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第24話 これは偶然だ
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花冠をかぶって、微笑む。春の天使みたいだったアルジャーノン。
翌日もその姿がまぶたに浮かんで、章吾はどこか落ち着かなかった。
寄宿舎の廊下を、うろうろと歩き回って。自分の熱を冷やすように、風に当たっていた。
さらに──
(……どっかで、会わねぇかな)
そんなことを考えていた。情けないと思いながらも、止められなかった。
そして、曲がり角の向こうから――アルジャーノン・フォーセット=レイヴンズデイルが現れた。
「……よ」
章吾はかろうじて、それだけ口にした。
「……ああ」
アルジャーノンも、かすかに頷いた。
それだけだった。ふたりは、すれ違った。背中合わせに、何もなかったふりをして。
でも、章吾は振り返ることができなかった。
アルジャーノンも、振り返らなかった。その背中が、やけに遠かった。
(……なんだよ)
(なんで、こんなに、簡単にすれ違えるんだよ)
胸の奥で、小さな棘がずっと刺さったままだった。
*
朝。
章吾はぼんやりとベッドに腰掛けていた。
ひとりきりの空間。誰にも気を遣わなくていい。
好きなときに好きなように過ごせる。それは本来なら、歓迎すべきことだった。それなのに。
(……落ち着かねぇ)
ポツンと広がる静けさ。どこにも、窓辺で本を読んでいる誰かはいない。
章吾はわざと大きな音を立てて荷物をいじった。でも、その音すら、やけに虚しく響いた。
*
廊下を歩く足音が、やけに響いていた。章吾はすれ違ったアルジャーノンの背中を思い出していた。
(……なんなんだよ、あの空気)
ぎこちない挨拶。振り返ることもできなかった自分。情けなくて、胸の奥がざわついて仕方なかった。
そんなとき、後ろから軽い足音が近づいてきた。
「Hiwatari君、浮かない顔だね」
気だるげな声。振り向かなくても、わかった。レジナルドだった。
「……うるせぇ」
ぶっきらぼうに返す。レジナルドは気にしたふうもなく、にやりと笑った。
「アルジーと、すれ違った?」
ビクッと、肩が跳ねた。
レジナルドは悪びれもせず続けた。
「寂しいんじゃない? ひとりの部屋に戻ったら、静かすぎて……ほら、ね?」
にやにや。茶化すような、悪戯っぽい笑顔。章吾は顔をしかめた。
「別に、そんなこと──」
言いかけて、言葉に詰まった。
返事をし損ねた章吾に、レジナルドはますますにやにやして肩をすくめた。
「ふうん、まあいいけど。顔に、全部出てるよ」
最後に軽くウインクまでして、レジナルドは軽やかに歩き去っていった。
章吾はその背中を見送りながら、深くため息をついた。
胸の中で、ぐらぐらと小さな波紋が広がっていった。
夜。章吾はベッドに寝転がっていた。天井を、ぼんやりと見つめる。レジナルドに言われた言葉が、まだ耳に残っていた。
「寂しいんじゃない?」「顔に出てるよ」
(……うるせぇ)
(そんなわけ、ねぇだろ)
そう思って、そう思い込もうとして。でも、どうしても。胸の奥のざわざわは、消えてくれなかった。
目を閉じる。暗闇の中に浮かぶのは、金色の髪と、蒼い瞳。礼拝堂で。談話室で。窓辺で。静かに隣にいたあいつの姿。
(……あいつ)
(いま、なにしてんだろ)
無意識に、そんなことを考えていた。隣の部屋にいるわけでもないのに。隣にいない、今だからこそ。やけに、強く思い出してしまう。胸が、ぎゅうっと締めつけられる。
(なんで、こんなに)
ただの寂しさとも、ただの友情とも違う。章吾は薄く目を開けた。
冷たい天井を見上げながら、小さく、吐息をこぼした。
(……やっぱ、俺、あいつが好きだ)
夜の静けさが、余計に、胸のざわつきを際立たせていた。
翌日もその姿がまぶたに浮かんで、章吾はどこか落ち着かなかった。
寄宿舎の廊下を、うろうろと歩き回って。自分の熱を冷やすように、風に当たっていた。
さらに──
(……どっかで、会わねぇかな)
そんなことを考えていた。情けないと思いながらも、止められなかった。
そして、曲がり角の向こうから――アルジャーノン・フォーセット=レイヴンズデイルが現れた。
「……よ」
章吾はかろうじて、それだけ口にした。
「……ああ」
アルジャーノンも、かすかに頷いた。
それだけだった。ふたりは、すれ違った。背中合わせに、何もなかったふりをして。
でも、章吾は振り返ることができなかった。
アルジャーノンも、振り返らなかった。その背中が、やけに遠かった。
(……なんだよ)
(なんで、こんなに、簡単にすれ違えるんだよ)
胸の奥で、小さな棘がずっと刺さったままだった。
*
朝。
章吾はぼんやりとベッドに腰掛けていた。
ひとりきりの空間。誰にも気を遣わなくていい。
好きなときに好きなように過ごせる。それは本来なら、歓迎すべきことだった。それなのに。
(……落ち着かねぇ)
ポツンと広がる静けさ。どこにも、窓辺で本を読んでいる誰かはいない。
章吾はわざと大きな音を立てて荷物をいじった。でも、その音すら、やけに虚しく響いた。
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廊下を歩く足音が、やけに響いていた。章吾はすれ違ったアルジャーノンの背中を思い出していた。
(……なんなんだよ、あの空気)
ぎこちない挨拶。振り返ることもできなかった自分。情けなくて、胸の奥がざわついて仕方なかった。
そんなとき、後ろから軽い足音が近づいてきた。
「Hiwatari君、浮かない顔だね」
気だるげな声。振り向かなくても、わかった。レジナルドだった。
「……うるせぇ」
ぶっきらぼうに返す。レジナルドは気にしたふうもなく、にやりと笑った。
「アルジーと、すれ違った?」
ビクッと、肩が跳ねた。
レジナルドは悪びれもせず続けた。
「寂しいんじゃない? ひとりの部屋に戻ったら、静かすぎて……ほら、ね?」
にやにや。茶化すような、悪戯っぽい笑顔。章吾は顔をしかめた。
「別に、そんなこと──」
言いかけて、言葉に詰まった。
返事をし損ねた章吾に、レジナルドはますますにやにやして肩をすくめた。
「ふうん、まあいいけど。顔に、全部出てるよ」
最後に軽くウインクまでして、レジナルドは軽やかに歩き去っていった。
章吾はその背中を見送りながら、深くため息をついた。
胸の中で、ぐらぐらと小さな波紋が広がっていった。
夜。章吾はベッドに寝転がっていた。天井を、ぼんやりと見つめる。レジナルドに言われた言葉が、まだ耳に残っていた。
「寂しいんじゃない?」「顔に出てるよ」
(……うるせぇ)
(そんなわけ、ねぇだろ)
そう思って、そう思い込もうとして。でも、どうしても。胸の奥のざわざわは、消えてくれなかった。
目を閉じる。暗闇の中に浮かぶのは、金色の髪と、蒼い瞳。礼拝堂で。談話室で。窓辺で。静かに隣にいたあいつの姿。
(……あいつ)
(いま、なにしてんだろ)
無意識に、そんなことを考えていた。隣の部屋にいるわけでもないのに。隣にいない、今だからこそ。やけに、強く思い出してしまう。胸が、ぎゅうっと締めつけられる。
(なんで、こんなに)
ただの寂しさとも、ただの友情とも違う。章吾は薄く目を開けた。
冷たい天井を見上げながら、小さく、吐息をこぼした。
(……やっぱ、俺、あいつが好きだ)
夜の静けさが、余計に、胸のざわつきを際立たせていた。
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