王冠の受難

まりの

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追想


 ルーはそれはそれは可愛らしい娘だった。
 初めて見たのは彼女がまだ三歳の頃だ。
 姉のミカは美貌もさることながら、優秀過ぎるほどの頭脳を持っていた。当初、私の目的はミカだけだった。あのキリシマ博士の娘。コレクションには相応しい。元々目を付けていた所に親と喧嘩をして家出。チャンスだった。
 だが、クーロンで見つけた時、ミカは一人では無く、小さな妹を連れていた。
 ふっくらした頬、ふわふわの茶色の髪に小鹿を思わせる黒い大きな目が印象的な子供だった。本当に可愛らしかったが、彼女の両手両足は肘、膝から先が無かった。訊くと五体満足に生まれたのに知能の遅れがあったため、『部品』として切り取られたのだという。それを聞いた時に、私は姉と共にこの娘を引き取る事を決めた。
 何故だろうか。もっと酷い目に遭っている者も数限りなく見ている。同じ様な事を人に命じたこともあるし、自分自身失敗作として廃棄処分された身だ。憐れんだのではない。何かしらその小さな女の子に惹かれるものを感じたのだ。姉が一心不乱に研究を重ね、彼女は手足を取り戻して自由に動ける様になった。その時はミカと手を取り合って喜んだものだ。
 屈託の無い笑顔を見せる少女は、いつしか荒んでいた心を癒してくれる存在になった。私は幼女に性的欲望を抱く様な嗜好も無いので、手を出したことは無い。ただ側に置いておくだけでほっと出来る、そんな少女だった。
 喋って動く可愛いお人形。喩えてみればそんな存在。
 これだけはミカや部下にもよく呆れられたものだが、私は可愛いものが大好きだ。
 フリルにリボン、ピンクの物、パッチワークのクッション、お人形にポプリ……おっさんが少女趣味なんて……バレた時は相当引かれた。うむ、引くだろうな。自分でもわかっているのだ。似合わないという事は。だから流石に自分でそんな格好をしたことは無いし、しようとも思わない。だが出来ればそういったものに埋もれて暮らしたい、ずっとそう思い続けていた。
 そこへ格好の口実が現れた。
 今日はこんな洋服を着せよう、このリボンをつけよう、こんなお人形を買ってやろう。あのドールハウスはいいな。ルーは無邪気に喜んでいる。私も「これはルーのだ」そう言い切ることで周囲にも怪しい目で見られることも無い。
 夢の様だった。知能の遅れがある? いやいや、これは天が彼女に与えた魅力なのだ。いつまで経っても純真無垢な心を持った天使の様な少女。
「え~、マジぃ? 十五にもなってこんなヒラヒラ着られないわよぉ」
 余所様の同じ年頃の娘ならそう言う所でも、ルーは文句を言うどころか喜ぶ。
「わぁい。今度はねぇ、もっとレースの一杯ついた可愛いのがいいの!」
 ああ、良い子だ。本当に可愛い子だ。
 この家も気に入ってくれた。彼女の選んだパッチワークのベッドカバーも、花の刺繍のクッションも、イチゴの柄のカーテンも、花を束ねた壁のリースも私の趣味にぴったりだ。
 だが……今の体にはリボンはおろか、フリルの服などもっての外だ。
 可愛いお人形はでっかい狼男に変身してしまったのだから。
 ロンはルーの息子だ。本当ならまだ一歳かそこいらでしか無い。体には異常は全く無かったのだが、生まれつき脳が生命を維持する部分以外は機能しない障害があったため、生まれてから一度も目を開けたことも口を開いたことも無い、生ける屍の様な子供だった。同じ卵子と精子から作られた兄は活発に動き回り、早くから言葉も話し始めた利発な子であったのに……明らかに失敗作。
 だが母の愛は強かった。いかに体外受精で作られた命であっても、血を分けた子というのはそんなに愛おしいのだろうか。
「この子を殺さないで!」
 反応も示さない、乳を飲むわけでもない、点滴だけで生きている子供をルーは一生懸命片時も離れずに世話をした。それでも彼女が幸せならそのままにしておいてやろうと思っていた。私も正直子供は好きだ。可愛いからな。
 そうこうするうちに事件が起きた。かつてミカがルーの手足を取り戻すために開発した超成長ホルモンをロンに投与した馬鹿がいたのだ。ルーにはこの子を動ける様にしてやると言ったらしい。まさにあれは『悪魔の薬』だ。僅か数日でロンの体は大人の大きさに成長した。そしてその体はキリシマ博士の脳を移植するための入れ物として利用された……何十年もかけて私が築きあげ、ミカに采配を委ねた組織は、一部の反乱分子によって一夜にして霧散した。その後は私は細かいことは知らない。抵抗したミカが死んだ後、残された数人の私寄りの学者にシステムの一部としてミカの全てを組み込んでもらった以降の事は。ルーもロンと共に私の元を去った。
 そして再びルーが世間に現れたと思ったら今度はルーの体がキリシマ博士の入れ物になっており、ロンの中にルーがいた。
 正直、全く訳がわからなかった。事を理解するのに数日かかった。
「ロンがあまりに苦しそうで見てられなかったの」
 ルーは自分のした事に全く後悔してはいない。とりあえずミカからの言伝でロンになってしまったルーを引き取る事にしたのはいいが……。
 母親の脳を移植された息子。おかしい、どう考えたって普通じゃない。こんな私が言うのもなんだが、あってはいけない事だと思うぞ。
 だがルーは幸せだという。
 ルーはウォレス博士を幼い心ながらも本気で愛していた。その子供を欲しがるほどに。その愛した人にそっくりに育った息子。その体と共に生きて行けるのは彼女にとってはこの上ない幸せだと言うのだ。
 何となくわからなくもない気もするが……それにロンをこの世に誕生させてしまった原因は外の誰でも無い、この私だ。責任もある。
 ルーが心だけでも生きているというのも嬉しい。
 ああ、だが頭が痛くなってきた。
 幾らゆっくりとはいえ、ルーも少しづつ頭も人並に近づいてきたし、きっと一人で生きて行くことも出来るだろう。そのように育ててきたつもりだ。
 だが何故こうも顔が父親にそっくりなのだ、ロンは。はっきり言ってその点が私にとっては一番問題なのだ。かつて取り逃がした獲物。ほぼ相討ちとはいえ、痛い目に遭わされた相手と同じ顔。
 侮っていた。最上位アルファの狼の遺伝子を。強い子孫を残すための自然の摂理を。
 せめてロンが女の子だったらこのような苦労もしなくて済んだのに……。

「気分はどお?」
 考えこんでいたので、不覚にもロンの気配に気がつかなかった。
 声の方に顔を向けると至近距離で目が合った。
 ベッドの上に父親と同じ顔が乗っている。床に座って覗き込んでいるのだろうが……
 ち、近い。近すぎる。息がかるほど近い。喰われそうで怖い。
 思わずクッションを抱きしめて逃げてしまった。
「だ、大丈夫ですから!」
「そお? ならいいけど。薪運んでおいたから」
「ありがとうございます……」
 得意げににっこりと笑う顔は案外可愛いかもしれない。顔は結構小さい。
「じゃあ、お片づけしてくるね」
 立ち上がるとげんなりする。シャンデリアにつかえそうだ。それよりも……。
「ロン、そのエプロンはやめましょうか」
「なんで? お気に入りなのに」
 フリルの縁取りのピンクの花柄が似合わなさすぎるでしょう! しかも物凄くサイズ的に無理があるし。
 今度ギャルソンエプロンでも買ってやろう……。

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