秘密

岩崎みずは

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秘密

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 なんで関は、いつも怒ってるのかな。
 何に対して、誰に対してなのか、俺には分からない。関は教えてくれない。
 整った顔立ちで、細身で、サラサラの髪で。イケメンというよりも、ちょっと中性的な、韓流スターみたいな感じ。口を開けば辛辣な台詞が飛び出すけど、黙っていれば、絵に描いたような王子様だ。おまけに頭がよくて、クラスでは成績トップ、学年でも十位以内。
 身長は170㎝くらいで部活のなかでは小柄なほうなのに、バスケ部の主力の一人。
 俺も同じバスケ部で、背は部ではいちばん高いけど、ベンチ組。スポーツは好きなんだけど、なんだろう、闘争心が足りない、とキャプテンに言われた。確かにそうなのは自分でも分かってるんだけど、関みたいに、普段クールなのに試合のときは闘争心剥き出し、ってのもどうかと思う。ドリブルでの掻き分け方なんか、強引すぎで、チャージング擦れ擦れ。そんなの、俺にはとても出来ない。ぶつかっていったら、相手に怪我させちゃう。関にも怪我して欲しくないから、見ていて冷や冷やする。
 そういう危なっかしいところも、女子から見たら魅力になってるのかなあ。
 天から二物も三物も与えられた、しかもヤンチャで母性本能擽(くすぐ)るタイプ、とあっちゃ、そりゃあ、女子にモテるわけだよね。俺は女じゃないけど、女だったら、関と腕を組んで歩いて、友達に自慢したい、って思うんだろう。
 ところが、関はモテる割りに、すぐフラれる。なんでかな。
 ここは、関の部屋。俺たちは二人で、だらんとくつろぎまくった脱力状態で、菓子を食べ散らかしながら、借りて来たB級ホラー映画のDVDを観てる。俺はアクション物が良かったのに、ホラーがいいと関が言い張ったのだ。
 関は、チップスの袋を独り占めしながら、食い入るように画面を見てる。突然現れた怪物がスクールバスを襲い、乗客を喰い散らすシーン。そこ、そんなに面白い?
「なあ、関」
 延ばしかけた俺の手を、顔も上げずに振り払う。
「うっせ。いいとこなんだ、邪魔スンナ」
 このオレサマっぷり。こうなるともう、いっそ、清々しい。
「俺もポテチ、欲しい」
 関は露骨にイヤな顔をした。渋々、と言った表情で、チップスの袋をこちらに寄越す。カネ払ったの、俺なんだけどな。
「俺はコンソメが好きなのに、バター醤油味なんか買いやがって」
 低い声で毒づいたの、聞こえたぞ。でも、だったら食うなよ、とは言えない俺は小心者。
 偏屈で我儘で。いつも不機嫌な王子様。
 関がなんで彼女の白坂と別れたのか、その理由は聞いていない。性格が思ってたのと違った、と呟いたのだけ、なんとなく聞こえたけど。
 白坂の前に付き合ってた隣のクラスの三好も、その前によく一緒に歩いていた生徒会役員の娘も、その前の娘も、その前も、見た目は下手なアイドル顔負けなくらい可愛かった。
 俺、可愛い女の子って大好き。
 といっても、千葉で歌って踊ってるネズミのキャラクターが好き、とか、コラボする相手を選ばない、耳に赤いリボンくっつけた白い猫のキャラクターが好き、とか、そういうのと同じで、自分の彼女にしたいとかの感覚は無い。可愛いなあ、って遠くから眺めていられれば、それで満足。
 特に白坂は、声が、俺の好きなアニメのヒロインに似ているので、委員会のときは、ウットリしながらその声を聴いていた。勿論、あからさまにガン見したら気持ち悪がられるだろうから、気づかれないくらいの距離を置いて、だけど。
 関は、きっと女好きだから積極的なんだろうな。あ、いや、女好きってのはヘンな意味じゃなくて。クールぶってても、その実、かまってちゃんだから、彼女が欲しくて仕方ないんだろう。でも、こうも立て続けにフラれてたら、いい加減、心も折れるよね。
「水上い」
 ぼんやり考え事をしていたら、目の前に、寝そべったままの関が空のペットボトルを突き出してきた。
「飲みもん、無くなった」
 おいおい、俺はおまえの執事でも爺やでもないんだぞ。でも、失恋してホントは弱ってるくせに、精一杯強がってるんだから、多少の我儘は許してやらないと。
「次、何にする?ペプシでいい?」
 いそいそと次の飲み物のキャップまで開けて手渡す俺って、落ち込んでる親友を慰めてる、というより、まるで、オカンだよ、これじゃ。
 ペットボトルを受け取った関は、口をつけようとせず、俺の顔とペプシを交互に見つめる。え、ちょっと室温になっちゃったから氷持って来い、っていうことか。うわ、気が利かなくてごめん。
「いーから。そこにいろ」
 立ち上がろとしたら、いきなり関が上体逸らしみたいに半身起こして、俺の腰に両腕を回してきた。所謂(いわゆる)タックルだ。中途半端な膝立ちのまま、俺はすとんと尻餅。
 驚いたのもあるけど、抗議するより、斜めに傾いたペットボトルを関の手から奪い取るのが先。なんとかカーペットを汚さずに済んでホッとした。友達とはいえ、他人の部屋のカーペットの心配まで、なんでしてんだろうね、俺。
「水上って、ほんと、オカンキャラ」
 関がくすくす笑う。
 そりゃそうだろうさ。おまえみたいな手のかかるヤツが相手なら、オカンにならなきゃやっていけない。
 くすくす笑いのまだ止まらない関は、俺の太ももを枕にして、体を丸める。まさか、このまま眠っちまう体勢じゃないだろうな。
 なんか、猫みたい。
 俺は、どちらかというと、猫よりは犬のほうが好きなんだけど、我儘で気紛れで意地悪な猫っぽい関が、普段は不機嫌な顔しかしない関が、ほんとに時々だけど、こうやって甘えてきて、無防備な笑顔を見せてくれるのが堪らなく嬉しくて、多分、この瞬間が欲しくて、関と友達やってる。
 関の柔らかい髪に手を突っ込んで、撫でてみる。バスの中では、払い除けられた。関は、じっとしている。このまま耳の裏から喉に指を這わせたら、猫みたいにゴロゴロっていうのかな、なんてアホみたいなことを一瞬考える。
「ごめんな、関」
 あー、とも、うー。ともつかない唸り声を上げて、関が物憂げに俺を見上げる。あ、なんかもう半分寝惚けてる。
「ごめんて、何がだよ」
 それだけ言って、次の瞬間には寝息を立てていた。寝落ち、早や!
 ほんと、ごめんな、関。
 おまえが彼女と別れる度に、心配する振りしてホッとしたりして。おまえの幸せを心から願ってやれなくて。
 俺、嬉しいんだよ。またこうして関のいちばん近くに居られることが。
 関の世話を焼くこの役目を、おまえが好きになる女の子にも、ほかの誰にも取られたくない、って、俺は心のどこかで思ってる。
 そりゃあ、関の幸せがイチバン大事なんだから、白坂と別れてくれて良かった、なんてチラっとでも考えちゃいけないのは分かってるけど。頭では、分かってるんだけど。
 穏やかな寝息をたてる関の髪を、梳くようにしてそっと、そうっと撫で続ける。いまだけ、もう少しだけ、こうしていていいかな。
 俺に彼女が出来たら、3倍返しで祝ってくれる、って言ったよな。本当は、そんな気なんか俺にはないのに。
 真剣に観る者のいなくなった画面のなかで、怪物はまだ暴れてる。もうじきヒーローが登場して、退治されるのだろう。
 関には絶対に言えない。こんなこと知られたら、怪物を見るような一瞥を残して、関が俺の前から去って行くことは分かりきっているから。
 俺がおまえを好きなことは、誰にも言わない、一生、俺だけの秘密。
 一生の、秘密。 


                     <Fin>
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