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3 噂と仮面の夜会
ハリオスの上着に隠れながら入った商会は活気にあふれ、人の話し声と足音が行き交っている。ハリオスの胸に顔を埋めた私は、周りの音に耳を澄ましていた。
周りにいる商会職員達がハリオスに話しかけ、腕に抱えた私に気づいて声をなくす。そんなやりとりが何度も続いていた。
ハリオスは「また後で」とそれぞれに声をかけながら、歩みを止めることなく進み続けている。
だいぶ建物の奥まで進んできたような気がしている。ザワザワとした賑やかな声は既に聞こえなくなっていた。
どこかの部屋の扉が開く音がして、体がフワリと浮いたあと体が沈み込むほど柔らかい椅子の上に降ろされた。
おそるおそる上着から顔を出し、周りを見渡すとそこは執務室のようだった。
私が降ろされたのは、来客用の二人がけのソファーで、目の前のローテーブルを挟んで向かい合うように、一人用のソファーが置かれている。
全体的に黒地の家具で統一され、カーテンや飾られた花には薄い青が入った落ち着いた雰囲気の室内だった。
何より目を引くのは大きな事務机で、広いはずの机の上には、沢山の書類が乱雑に積まれている。
それを見て、整った顔に似合わず、書類の整理が苦手なハリオスの執務室だと一瞬で分かってしまった。
マリウドの部屋で過ごした時にも、読んだ本を乱雑に積み上げるのは、いつもハリオスだった。
ハリオスの、いつもと変わらない一面に嬉しくなる。
「ここはハリオス様のお部屋ですのね」
声を弾ませて、仰ぎ見れば、机の書類に目を向けていたハリオスが微笑んだ。
「そうだよ。ここまでは商会の職員も入ってこない。私の親しい人だけだ。メアリーも気を張らなくてもいいよ」
ここでも、私のすぐ隣に腰を下ろしたハリオスが、待機しているメイドに合図をしている。
一礼したメイドが部屋から出ていき、すぐに医師の来室の知らせと共に戻ってきた。
既に到着していて、別室に待機させていたらしい。それなのに、馬車からいつまでも降りることなく待たせてしまった事を思い出し、また顔の熱が上がってしまった。
だが、部屋に入ってきた医者の姿は、私の顔の熱を一気に下げるほど衝撃だった。
曲がった背中に、ボサボサの白髪、白い髭、少しよれた白衣という特徴的な姿は、王宮で何度も会ったことがある。
――ベネディクト・グラディオス
マリウドの体調確認のために、定期的に訪れてきていた医師だった。
「グラディオス様!」
「おやおや。お久しぶりですな! ハリオス様からお急ぎのご依頼とのことでしたが、メアリー嬢のお怪我でしたか。それはそれは……」
王宮から王都まで呼び出されたにも関わらず、いつもと同じような人好きのする笑顔を浮かべている。王宮の医師団の長であるグラディオスに教えを乞うために王宮務めをしているという医師も多いと聞く医聖に、私一人のために往診をさせてしまっている。
「わざわざグラディオス様に来ていただいたなんて……」
「なに、私が一番自由な時間があったというだけですぞ」
フォッフォッと笑ったグラディオスだが、私の首元を見てスッと瞳を細めた。
「手首の怪我と聞いて参りましたが、他にも診察が必要ですかな?」
「え? いいえ……、他に怪我などは……」
私はグラディオスの意図が分からず、首を傾げる。
「グラディオス翁、待たせてすまないね」
ハリオスが、私の首をスッとなでながら、グラディオスに笑顔を向ける。
「コレは、私だ。問題ない。怪我は手首だけで、一応冷やしてきたが固定はしていない。早めに頼む」
目をパチパチとさせたグラディオスが、私を見つめたあと「そうですか、そうですか」と嬉しそうに呟いた。
「それは、いらぬ心配をしてしまいましたな。ではメアリー嬢、お手をお借りしますよ」
ハリオスは涼しい顔をして、鞄を広げて診察の準備を始めたグラディオスの様子をみている。
グラディオスの視線の先にあったのは、ハリオスがつけた跡。
私はまた、茹で上がったような顔色をしているに違いない。
私は赤くなったらいいのか、青くなったらいいのか、もう、どんな顔をしていたらいいのかもわからなかった。
「よろしくお願いします……」
私はうつむきながら、ハンカチに包まれた手首を差し出した。
グラディオスは、ふむふむと唸りながら、丁寧に診察したあと、鞄の中から香りの良い軟膏を塗り、丁寧に包帯を巻いてくれた。スースーとした清涼感が手首を包んでいる。
幸い、全く動かせないような、酷い怪我ではなく、十日ほどで痛みも掴まれた痣も消えていくだろうという見立てだった。
包帯を巻かれながら、怪我の経緯を説明した私に、グラディオスはフォッフォッと笑う。
「勇敢だとは思いますが、ここで褒めたら王族の皆様から怒られてしまいそうですな。皆の平穏のためにも、お転婆はお控えください、と言っておきましょうか」
その優しい声色に、私は「はい」と大人しく返事をするしかなかった。
グラディオスが部屋を去り、ハリオスと二人きりになってしまった部屋の中は、気まずい沈黙が続いていた。
筆頭侯爵家の娘として、誇れる良いことをしたつもりだったのだが、ハリオスには痣を作って咎められ、グラディオス医師にもお転婆を控えるようにと言われてしまった。これはさすがに、貴族の娘として褒められたことではないのだと、嫌でも自覚させられる。浅慮だった自分に、気落ちしてしまう。
項垂れて下を向いた私の顔に、解けてしまった髪がかかる。
ハリオスがその髪を長い指に巻きつけてもてあそびながら何かを考え込んでいる。その表情からは、心の内は見えそうになかった。
今日は、もともと、ハリオスにお願いすることを探すために王都に来たはずだった。
たどり着いた答えは、『妹ではなく、女性として見てほしい』だったが、今は到底いう勇気はない。こんな言葉、どんな顔して言うつもりだったのか。
自分の未熟さに呆れる。男性としてのハリオスは、私が知らない熱を持っていて、溺れてしまいそうで、呑まれてしまいそうでーーこの先を知るのが怖い。
ハリオスの事が好きなのに、私を女性として扱うハリオスを怖いと思ってしまった。
私はこれから、今までと同じように笑えるだろうか。好きだと言えるのだろうか。小さな戸惑いは、だんだんと大きな不安に変わってきていた。隣にいるはずのハリオスをとても遠く感じている。
「君にこんな悲しそうな顔をさせているなんて、リリアやマリウドにバレたら怒られそうだ」
私の頭にポンっとハリオスの大きな手が乗せられた。
驚いて顔を上げれば、よく知るいつもの笑顔があった。
もうこれ以上は、踏み込まないというハリオスの優しさだった。胸にホッと安堵が広がる。
「ハリオス様……」
ずっと張り詰めていた緊張の糸がプツンと切れてしまったようで、視界が涙に揺れている。
「……このまま帰したら、ハーバル侯爵に二度と君に会わせてもらえなそうだから、少し飾らせてね」
苦笑して離れていったハリオスが、執務机の上にあったベルを鳴らす。
ノックのあと、すぐに数人のメイドが部屋に入ってきた。ハリオスが、向かいの一人がけソファーに移動していく。
「隣の部屋で髪も化粧も直してくるといい」
ニコリと笑ったハリオスにヒラヒラと手を振られながら送り出された。
メイドに連れられ、隣室に移動すると、そこには鏡台や全身鏡があり、化粧品や、髪飾りなどが置かれている。
ハリオスの部屋のすぐ隣にこんな可愛らしい部屋が作られているなんて驚きだった。
「ここは……」
部屋を見まわした私に、メイド達がにこやかに答えた。
「ここは、商会で取り扱っている商品の見本品などを保管しておく部屋なのです」
「他にも近隣国から取り寄せている珍しい化粧品などもありますので、よければどうぞお試しください」
二人のメイドが鏡台の前に座らせた私の髪を梳きながら、嬉々としてたくさんの化粧品や、髪飾りを並べて説明してくれた。
巻き直してくれた髪に、珍しい生地のリボンをあれこれとあてながら私に合うものを探してくれている。
「そういえば、届いたばかりのレースがありましたよね? メアリー様の髪にきっとお似合いです」
「そうね! 今回のものは編みが繊細だとバルバローネ様も喜んで……」
「あっ、ちょっと……」
バルバローネの名前に、私は一瞬身を固くした。鏡越しに見たメイドたちが、気まずそうに目を伏せている。
ハリオスが夜会に連れている女性。バルバローネ・デリア 。彼女の名前を今日はよく聞く。
「……バルバローネ様は、よくこちらへ?」
私の質問に、メイドの一人がビクッと体を震わせた。
「えっ、あの、いや、よくというか……」
「気を使わなくていいのよ、噂は私も聞いていますわ」
自分から出た声は思ったよりも、震えていた。「親しい人しか入れない」と言っていたハリオスの部屋に、バルバローネはメイド達が自然と会話に出すほど来ているらしい。夜会だけでなく、仕事場まで連れているのならば、ひとときの相手よりも深い間柄なのではないだろうか。
直してもらったばかりの化粧が再び涙に濡れていく。
「もう少し、ゆっくりリボンを選ばせてもらってもいいかしら」
私はメイド達にぎこちない笑顔を向けた。
「ええ、もちろんです。たくさんありますのでゆっくりとお選びください」
「……温かいお茶をお持ちします」
二人は私の顔を見ないように目を伏せて、お茶の準備をしてくれた。
そっと手渡された白いハンカチで目元を拭う。
今日ハンカチを貰うのは二枚目だった。ハリオスが手首に巻いてくれた濡れたハンカチはポケットの中にある。
ハリオスを好きでいるならば、他の女性の名前をこれから幾度となく聞くことになるのだろうか。
胸に冷たいものが広がっていく。
だが、私は何か不満を言う立場にはない。けれど、その立場にないことに安堵している自分もいる。
胸の中は矛盾だらけだった。
周りにいる商会職員達がハリオスに話しかけ、腕に抱えた私に気づいて声をなくす。そんなやりとりが何度も続いていた。
ハリオスは「また後で」とそれぞれに声をかけながら、歩みを止めることなく進み続けている。
だいぶ建物の奥まで進んできたような気がしている。ザワザワとした賑やかな声は既に聞こえなくなっていた。
どこかの部屋の扉が開く音がして、体がフワリと浮いたあと体が沈み込むほど柔らかい椅子の上に降ろされた。
おそるおそる上着から顔を出し、周りを見渡すとそこは執務室のようだった。
私が降ろされたのは、来客用の二人がけのソファーで、目の前のローテーブルを挟んで向かい合うように、一人用のソファーが置かれている。
全体的に黒地の家具で統一され、カーテンや飾られた花には薄い青が入った落ち着いた雰囲気の室内だった。
何より目を引くのは大きな事務机で、広いはずの机の上には、沢山の書類が乱雑に積まれている。
それを見て、整った顔に似合わず、書類の整理が苦手なハリオスの執務室だと一瞬で分かってしまった。
マリウドの部屋で過ごした時にも、読んだ本を乱雑に積み上げるのは、いつもハリオスだった。
ハリオスの、いつもと変わらない一面に嬉しくなる。
「ここはハリオス様のお部屋ですのね」
声を弾ませて、仰ぎ見れば、机の書類に目を向けていたハリオスが微笑んだ。
「そうだよ。ここまでは商会の職員も入ってこない。私の親しい人だけだ。メアリーも気を張らなくてもいいよ」
ここでも、私のすぐ隣に腰を下ろしたハリオスが、待機しているメイドに合図をしている。
一礼したメイドが部屋から出ていき、すぐに医師の来室の知らせと共に戻ってきた。
既に到着していて、別室に待機させていたらしい。それなのに、馬車からいつまでも降りることなく待たせてしまった事を思い出し、また顔の熱が上がってしまった。
だが、部屋に入ってきた医者の姿は、私の顔の熱を一気に下げるほど衝撃だった。
曲がった背中に、ボサボサの白髪、白い髭、少しよれた白衣という特徴的な姿は、王宮で何度も会ったことがある。
――ベネディクト・グラディオス
マリウドの体調確認のために、定期的に訪れてきていた医師だった。
「グラディオス様!」
「おやおや。お久しぶりですな! ハリオス様からお急ぎのご依頼とのことでしたが、メアリー嬢のお怪我でしたか。それはそれは……」
王宮から王都まで呼び出されたにも関わらず、いつもと同じような人好きのする笑顔を浮かべている。王宮の医師団の長であるグラディオスに教えを乞うために王宮務めをしているという医師も多いと聞く医聖に、私一人のために往診をさせてしまっている。
「わざわざグラディオス様に来ていただいたなんて……」
「なに、私が一番自由な時間があったというだけですぞ」
フォッフォッと笑ったグラディオスだが、私の首元を見てスッと瞳を細めた。
「手首の怪我と聞いて参りましたが、他にも診察が必要ですかな?」
「え? いいえ……、他に怪我などは……」
私はグラディオスの意図が分からず、首を傾げる。
「グラディオス翁、待たせてすまないね」
ハリオスが、私の首をスッとなでながら、グラディオスに笑顔を向ける。
「コレは、私だ。問題ない。怪我は手首だけで、一応冷やしてきたが固定はしていない。早めに頼む」
目をパチパチとさせたグラディオスが、私を見つめたあと「そうですか、そうですか」と嬉しそうに呟いた。
「それは、いらぬ心配をしてしまいましたな。ではメアリー嬢、お手をお借りしますよ」
ハリオスは涼しい顔をして、鞄を広げて診察の準備を始めたグラディオスの様子をみている。
グラディオスの視線の先にあったのは、ハリオスがつけた跡。
私はまた、茹で上がったような顔色をしているに違いない。
私は赤くなったらいいのか、青くなったらいいのか、もう、どんな顔をしていたらいいのかもわからなかった。
「よろしくお願いします……」
私はうつむきながら、ハンカチに包まれた手首を差し出した。
グラディオスは、ふむふむと唸りながら、丁寧に診察したあと、鞄の中から香りの良い軟膏を塗り、丁寧に包帯を巻いてくれた。スースーとした清涼感が手首を包んでいる。
幸い、全く動かせないような、酷い怪我ではなく、十日ほどで痛みも掴まれた痣も消えていくだろうという見立てだった。
包帯を巻かれながら、怪我の経緯を説明した私に、グラディオスはフォッフォッと笑う。
「勇敢だとは思いますが、ここで褒めたら王族の皆様から怒られてしまいそうですな。皆の平穏のためにも、お転婆はお控えください、と言っておきましょうか」
その優しい声色に、私は「はい」と大人しく返事をするしかなかった。
グラディオスが部屋を去り、ハリオスと二人きりになってしまった部屋の中は、気まずい沈黙が続いていた。
筆頭侯爵家の娘として、誇れる良いことをしたつもりだったのだが、ハリオスには痣を作って咎められ、グラディオス医師にもお転婆を控えるようにと言われてしまった。これはさすがに、貴族の娘として褒められたことではないのだと、嫌でも自覚させられる。浅慮だった自分に、気落ちしてしまう。
項垂れて下を向いた私の顔に、解けてしまった髪がかかる。
ハリオスがその髪を長い指に巻きつけてもてあそびながら何かを考え込んでいる。その表情からは、心の内は見えそうになかった。
今日は、もともと、ハリオスにお願いすることを探すために王都に来たはずだった。
たどり着いた答えは、『妹ではなく、女性として見てほしい』だったが、今は到底いう勇気はない。こんな言葉、どんな顔して言うつもりだったのか。
自分の未熟さに呆れる。男性としてのハリオスは、私が知らない熱を持っていて、溺れてしまいそうで、呑まれてしまいそうでーーこの先を知るのが怖い。
ハリオスの事が好きなのに、私を女性として扱うハリオスを怖いと思ってしまった。
私はこれから、今までと同じように笑えるだろうか。好きだと言えるのだろうか。小さな戸惑いは、だんだんと大きな不安に変わってきていた。隣にいるはずのハリオスをとても遠く感じている。
「君にこんな悲しそうな顔をさせているなんて、リリアやマリウドにバレたら怒られそうだ」
私の頭にポンっとハリオスの大きな手が乗せられた。
驚いて顔を上げれば、よく知るいつもの笑顔があった。
もうこれ以上は、踏み込まないというハリオスの優しさだった。胸にホッと安堵が広がる。
「ハリオス様……」
ずっと張り詰めていた緊張の糸がプツンと切れてしまったようで、視界が涙に揺れている。
「……このまま帰したら、ハーバル侯爵に二度と君に会わせてもらえなそうだから、少し飾らせてね」
苦笑して離れていったハリオスが、執務机の上にあったベルを鳴らす。
ノックのあと、すぐに数人のメイドが部屋に入ってきた。ハリオスが、向かいの一人がけソファーに移動していく。
「隣の部屋で髪も化粧も直してくるといい」
ニコリと笑ったハリオスにヒラヒラと手を振られながら送り出された。
メイドに連れられ、隣室に移動すると、そこには鏡台や全身鏡があり、化粧品や、髪飾りなどが置かれている。
ハリオスの部屋のすぐ隣にこんな可愛らしい部屋が作られているなんて驚きだった。
「ここは……」
部屋を見まわした私に、メイド達がにこやかに答えた。
「ここは、商会で取り扱っている商品の見本品などを保管しておく部屋なのです」
「他にも近隣国から取り寄せている珍しい化粧品などもありますので、よければどうぞお試しください」
二人のメイドが鏡台の前に座らせた私の髪を梳きながら、嬉々としてたくさんの化粧品や、髪飾りを並べて説明してくれた。
巻き直してくれた髪に、珍しい生地のリボンをあれこれとあてながら私に合うものを探してくれている。
「そういえば、届いたばかりのレースがありましたよね? メアリー様の髪にきっとお似合いです」
「そうね! 今回のものは編みが繊細だとバルバローネ様も喜んで……」
「あっ、ちょっと……」
バルバローネの名前に、私は一瞬身を固くした。鏡越しに見たメイドたちが、気まずそうに目を伏せている。
ハリオスが夜会に連れている女性。バルバローネ・デリア 。彼女の名前を今日はよく聞く。
「……バルバローネ様は、よくこちらへ?」
私の質問に、メイドの一人がビクッと体を震わせた。
「えっ、あの、いや、よくというか……」
「気を使わなくていいのよ、噂は私も聞いていますわ」
自分から出た声は思ったよりも、震えていた。「親しい人しか入れない」と言っていたハリオスの部屋に、バルバローネはメイド達が自然と会話に出すほど来ているらしい。夜会だけでなく、仕事場まで連れているのならば、ひとときの相手よりも深い間柄なのではないだろうか。
直してもらったばかりの化粧が再び涙に濡れていく。
「もう少し、ゆっくりリボンを選ばせてもらってもいいかしら」
私はメイド達にぎこちない笑顔を向けた。
「ええ、もちろんです。たくさんありますのでゆっくりとお選びください」
「……温かいお茶をお持ちします」
二人は私の顔を見ないように目を伏せて、お茶の準備をしてくれた。
そっと手渡された白いハンカチで目元を拭う。
今日ハンカチを貰うのは二枚目だった。ハリオスが手首に巻いてくれた濡れたハンカチはポケットの中にある。
ハリオスを好きでいるならば、他の女性の名前をこれから幾度となく聞くことになるのだろうか。
胸に冷たいものが広がっていく。
だが、私は何か不満を言う立場にはない。けれど、その立場にないことに安堵している自分もいる。
胸の中は矛盾だらけだった。
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