最後のひとつ

えりな

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最後のひとつ

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 ――夜ごはんの時に


 たまに登場してくる鳥の唐揚げ。


 最後に残ったひとつは


 絶対に、ぼく一人だけのものだった。



 5コ入りのチキンナゲットだって


 お祭りで買ったタコヤキだって


 残った最後のひとつは


健吾けんごが食べなさい」


 って言って


 お父さんもお母さんも


 ぼくにくれたんだ。


 ――だけど、ある日を境にして


 その最後のひとつは、ぼくより5才下の妹


 あずさ【あーちゃん】のものになった。


 でも、ただ、そうなった訳じゃない!


 力では、もちろん、ぼくの方が強いし


 何度も、何度も最後のひとつをうばいあって


 あーちゃんとケンカしたんだ。


 そしたら


 お母さんは、ぼくとあーちゃんの間に入って


 こう言った。


「健吾は、もう小学4年生だし、お兄ちゃんでしょ?あーちゃんにあげなさい」


 頭にきたぼくは、勝ちほこったように横で「フフン!」って笑っているあーちゃんを、両手でドンッってつき飛ばした。


 あーちゃんは、テーブルの角に頭をゴツンッてぶつけてから仰向けに転んだ。


「うっ……うわっ……うわああああ―ん!!」


 両足をドタバタさせて、大きな声で泣くあーちゃん。
 テーブルの上にあった丸いお菓子のカケラがポトンと畳に落ちる。


「あーちゃんっ!!」


 お母さんは青い顔をして、慌ててあーちゃんを抱きおこし、ぶつかった頭をさすりながらぼくをキッとにらんだ。


「あーちゃんに、あやまりなさい健吾!!」


 顔を窓に向けて、プイッて知らんぷりするぼく。


 そんなぼくに、お母さんはこう言った。


「そんな健吾は大嫌い!!」



 ――その後


 おフロで、お父さんにも叱られた。


 ぼくは、くやしくて


 かなしくて


 お湯の中にもぐって泣いた。


 だけど泣いたのは


 最後のひとつが食べられなかったからじゃない!


 お母さんが、ぼくを嫌いになったからなんだ。





 ――最後のひとつ。


 ぼくは、それ以来


 最後のひとつを食べたいと思わなくなった。


 最後のひとつが大嫌いになったんだ……。


 ◆◆


「お兄ちゃん、遊ぼう!」


 あーちゃんはそう言って、相変わらずぼくにまとわりついてきたけど、ぼくは、あーちゃんに知らんぷりした。


 ぼくより……お母さんは、あーちゃんの事が好きで、お母さんは、あーちゃんしか可愛くなくて


 だから最後のひとつは、あーちゃんのものなんだ! って思ったら


 あーちゃんがすごく憎らしくなったんだ。


 ◆◆


 ――そして、あーちゃんのお誕生日。


 お父さんは大きなイチゴのケーキを買ってきた。


 まっ白な生クリームの上に乗っているイチゴは5つ。
 うずまきの小さなロウソクも5本。


 あーちゃんは回すように何度もフーって吹いて火を消した。


「お誕生日、おめでとう!」


 お父さんも、お母さんも笑顔で手をたたく。


「エヘヘ……」


 おさげのみつあみをピョンピョンさせて、うれしそうなあーちゃん。


 ――ぼくはと言うと


 そっぽを向いて、しかたなしに手をたたくふりをした。


 イチゴのケーキは、とっても甘くておいしくて


 あっと言う間にお皿が空っぽになった。


 そして、すぐにぼくは気づく


 切り分けたケーキの最後のひとつが残っていることに……。


 でも、あれは当然あーちゃんのもの。


 ぼくは「ごちそうさま!」
 ふてくされたように、そう言ってイスから立ち上がろうとした。


 その時


「お兄ちゃん、最後のひとつどーぞ!」


 あーちゃんが、ぼくのお皿にケーキを乗せたんだ。



「あーちゃん?」


 お父さんも、お母さんも、もちろん、ぼくだってビックリしてあーちゃんを見た。


「最後のケーキなのに……なんで?」


 ぼくは、あーちゃんに聞いた。


 すると、あーちゃんは、みるみる顔をゆがませ、泣き出してこう言ったんだ。



「お兄ちゃんと遊びたいから……」



 ……て。



「あーちゃんは最後のひとつより、お兄ちゃんが大好きなのね?」


 お母さんが笑う。


「うん!」


 大きく、うなずくあーちゃん。


「健吾、お前はどうだ?」


 お父さんが聞いた。


 ぼくは、なんだか照れくさくなって下を向いてしまったけど、本当はすごく嬉しくて


「ぼくも、最後のひとつより……あーちゃんが大好きだよ……」


 って答えたんだ。



 それから、最後のケーキを半分こして、あーちゃんと食べた。


「半分この方が、おいしいね」


 あーちゃんがそう言ったから、ぼくは笑顔で「うん!」ってうなずいた。


「来月は、健吾の誕生日だな」


 お父さんが言う。


 ぼくは、生クリームを口の回りにたっぷりとくっつけたまま


 元気に、こう答えた。


「うん! また最後のひとつは、あーちゃんと半分こだよ!」


 すると、ふわりとした温かい手が、ぼくの頭に乗せられた。


「優しい健吾が、大好きだよ」


 見上げると、お母さんが優しい顔で笑ってくれたんだ。



 ――瞬間


 ぼくは、最後の一つを


 大嫌いから大好きになる。


 お父さん
 お母さん


 そして


 あーちゃんの笑顔と一緒に……。


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