おやすみ、夏野菜

えーめい

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1話

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 全てがとろけてしまいそうな夏のある日、とあるボロアパートの一室で、川田(かわだ) 武(たけし)は大汗を掻きながらすいかに爆弾を仕込んでいた。彼の故郷をダムの底に沈め、反対運動をしていた彼の両親を殺した憎い男、A村の元村長、佐藤(さとう) 四囲作(しいさく)を爆殺するために。

 故郷のA村を追い出され、碌な保証金も渡されずに弟の文治(ぶんじ)と共に隣のB町に引っ越してきた武は、町に馴染めずに5年も屈辱的な暮らしをしてきた。

 武は高校を卒業してすぐ、家族でやっているすいか農家を継いだため、社会経験のようなものが圧倒的に少ない。町で見つけた仕事では怒鳴られ、バカにされて長く続ける事はできなかった。そもそもきつい割に給料が少なすぎるのだ。

A村で作っていたすいかはブランド品であり、美味しいと評判でよく売れた。中でも武の父はすいか作りの名人であり。家は裕福であった。しかも武の父は気前の良い男であり、後を継ぐ長男にたくさんの金を給料として渡していたのである。

 何故、父と母を殺されなければならなかったのか。先祖伝来の土地を奪われなければならなかったのか。すいか農家としての安泰な暮らしを奪われなければならなかったのか。理不尽に水の底に沈められた両親や、すいか達の悲鳴が武には聞こえてくる気がした。

 酒に浸りながら悶々とした日々を送っていた武の元に、ある日衝撃的なニュースが届いた。ダムが完成して5年。B町の水不足が解消されたお祝いに、ダム建設の立役者佐藤を招いて盛大な記念式典を執り行う事になったのだ。

 これに武は激昂した。村を追い出された自分を、冷たく扱ったB町の人間がお祝いだと?事故に見せかけて両親を殺した佐藤が表彰されるだと?許せない。全部ぶち壊してやる。

 その日から武は爆弾を作り始めた。おあつらえ向きに、式典では佐藤によるすいか割りのイベントが昼の1時からあるそうなので、1時にタイマーをセットして、佐藤を爆弾で爆殺する計画だ。

 爆弾が完成して、武は満足そうに首に掛けたタオルで汗を拭った。

「兄さん、本当にやるのかい?」

 その武に弟の文治が声をかけてきた。

「はあ!?何言ってやがるんだ。親を殺されてるんだぞ。仇討ちはするのは当たり前だろうが!」

 鬼の形相で武は文治を睨みつけた。

「殺されたって言われてるけど、証拠もないし警察は自動車事故って言ってたじゃないか。」

「アホかお前は。ダム反対運動の最中に都合よく事故が起こるわけないだろうが。」

「おまえみたいな薄情者の息子を持って、親父もおふくろも泣いてるよ。」

「兄さん、そんな事言わないでくれよ。僕も悲しく思っているんだ。」

 武と文治には、この件について温度差があった。武は跡継ぎとしての未来があったが、家を継ぐ事ができない次男の文治は、家を出る準備をしていたからだ。だからと言って文治と両親の仲は悪くなく、文治は両親の事を愛していたし、両親も文治を粗略に扱った事もなかった。

 B町に引っ越してきた文治は、兄と違って割と上手くやっていた。高校生の頃から農閑期にはB町でアルバイトをしたり、勉強して地元の大学に通っていたりと、心構えの違いが兄弟の明暗を分けていた。

「お前はいいよな。ちゃんと大学に通っているんだから!俺は学がないから、碌な仕事がない。」

 吐き捨てるように、武は文治に毒づいた。

「勉強が嫌いだから、大学には行かない。家を継ぐって言ってたのは兄さんじゃないか!長男の俺が家を継ぐから、お前は家を出る準備をしておけって。僕の意思なんて確認さえもしなかった。」

 文治が反論すると、武は面白くなさそうに舌打ちをした。イライラした武がタバコに火を点けようとしたが、パッケージには一本のタバコも残っていなかった。

「もういい、少し出かけてくる。」

 そう言って席を立った武だったが、すいか爆弾に目が行った。文治に爆弾を捨てられたりしないだろうか。そう考えた武はすいかを持って外に出て行った。



 部屋に残された文治は悩んでいた。佐藤を恨む兄の気持ちも分かる。自分だって殺された両親の事を思うと、悲しくて胸が張り裂けそうだ。だけど、だからって人を殺していいものだろうか。それでは佐藤と同じではないか。

 警察に通報してしまおうか、でもそれでは兄が犯罪者になってしまう。武は文治にとって最後に残された最後の肉親だ。悩みに悩んで、結局何もできなかった。

 兄が帰ってきたら、もう一度話し合おう。文治は畳の上に座ってじっと兄を待っていたが、一向に帰ってこない。おそらくタバコを買いに行ったはずのなのに、何故こんなに時間がかかっているんだ?

 胸騒ぎは最悪の形で的中した。兄が車に轢かれたと電話があったのだ。文治は取るものも取りあえず外に飛び出していった。

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