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第二章 封じられた鬼神

家具工房の小鬼

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里の人の視線に晒されながら、僕とヒルダは里を歩く。

基本的に道は舗装されていなくて、人々が踏み歩いた場所がそのまま道になってる感じだ。

そんなワイルドな道を歩きながら、ヒルダは実に楽しそうに里を紹介してくれる。

「あそこが新兵用の訓練所で、あれが武器庫と自由使用可能な鍛錬施設です。それからあれが・・・」
「おおー・・・」

こうやって改めて見ると、色々な施設があることに気付く。まあ、ヒルダが紹介してくれる設備が戦闘系に偏ってるのがなんとも鬼人種の里らしいと言えばらしい。

僕はそんなヒルダの説明を聞きながら、ざっくり里全体を確認する。
訓練所はバレーナで見たものと比べるとさすがに小さいとはいえ、作りはかなりしっかりしている。特に、森の中での作戦行動の訓練に特化しているように見える。
周りに本物の森がいくらでもあるんだから、そっちで訓練すれば良いような気もするけど・・・何か特別な理由でもあるのかな?

そんな感じで里を歩いていると、しばらくしてヒルダが小さな小屋を手で示す。
その小屋はこの里では珍しく、特に隠されてもいない。

「ほらシルヴァ、あそこにある建物が里の工房です。」
「へぇ、あそこは特に隠してないというか、普通に建ってるんだね。」

普通のことのはずなんだけど、逆になんか凄い違和感だ。
・・・っていうか。

「なんか小さくない?。」

その小屋は、外観自体は普通の小屋だ。まあ木とかを加工する工具は置いてあるし民家って感じでは無いけど。

気になるのはその大きさだ。
玄関扉とか、僕でもちょっと頭をぶつけそうなくらいだ。
僕がだいたい175センチくらいだから、天井までも2メートル無いんじゃないかな。

なんならヒルダの身長とほぼ同じくらいの高さの小屋だから、普通の鬼人種なんて絶対入れないでしょ。

という僕の至極当然の疑問に、ヒルダは小さく首を傾げる。

「・・・そうですか?十分な大きさだと思いますけど・・・」
「そ、そうなの?」

そんな純粋な目で見られたらもう何も言えないよ僕は。
ま、まあきっとあれかな、職人は必要最低限の物しか身の回りに置きたくないとかそういうのなのかな。

「ほら、ここで見ていても仕方ないですし早く中に入りましょう。」
「う、うん、そうだね・・・」

物理的に入れるの?という疑問はあるけど、見てるだけじゃ仕方ないのもまた事実。

ヒルダの先導で、僕は小屋の前に立つ。

「私です。入りますよ。」

ヒルダは軽く扉を叩くと、返事も待たずに扉を開けた。
よし、こうなったらもう流れに任せよう。
流れに身を任せるのは得意だ。

「おじゃましまーす。」

言葉が通じないのは承知の上で、一応そう言ってから入る。
鬼人の言葉で挨拶しても良いんだけど、なんかカタコトの言語じゃあ逆に怪しまれる気がする。
まあ昨日あれだけ大騒ぎしたんだし、向こうも僕のこと知ってるでしょ。


扉を潜り、小屋の中を見る。

中は外見通りの大きさ・・・というか小ささで、天井の圧迫感がすごい。
バレーナのアルスの工房兼家がかなり大きかったから、なおのことそう感じるのかもしれない。

部屋の中には、様々な家具や細工がある。ここにあるのはまだ製作途中の物みたいだけど、それでもその完成度の高さが伺える。

中でも特に目を引くのは、木をそのまま切り出して作っている恐ろしく繊細な机だ。
細部にも様々な意匠が凝らされており、切れ目のないその自然な木目すら、計算され尽くした模様のように見える。

家具に対してなんの知識も持たない僕でもそう感じるくらいなんだから、これオークションとかに出したら恐ろしい値段がつくんじゃないの・・・?

大きさからしても鬼人種用とは思えないし、間違いなく交易に出す物だろう。
バレーナでは需要が少ないだろうけど、純人種や賢人種なら高いお金を払ってでも欲しい、という人はいるんじゃないかな。

「これは、凄いな・・・」

思わずそんな感想が口から漏れる。僕の貧相な語彙では薄っぺらい言葉でしか表せないけど・・・旅の中でも、これ程見事な加工品に出会ったことはそうない。

僕が目の前の芸術品に目を奪われていると。

「・・・サトオサ、突然ノ訪問ハ困ル。弟子達ガ驚イテイル。」

部屋の奥から少し聞き取りにくい、そんな言葉が聞こえてきた。

ヒルダが声の主に答える。

「おはようございます、フレア。お邪魔していますよ。」
「マダ次ノ納品日ニハ時間ガアッタト思ウガ・・・」

その言葉と共に現れたのは、作務衣に身を包んだ女性だった。

その女性は緑がかった肌をしており、髪の合間から見える耳は少し尖っている。

そして何より特徴的なのがその身長だ。立ち居振る舞いからして恐らく大人だけど、その身長は僕の胸ほどまでしかない。
そしてその小柄さとは対照的に、身体の筋肉はとても発達しているように見える。

・・・なるほど、合点がいった。
確かに彼女ならば、いや彼女の種族ならばこのサイズの小屋で十分だろう。 
それに、これ程の加工技術を持つのもうなずける。


小鬼種ゴブリン』。亜人種に限りなく近いが幻妖種ファントムであり、霊力に平均的な、魔力に僅かな適性を持つ種族だ。
外見や名称的には鬼人種に近いように見えるが、直接的な関係は無く、性質としては実は妖霊種フェアリーの方が近いらしい。

小鬼種は戦闘能力こそ高くないものの、物体の加工が非常に得意だ。
加工が得意な種族の代表は巧人種ドワーフだけど、彼らが持ち前の器用さでそれを成しているのに対し、小鬼種は素材の声?を聞いているらしい。
良く知らないけれど、その辺が妖霊種に近いところなんだろう。


ヒルダは少し緊張している様子の小鬼種の女性に笑って首を振ると、後ろに立っていた僕を手で示す。

「いえ、今日は彼に里を案内しているのです。」
「あ、どーも、初めまして。薬師のシルヴァです。」

ヒルダの紹介に乗っかって女性・・・フレアさんに挨拶をする。
さっきの彼女の声からして、フレアさんは翻訳魔法が使えるみたいだ。ヒルダほど高位のものじゃないから少し違和感はあるけど、僕としてはとてもありがたい。

「ム、客人トハ珍シイ。」
「おや、フレアは昨日の件を知らないのですか?」
「昨日ノ件?」

ヒルダの問いに、フレアさんは腕を組んで考え込む。

「・・・確カニ、昨日ハ少シ、騒ガシカッタ・・・ヨウナ気ガスル。」

うーん、これは心当たり無いけど面倒だからとりあえず同調している人の反応。気持ちがすごいわかる。
まあ、僕のことなんて今はどうでもいい事だ。

せっかくだし、気になることでも聞こうかな。

「ところで、さっきお弟子さんがいる、みたいなこと言ってましたけど・・・その人たちはどちらに?」

感覚が少し調子が悪いからか、周囲の気配から他の人の存在を感じ取れない。
そんなに広い小屋じゃ無いから、他に誰かいたら分かるはずだし、なんなら小屋の外に居ても気づけると思う。
工房の弟子ってことは、普通に木材の加工とかで音を出してそうだしわかりそうなんだけど・・・

そう思ったので、何となく聞いてみると。

「ム?周リニ沢山イルダロウ?」
「周りに居る、ですか?・・・・・ってああ、なるほど。」

キョトンとした顔で返されて一瞬どういうことかと思ったけど・・・
要するに、霊種か。初めて会った時のアルスと同じで、物質的な身体を持たない種族を僕は知覚出来ない。

妖霊種フェアリー精霊種スピリットは一応実体があるから・・・
風精シルフとか水霊ウンディーネみたいな元霊種エレメントかな?

まあ感じないなら居ないのと同じだ。
向こうも僕に干渉できないし。

しかし、彼女の言う弟子がそういった霊種であるとすると。

「ここにいる小鬼種はフレアさんだけなんですか?」
「ソウダ。家族ハ皆、山ヲ降リテ街デ暮ラシテイル。鍛治工房デ働イテイルハズダ。」

山を降りて街で、ってことはバレーナかな?あそこは幻妖種にとって居心地がいい場所だと思うし。鍛治工房の情報からしても間違いないかな。
まあ、そこそこ長期間滞在してた割には、一度もみかけてないけど。

「・・・ワタシハ、霊装ノ作製ガ苦手ダカラ里二残ッテ居ル訳ダガ。」

と、少し視線を逸らしながらフレアさんはそう続ける。
あー、なんかコンプレックス的なものを刺激する質問だったのかな。申し訳無い。

「そう卑屈にならないでください。フレアのおかげで、この里は外と交易できているのですから。フレアの工芸品は、とても評判が良いんですよ。」

前半はフレアさんに、後半は僕に向かってヒルダが言う。
よし、乗っかろう。

「僕も旅を初めて長いけど、これほどの物を見た経験は数える程しかないよ。お世辞抜きでね。まぁ、ど素人の意見ではあるからあまり参考にならないかもしれないけど・・・」
「・・・客人ニマデ気ヲ使ワセテシマッタナ。フッ、私モ自分ノ作品ガ一流デアル自負クライハアルサ。」

フレアさんは少し自信を見せて笑う。
どことなく強がりのようにも見えるけど、それを突っ込むのはあまりに野暮だろう。
それに、彼女の技術が一流なのは事実だ。

「・・・さて、あまり長く居座っても邪魔でしょうし、私たちはそろそろ失礼します。フレア、忙しいところありがとうございました。」
「ム、ソウカ・・・次ハ、先二言ッテカラ来テ欲シイ。茶ト菓子クライハ用意シテ置コウ。」

少しほっとしたような雰囲気でそういうフレアさん。
まあ、急に里のトップが現れたら驚くよねそりゃ。

「それじゃあお邪魔しました。また今度、ゆっくりお話しできたら嬉しいです。」

我ながらなんか凄い社交辞令感のある発言だけど、これは割と本心だ。
小鬼種の知り合いは多くないし、コネクションはあるに越したことはない。


僕は軽く会釈をして、小屋を出る。
1歩外に出るだけでも開放感が凄い。

天井の低さっていうのは、だいぶ人の精神に影響するんだなぁ。
素材を探しに洞窟とかにも良く行くけど、動きが制限される空間はやっぱり慣れない。

「うーん、興味深い物を見せてもらったよ。小鬼種はものづくりが得意な種族とはいえ、あのサイズの家具を作れる人なんて初めて会ったかな。」
「そうなのですか?」
「小鬼種は身体が小さいし、それを補う上位元素も乏しいからね。巧人種ドワーフみたいに身体強化で無理やり大きな物を加工したり出来ないんだよ。」

多分、純粋な膂力で言えば小鬼種は大多数の純人種にも劣る。
筋肉だけで言えばかなり強靭な部類に入るはずなんだけど。

と、そこでヒルダが首を傾げる。

「ところで、先程から気になっていたのですが・・・小鬼種とはなんですか?フレアのことをそう呼んでいたようですけど・・・」
「え、なにって、フレアさんの種族の事だよ。いやもちろん本人に確認した訳じゃないけど、身体的特徴からして間違いないと思うよ。」
「私、彼女のことはずっと鬼人種だと思っていたのですが・・・。確かに言われてみれば、少し小柄な気もするような・・・単純にそういう家系なのだと思っていました。」

えぇ・・・鬼人と小鬼は、肌の色に角の有無、何より身長が3倍くらい違うよ?
あまりにも認識がざっくりしてるなぁ。
なにもこんなところで超越者っぽいところを見せなくても。

「・・・ま、まあいいや。種族どうこうなんて正直大した問題じゃないしね。」

いや、厳密に言えば生命体として別種なわけだから大した問題なんだけど。
この辺の話はヒルダが興味あるようなら今度話そう。

「さて、次はどこを案内してくれるの?」
「そうですね・・・では、次はこの里で最も大切な場所に行きましょう。」
「え、良いの?僕、昨日ここに来たばかりだよ?」

限りなく部外者じゃないかな僕。

「もちろん、誰でも入れる場所ではありません。ですが、その・・・」

と、そこでヒルダは少し言い淀む。

「・・・正直に言えば力を、知恵を貸してほしいのです。昨日会ったばかりのシルヴァに頼むことでも無いとは思うのですが・・・」

ほほう?

「それはまた、随分と突然だね。まぁ、僕にできる範囲のことで良ければ協力するけど・・・」
「本当ですか!?ありがとうございます!!」

僕の返答に、ヒルダは表情を輝かせて両手で僕の手を握る。
ドキドキしちゃうからやめてください。

そんな僕の心情には気づいていないのか、あるいは気付いた上で無視してるのかは分からないけど、ヒルダはそのまま僕の手を引いて歩き出す。

「まずは、現地に行きましょう。実際に見て頂いた方がわかりやすいと思います。」
「あーっと、ちょっとだけ待ってくれる?」

このまま引きずられそうになったけれど、先にこれだけは確認しないと。

「僕は友人に力を貸す時に、一つだけ約束してもらうことがあるんだ。」
「約束、ですか?」
「うん。まあ、言ってしまえば条件だね。それさえ守ってくれれば、僕は全力を尽くすし対価も要求しない。」

そして、僕はその条件を告げる。

「僕は、何があっても責任を取らない。より具体的に言おう。自己判断で好きに動かせて貰う。」

 端的な無責任宣言。あまりにも格好がつかないのは自覚しているけれど、僕にとって自由に動けるかどうかというのは何よりも大切だ。

「どう、ヒルダ?この条件は呑める?」

まともに考えればリスキー極まりない話だ。
現実的な話として、何か問題が起きた場合は 誰かが責任を取る、あるいは不利益を被ることになる。

僕の条件とはつまり、そういった問題を他者に押し付ける、という宣言だ。

「もちろん、条件を呑めないならそれでも大丈夫。ただその時はあくまでいち薬師としてできる範囲の協力になる・・・」

と、そこまで話したところで。
僕はヒルダがきょとん、とした表情を浮かべていることに気付いた。

「えっと、ヒルダ?」
「・・・あっ、すみません。その、シルヴァが何を気にしているのかが良く分からなくて・・・」

困ったようにそう言って、ヒルダは続ける。

「えっと、とりあえずシルヴァは積極的に私たちを害するようなことはしません、よね?」
「それは、もちろんそうだね。」

当然だ。意地悪する理由がないし。

「なら、大丈夫です。私はシルヴァを信じます。」

実に簡単に、ヒルダはそう言い切る。

「・・・えっと、野暮なのは百も承知で聞くけど、なんで僕の信用度そんなに高いの・・・?」

僕、この里に来てから良いこととか本当に何もしてないよ?
という僕の当然の疑問に、彼女はあっけらかんと答える。

「だって、あなたは私に勝ったじゃないですか。」

実に端的なその言葉に僕は今更思い出す。

彼女は実に物腰が柔らかく、身長を除けば僕よりも華奢に見えるが。
その実、災害にも等しき力を持ち何よりも武を尊ぶ戦闘種族。


紛うことなき、『鬼』なのだ。


そして僕は、ルールの存在する試合とはいえ彼女を降した。

「・・・あー、本当に野暮な質問だったね。よし、余計なことを考えるのはやめにしよう。」

僕はヒルダの手を握り返す。

「じゃあ、連れていってくれるかな、その場所に。」

僕の言葉に、ヒルダは少し顔を赤くしながら頷く。
どうも、僕の方から触れられるのはまだ照れがあるらしい。

「で、では行きましょう!」

僕の方を見ないまま手を引っ張り歩き始めヒルダ。

それでも全く痛くないのは意図的なのか、あるいは無意識下でも力の制御が完璧なのか。

そんなことを考えながら、僕は大人しくヒルダに引っ張られて歩き始めた。
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