波の旋律(おと)

岩崎みずは

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◆碌(ろく)

波の旋律(おと)

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 食事の支度を担当する、と言い出したのは、俺からだった。
 食材がなにも入っていない冷蔵庫から見て、進二さんが料理をしないのは明らかだった。おまけに、食に対しての執着も薄いらしい。
 実は俺は、料理がそこそこ、いや、かなり出来る。
 もともと葉奈の開催する料理教室を間近で見ていたこともあり、ある程度手のこんだメニューであっても、基本の段取りはほとんど頭に入っている。魚も捌けるし、多種多様なハーブの使い方にだって自信がある。
 進二さんは驚いた顔をしたが、すぐに笑顔を浮かべ、助かるよ、と言った。
 マンションの別棟地下に、輸入品や高級食材を扱う店が入っていて、住人は建物の外に出ることなく買い物することが出来た。
 最初、俺は、激安スーパーを主張したが、進二さんは笑っただけだった。
「だって、進二さん、アルバイト生活なんだろ。贅沢しちゃダメじゃん」
「きみの食費名目の金額は、葉奈から渡されているよ。額から察するに、きみは毎日、フォアグラとキャビアを食べているみたいだね」
 俺は進二さんにクッションを投げつけた。
 店でカートを押しながら食材を物色していると、周りの視線が気になることがあった。平日の昼間から、高級スーパーで買い物をしている若い男などそうはいない。好奇心も露わな目線にウンザリすることもあったが、それでも、進二さんの役にたてることが、進二さんに少しでも喜んで貰えることが嬉しかった。たとえ進二さんがたいして食べなくても、だ。
 進二さんは外に仕事に行くわけではないので、朝は比較的遅い。自然と食事は一日二回、ブランチと夕食、ということになったが、ブランチを摂るのは俺だけで、進二さんは小さな果物をひとつ食べるか、或いはなにも食べなかった。
 進二さんは、食が細い。
 肉でも魚でも野菜でも、皿に盛った半分も手をつけない。その代わり、やたらと酒を飲んだ。ワインを一日一本は空けた。昼過ぎから飲みだすこともあり、ウイスキーやジンのような強い酒でも、二日で空になった。
「別に、アルコール中毒じゃないよ」
 進二さんはそう言うが、ほとんど食べないのも、立って歩いているときや食卓での姿勢はいいのに、リビングでくつろぐとき急に力の抜けた崩れた姿勢になるのも、猫のように丸まって眠るのも、酒のせいでどこか内臓がやられているのでは、と俺は思っている。
 酒を飲んだからといって、荒れるわけでも絡んでくるわけでもない。よほど強いのか、どれだけ飲んでも酩酊している姿を見たことがない。翌日、起きてくるのがいつもより少し遅くなるくらいだ。
 つまみになにか作ろうか、と言っても進二さんは首を横に振り、未成年の俺には、なにが楽しくて飲んでいるのか見当もつかなかった。
「肴(サカナ)は、活字で十分だ」
 冗談とも本気ともつかないことを言い、大概は本を読みながら飲んでいるが、時折、飲みながら、ただ、ぼんやりと宙を見据えているときがある。
 そのときの進二さんの目にはなにが映っているのだろう、と思った。
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