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回想 異形の街

異形の街 03

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バレーナ中心街・・・の、外側の住宅街。

そこには、宿や、長期滞在する旅人向けの貸家が並ぶ異邦人向けの区画があった。

その一角の、倉庫が併設された比較的大きい貸家。
シルヴァはそこを借りていた。

「・・・よしっ、整理終わり!」

そしてその貸家は、既にシルヴァの持ち込んだ道具でいっぱいになっていた。

併設された倉庫はまだ余裕があるが、居住空間には用途不明の器材がずらりと並んでいる。

「皆さんありがとうございました。」

シルヴァは、器材などを運び入れた業者に礼を言う。

「いろいろ厄介な注文つけたと思いますけど、とりあえず問題なしです。報酬は少し色を付けておきますね。」
「へい、ありがとうございやす!ではあっしらはこれで。またいつでも呼んでくだせぇ!」

業者はシルヴァに書類を渡し、帰っていく。
そして、家にはシルヴァが一人残る。

「さて、と。異常に家賃が安かったから不安だったけど・・・いい家だね。さて、次は・・・」

ガタッ

「ん?」

ガタタッ

「あー、ネズミでもいるのかな?」

どこかから、何かがぶつかるような音が響く。

「器材壊されても困るし・・・退治しないと。」

シルヴァは部屋の中を探し始める。
しかし、しばらく部屋の中を歩き回っても何も見つからない。

シルヴァは立ち止まり、目を閉じる。
そして集中し、耳を澄ませる。

「・・・何も、居ない・・・?」

目を開いたシルヴァは呟く。
彼の聴覚でも、動く物の存在が確認できなかった。
しかし、今でも断続的に音は響いている。

シルヴァは少し考える。
そして。

「・・・あー、なるほど。異常に家賃が安かったのは、そういう事か。」

ため息混じりに一人で納得すると、シルヴァは迷わず家を出ていく。

そして、十数分後。
彼は、不気味な人形を手にして家に戻ってきた。

「えーっと、これどうやって使うんだっけ・・・?」

唸りながら、シルヴァは人形を観察する。

「確か・・・ここをこーして、こう・・・すれ、ば!」

そして、シルヴァは人形を複雑に動かし、最後にその人形の首を一回転させた。

すると、その瞬間。

『・・・な、なんじゃあ!?う、動けぬ!?』

部屋の中に、新たな声が響いた。
子供とも女性とも取れる、高い声である。
その声の出処は、シルヴァが用意した人形だった。

シルヴァは特に驚いた様子も見せずため息を零す。

「やっぱり、『幽霊種レイス』か。訳あり物件なら先に言っといて欲しかったなぁ。」

幽霊種。代表的な霊種の一種である。代表的ではあるが、他の霊種とは違う特殊な方法で増える特徴を持つ。幽霊種は、強い力を持った亜人種や幻妖種が、死後に力と思念だけ残した時に『発生』する。
その特性上、時間とともに自我は薄れて行き、最終的には自然に消滅する。消滅するまでの時間の長さは、元になった存在の力の強さに比例する。
また、力の弱い幽霊種では音を立てたり物を少し動かす程度しか出来ないが、強い幽霊種であれば上位元素を操ることすら可能である。


シルヴァの言葉に、謎の声は不満気に反論する。

『な、なにを言っておる!我をあのような自我の薄い者共と一緒にするでないわ!』
「いや、僕は幽霊種を見たことないんで個体差とかわかんないんですけど。」
『そもそもなんじゃお主は!我が目の前で驚かせても一切反応を見せないかと思えば、奇っ怪な道具で封じ込めるなど・・・!』
「僕は実体を持たない物は視認できないんですよ。声も聞こえないですし。だから、仕方なく依代よりしろを用意して無理やり実体を与えたんですよ。」

言いながら、シルヴァはソファに座ってくつろぎ始める。

「ふぅ・・・とりあえずネズミじゃなかったし対処完了かな。素材が来るまでゆっくりしようっと。」
『我を無視するでない!ぬう、全く動けん・・・!』
「それは僕の知り合い謹製の呪物です。霊種を捕らえることに特化した物ですから、そうそう簡単には抜け出せませんよ。」
『うぐぐ・・・肉体を捨て去った我に、このような出来損ないの器を押し付けるとは・・・』

悔しそうな声で発されたその言葉に、シルヴァは首を傾げる。

「肉体を捨て去った?まるで、自分から幽霊種になったみたいな言い方ですね。」
『幽霊種では無いと言うに・・・』
「じゃあなんなんですか?」

シルヴァが微妙にうんざりした様子でそう問うと、声は途端に機嫌を良くする。

『ふっふっふ、良くぞ聞いてくれた!聞いて驚け、我こそは最も真理に近き錬金術師!マグナリア・グレイス・スクラヴァインである!ほれ、敬ってよいぞ!』
「・・・それで?その錬金術師様はなんで幽霊になってるんです?真理に近い錬金術師なら、不老不死にも近いんじゃないですか?」
『あーわかっとらんのぅ。不老不死を追求すれば、肉体など不要という結論に至るのは当然じゃろうに。』

全くこれだから素人は、とでも言いたげな口調に、シルヴァは無言でため息を吐く。
そして立ち上がり、暖炉に火をつける。

「はぁ・・・もういいや、燃やそ。」
『ちょ、待て、待つのじゃ!良くわからんが嫌な予感がするぞ!いや、普段の我ならそのような攻撃全く効かんのじゃが、この器に閉じ込められてる今ならどうなるかわからん!』
「まあ、そういう目的の呪物ですし。捕らえて燃やすまでがセットです。」
『恐ろしいことを言うでない!だ、大体それは自我の薄い幽霊種に使う想定の物じゃろう?我のようにはっきりとした自意識を保った相手を燃やすのは、お主とて気分が良いものでは無かろう?仮に燃やしてみろ、消え去るその一瞬まで、悲痛な叫びを上げまくってやるからの!』

必死の訴えに、シルヴァが心から嫌そうな顔をする。

「的確に嫌な駆け引きしてきますね・・・はぁ、まあ、言いたいこともわかりますし、燃やすのはやめておきます。」
『ほっ・・・じゃ、じゃあ、この器から解放してくれんかのう?普段自由に飛び回っている分、動けないのが辛いんじゃ。』
「うーん、あなたがここから出ていってくれるなら良いですよ?」
『な、なんじゃと!?』
「その人形から出ると、僕にはあなたが認識できなくなりますからね。そんな相手と四六時中一緒にいるかもしれないって状況は嫌じゃないですか。」
『何を言うか!ここは元々我の工房じゃ、出ていくのはお主であろう!』
「えぇ・・・」

シルヴァは嫌そうな顔を隠そうともせず唸る。

「一応聞きますけど家賃払ってます?」
『はっはっは、何を馬鹿なことを。払ってるわけ無いじゃろ、体もないのに。』
「・・・やっぱり燃やそう。」
『うおぉ、待て待て、分かった分かった。仕方ないのう、お主がここに住むのは許可してやろう。じゃが、我は決して出ていかぬからな!』
「えー、じゃあせめて僕でも視認できるように実体を持ってくださいよ。」
『か、簡単にいいおるのぅ。まあ、そこは天才錬金術師の我にかかれば楽勝じゃがな。ほれ、一旦我をこの器から開放せい。このままじゃ何も出来んからの。』
「仕方ないなぁ・・・しばらくしても変化がなかったらまたその中に閉じ込めますからね。」

シルヴァは最後にそう忠告すると、人形を操作する。
そして、最初とは逆向きに首を回転させた瞬間、完全に人形が沈黙する。

「はい、これで開放されたはずですよ。今の状態だと見えないし声も聞こえないんで早くして下さいね。」

その言葉を最後に、数秒の無音。
そして、変化が始まる。

シルヴァの目の前で、不気味な人形が突然光を放つ。
あまりの眩しさに、シルヴァは思わず目を閉じる。そして、次に彼が目を開いた時。
そこに、不気味な人形の姿は無かった。

代わりに、そこには。

『ほほう、さっきは忌々しい出来損ないの器かと思うたが・・・なかなかどうして、良質な触媒ではないか。』

奇妙な見た目をした四足歩行の何かが存在していた。
身体中が羊のような毛で覆われており、頭には大きな角が生えている。しかし、体の造りは肉食獣のようにしなやかであり、顔も鋭い牙が目立っており羊というより獰猛な獅子に近い。
先程の不気味な人形よりは愛嬌があるが、どこか歪で恐ろしげな印象は拭えない。

「・・・もしかしなくても、さっきの錬金術師さんですか?」
『いかにも。我くらいの錬金術師になれば、物質変換は朝飯前じゃからのう。褒めて良いぞ?』
「まあ・・・確かに凄いですね。完全に別物になってるじゃないですか。ていうか、それなんですか?見たことない生き物・・・いや生き物なんですかそれは?」
『この見た目の生き物はキメラの一種じゃ。識別名は【トウテツ】という。』
「トウテツ・・・聞いたことないですね。」
『それはそうじゃろうな。我がまだ体を持っていた頃から、既に幻の存在じゃった。』

そう言いながら、奇っ怪な生物・・・錬金術師いわく【トウテツ】は自らの体を確認する。

『それにしても、思った以上に完璧に変換できたのう。あの人形は一体何で出来ておったんじゃ?』
「・・・聞きたいですか?本当に?」
『あ、やっぱり遠慮する。』

シルヴァの口調から嫌な予感を感じたのか、錬金術師は追求を辞める。

「真理の探求者が聞いて呆れますね。」
『聞いても嫌な気分にしかならないなら知らなくても良いじゃろうが。そもそももう完全に変換したから関係ないしのう。』
「まあ、あなたがそれで良いならいいですけど。・・・それで、とりあえずこれで僕にもあなたが視認できるようになったわけですが。僕としては、これなら一緒に住んでも構いません。」
『むぅ・・・まあ仕方ないのう。お主はどれだけここにいる予定なのじゃ?まさか、永住するとは言わんじゃろうな。』
「一応、短期の滞在の予定です。一ヶ月か、二ヶ月か・・・そのくらいですね。」
『ふむ、それくらいなら受け入れてやらんでもない。我は寛大じゃからな。たまには話し相手が居ても悪くない。』

ふてぶてしくそう語る錬金術師に、シルヴァは本日何度目かわからないため息を吐く。

「はいはい、ありがとうございます。ところで、僕はあなたをなんと呼べば良いですか?トウテツさん?マグナリアさん?」
『そうじゃなぁ。ふむ、我は昔なんと呼ばれておったか・・・ダメじゃな、思い出せん。』
「えぇ・・・」
『仕方ない、とりあえず我のことはアルスと呼べ。さんはつけんで良いぞ、我の真の名では無いからな。』
「アルス、ですか。全然さっきの名乗りと関係ないですけど・・・まあ、あなたがそれでいいならそれで。」
『うむ。それと、その敬語もやめよ。慇懃無礼そのものじゃからな。』
「あ、そう?じゃ遠慮なく。」

途端に砕けた口調になるシルヴァ。

「いやー、敬語って苦手なんだよね。ですます口調が限界だよ。」
『ああ・・・そんな雰囲気はあるのう。』
「まあ短い間だけどよろしくね。僕はシルヴァ・フォーリス。シルヴァでいいよ。」
『シルヴァか。見たところ純人種のようじゃが。・・・ほほう、なかなかに面白い特性をしておるな。上位元素を全く持たない存在を見たのは、我の長い生の中でも初めてじゃ。』
「うわ、見ただけで分かるんだ。真理に近いってのはあながち冗談でもないのかな。」

シルヴァは初めてアルスの発言に感心する。

『普段の我は、上位元素そのものじゃからな。他者のことであっても、適性の有無くらいはわかるというものよ。』
「ああ、さっきは自由に飛び回るとか言ってたもんね。ていうか、なんで四足歩行になったの?動きにくくない?」
『愚問じゃな。上位元素を十分以上に活用出来るのなら、体の造りなどなんの障害にもならん。』
「いや、それはそうかもしれないけどさ。別にそんな幻の生き物の姿じゃなくても、慣れ親しんだ元の姿があるんじゃないの?」
『自ら肉体を捨てておいて、実体を得るとなったら過去の姿にしがみつくなど愚者の所業。己の姿に未練があるなら、最初から肉体を捨てなどせん。』

迷いなく言い切るアルス。

『知の探求に、繰り返しはあっても後戻りは無い。螺旋と円環は似て非なるものであり、錬金術師は・・・否、学の道に身を置くならば変化を恐れてはならんのじゃ。』
「へえ・・・それはアルスの矜恃?良いね、そういう考え方は好きだよ。」
『む、そう言われると照れるのぅ。』
「僕も薬師だからね。錬金術師みたいに物理法則から外れたことは出来ないけど・・・錬金術師だって、『物理法則では無い法則』に従っているわけだし。少しはアルスの言うこともわかるよ。」

シルヴァは嬉しそうに笑う。

「思ったよりも仲良くやって行けそうだね。改めてよろしくね、アルス。」
『うむ、そうじゃな。まあ仲良くやろうではないか、シルヴァ。』

かくして、一人の薬師と錬金術師は出会った。
目的か、手段かの違いはあれど、共に知の探求者。
この二人の出会いは、互いにとって良き刺激となるか否か。

それはまだ、誰にもわからない。
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