【  章紋のトバサ  】

オロボ46

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ACT1 喫茶店セイラム

第4話 真夏の雪降る、裏側の世界

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 目の前に広がる空は、真っ白だった。



 その空を、小さな白いものが横切っていく。



 体を起こすと、おなかに積もっていた白い土が落ちた。
 手で触れてみると、とても冷たい。ふわふわしているようで、思いっきり握ってみると硬くなる。これは……確か雪って言うんだよね。

「……イ、イザホ……? だ、大丈夫?」

 横で倒れていたマウが起き上がり、服についた雪をはたき落とす。ワタシは自分の体を見てみたけど、どこにもケガはない。うなずいてマウに安心してもらおう。

「よかった……それにしても、ここって明らかに喫茶店の中じゃないよね……」



 周りを見渡すと、白い雪が積もった木で辺りを囲われている森の中にいた。

 土は白い雪で積もっており、

 後ろを振り向くと小さな小屋が見える。



「鳥羽差市ってさ、めったに雪が降らないはずだけどなあ……というか、そもそも今の時期って夏だよね?」

 鼻を注意深く動かしながら辺りを見渡しているマウを見ていると、ふと時間が気になった。
 空は曇っているけど明るいから、今は昼……だとしたら、どのぐらい気を失っていたんだろう?

 左腕のスマホの紋章に触れて、半透明のモニターを呼び出す。
 そこに表示されていた時間は、20時40分。
 さっきからほとんど時間が経っていない……それなら、どうして空は昼模様なんだろう?

「ねえ、スマホの電波……全然届いていないよ」

 後ろからマウがスマホの紋章のモニターをのぞいてつぶやいた。
 モニターの右上を見てみると、確かに圏外と表示されている。

「なんだか、あの紋章に触れたせいで“裏側の世界”ってやつに連れて行かれちゃったみたいだね」

 マウの言葉を聞いて、喫茶店の店長さんの言葉を思い出した。



 真夜中の森を歩くと、羊の頭を持った悪魔“バフォメット”に襲われる。

 もしも捕まってしまうと、体の部位をひとつ切り落とされ、

 裏側の世界に連れて行かれる……



「あ……ごめん、不謹慎だった?」

 頭のシルクハットを取って謝るマウに対して、ワタシは右手でマウのおでこをなでた。
 別に平気だよ。それに、不謹慎なのはむしろワタシなのかもしれない。
 恐怖とか焦りとか怒りとか、そんな感情よりも、期待という文字が胸の中で躍っているから。

 ワタシは立ち上がって背中の雪を落とすと、体を後ろの小さな小屋に向ける。

「イザホ? あの建物に行くの?」

 心配そうにワタシを見上げるマウに顔を向けて、笑顔でうなずく。
 一緒に行こう、マウ。

「……わかったよ。あの小屋に、ここから出てくる手がかりがあるかもしれないからね」



 雪の上を歩くのは、初めてだった。

 雪を踏みしめる1歩1歩の音が、新鮮だった。










 小屋の扉を開けると、ギギギとこすれるような音が響き渡った。



 小屋の室内には明かりが一切なく、玄関はたくさんの段ボール箱が壁際に奇麗に並べられていた。

「散らかっているのか、整頓好きなのか、よくわからないなあ」

 ためしに段ボール箱のひとつを取って下ろして、マウと一緒に中身を見たけど……空っぽだった。

「まるで荷造り前の、引っ越しの荷物……あ、いや、なんでもないよ」

 マウは気遣うように首を振った。



 段ボールを元の場所に戻すと、部屋の奥に目を向けた。

 部屋の奥には、ホワイトボードのようなものが見える。でも、奥には窓がなくて、ワタシたちの近くにある窓の光も届いていないみたい。

「ねえイザホ、確か、懐中電灯があったよね?」

 マウに言われて、思い出した。確か懐中電灯はあそこに入れていたはずだ。



 左手にある紋章を見てみる。違う、こっちはスマホの紋章。

 小さな右手にある紋章を見てみる。
 その小さな右の手のひらには、バックパックの形をした紋章が緑色に光っている。

 そのバックパックの紋章に左手で触れると青色に変わり、左手が紋章の中に吸い込まれた。

 胸の中で懐中電灯の形を思い浮かべると、左手が何かを握ったような感覚がする。

 そのまま左手を取り出すと、その左手は懐中電灯を握っていた。

 このバックパックの紋章は、四次元ポケットのように物を異空間に入れておくことができるってマウが言ってた。
 たしか、あるマンガのキャラクターがおなかにつけていたポケットをヒントにして生まれたらしいけど……どんなキャラクターだっけ。

「……なんだか、ボクたちをここに連れてきた、あのスケッチブックについていた羊頭の紋章みたいだよね」

 ……マウの言うとおり、確かにスケッチブックに埋め込まれていた羊の紋章と似ている。
 でも、バックパックの紋章とは形が全然違っていたし、それにバックパックの紋章は大きすぎるものは入れられないはずだ。いわゆる亜種ってことかな?



 取り出した懐中電灯で、目の前のホワイトボードを照らしてみる。

【ようこそ、××ちゃん】

 ……名前のところだけ、黒く塗りつぶされている。
 その下にはちょっと崩れた文字で【10年ぶりだね】と書かれていた。

「これは、後から慌てて書き出したんじゃないかな?」

 ホワイトボードを眺めていたマウが崩れた文字を指さしてつぶやいた。

「本当は特定の人に向けたメッセージだったけど、ある事情で伝える相手を変えるために名前のところを消した。黒く塗りつぶしたのは、その場に消すものがなかったからだね」

 そういえば、ホワイトボードに付いているトレイには黒いペンが置かれているけど、消すためのスポンジがない……
 確か、マグネットイレイサーっていうんだっけ?

「ブッブッ……ねえイザホ、このホワイトボードを伝えたい相手って、誰に変わったと思う?」

 マウが不機嫌そうに鼻を鳴らしながらワタシの顔を見る。
 もうとっくにわかってるよ。それよりも、ここに来てからの期待がこの文字を見てより高まっている。

「……もしかして、わくわくしている? イザホの顔に怖いっていう感情が読み取れないよ」

 首をかしげるマウに、その通りだよとうなずく。



 ここまで見たことをメモに記入してから、ホワイトボードの横に懐中電灯を向けると、扉が見えた。部屋が別にあるのかな?

 マウと一緒にうなずいてからその扉の前に立ち、ドアノブをひねった。



 扉の先にあったのは……斧?

「……!! イザ――」



 ワタシの身長と同じくらいの斧は倒れて、

 ワタシの額に突き刺さった。

 頭蓋骨を突き破り、頭の頂点から鼻の辺りまでヒビが入った感覚がした。

 斧は思っていたよりも重くて、その勢いでワタシを押し倒す。



 床に頭をぶつけた時、天井を赤い液体が横切っていった。





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