味しいです。ジャムが大変よろしい。だが今度から添える生クリームに砂糖を入れてはいけませんよ」
「むぅ~。甘い方がおいしいのにぃ」
 そのひたすらクールな顔で舌っ足らずなこの台詞……。
 髪の色を除いたら父親を鏡に映した様にそっくりな風貌。何処に母親の遺伝子が入っているのか全くわからない。赤ん坊の頃は金髪の兄のほうが父親似かと思っていたが、まさかここまで似てくるなんて。サラサラの黒髪以外、その尋常でない白さの肌理の細かい肌も、氷の様な薄青の目も、目鼻立ちの配置まで博士に瓜二つ。
 ああ、ウォレス博士。確かに私は貴方が欲しかった。ある意味愛していた。貴方を手に入れるためならどんな事をしても良いと思えたほどに。
 恋愛感情では断じて無いぞ。ましてや肉欲色欲とは無縁だ。博士が短足猫背で色黒のブ男でも良かったのだ。その方がいっそ良かったかもしれない。私は同性愛者では断じてない。普通に女性が好きだ。若い頃はそれは何人もの美女を泣かせてきた。幸いな事にかなりモテモテだったからな。歳もあってめっきりご無沙汰……いやいや、そんな事はどうでもよいのだ。
 私は博士の天才生物学者の頭脳が欲しかった。最高級の骨董を収集する様なものだ。
 真のコレクターは至宝を手に入れるためなら命も厭わない。例外でなく私も死ぬほど酷い目に遭った。文字通り何日も生死の境を彷徨った。獣の爪に左目を奪われ、狼の牙で喉を噛み切られた。それでも何とか生き延びた。
 目的は半分しか果たせなかったが、彼の遺伝子は手に入り、その子供を作る事に成功した。まさかその子の肉体『だけ』とこんな奇妙な共同生活を送る事になろうとは思いもよらなかったが。
 どうでも良かった見た目の方はそっくりでも、欲しかった頭脳は無い。
 ましてや今は中身が別人などとは……。
 きっとこれは罰なのだ。
 今までしてきた事は、振り返ると決して許される事ではないかもしれない。後悔など微塵も無いし、反省する気もありはしないが。
『悪さをするなとは言わない。もう俺にだけは関わるな』
 今でもその声が耳について離れない。
 なのに思いきり関わっている――――多分、死ぬまで一生関わり続ける。
「どうしたのぉ? 元気ないね」
 どうでもいい見た目だけそっくりの顔が覗き込んでいた。首を傾げて。
「……少し気分が優れないだけです」
「熱でもあるの? 昨夜寒かったから」
 白い顔が近づいてきた。うっ、逃げられない! 超至近距離に牙が! わぁああ!
 額をくっつけられた……噛まれるより怖い。ああ、気が遠くなってきた。
「熱はないみたいだね。でも顔色悪いよ」
 これで普通の顔色でいられるなら私は本気で壊れていると思う。
 慌てて離れて咳払いを一つ。
「……少し休みます」
「そうだね。もう歳なんだし」
「……」
 何も言うまい。そうだ、もう五十四だ。老け込むには早すぎる歳ではあるが、十八の、しかも精神年齢が十歳程度の小娘に言われるなら仕方が無かろう。幾ら見た目が二十歳位の青年であったとしても。

 それにしても酷い罰だ……。


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