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3話
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兄が事故にあったと連絡を受けて、慌てて病院に駆け付けた文治は、ベッドで力なく横たわる武を見て涙を流した。
酒浸りになって暴言を吐く兄ではあったが、文治にとってはたった1人残った肉親であったし、兄との良い思い出もたくさんあったからだ。
「お兄さんは重症です。最善は尽くしますが、助かるかどうかは分かりません。」
深刻な面持ちでそう告げる医者に、文治は何度も頷いた。しばらくボンヤリと兄のベッドの側に座っていた文治だったが、とんでもない事を思い出してしまった。
「すいません。兄の持ち物ってどうなってますか?」
近くにいた看護師にそう尋ねる。
「それならこちらで保管しております。お持ちいたしますね。」
そう告げた看護師の言葉に文治はほっと息を吐いた。兄のためにも、爆弾だけは廃棄しておかなければいけない。誰もいない海か山に捨てたらよいだろうか、いやいや万が一にも誰かに犠牲が出てはいけない。解体?自分にできるだろうか?
グルグルと思考が回る中で、看護師が持ってきた兄の持ち物を見て、文治の顔が青くなった。
「え、兄の持ち物ってこれだけ・・・、ですか?」
「ええ、これで全部です。」
財布や家の鍵などはあったが、肝心のすいかがどこにも見当たらなかったのだ。
「あの、兄はすいかを持っていませんでしたでしょうか?」
「すいか?」
困惑した表情を浮かべている看護師を見て、文治は気付いた。兄が死にかけているのに、すいかの心配をしている自分は、おかしな人物に見えているだろう。
「いえ、なんでもないです。家を出た時に兄がすいかを持って出たような気がしていたので・・・。」
そう答える文治を見て、気が動転しているのだろうなと察した看護師は、優しく微笑んだ。
「もしかしたら、まだ事故現場にあるかもしれませんね。大事な物でしたら、警察に連絡しておきましょうか?」
警察!?その言葉に文治の体はビクリと震えた。
「いえ、その必要はないです。」
「分かりました。お辛いでしょうが、気をしっかり持ってくださいね。」
そう言って看護師が去って行くと、文治はため息をついた。
事故現場に行ってすいかが落ちていない事を確認した文治が、B町の警察署に顔を出したのは、その日の昼過ぎの事だった。
「爆弾だぁ?」
文治の話を聞いた受付の警察官は、渋柿でも間違って食べたかのような顔をして、文治を凝視した。
爆弾を作った事を警察に言ったら、おそらく武は逮捕されてしまうだろう。それでも爆弾を回収しなければ、3日後には爆発してしまう。誰もいない場所で爆発するのならばまだましで、もし誰かがいる場所で爆発してしまったら・・・。
武が罪に問われるとか、そういう事を言っている場合ではない。なんの関係もない人が犠牲にならないように、自分が必ず見つけなければいけないと、文治は覚悟を決めていた。
「本当の話なんだろうな。これがイタズラだったら、許さんぞ。」
「はい、すべて本当の話です。」
警察官は、文治を爪先から頭の先まで睨めつけた。背が高い男だ。身長は180cm以上あるだろう。ただし、がっしりとした体形ではない。ヒョロヒョロと長いゴボウのような体形だ。服装は派手ではないし、髪の毛も黒い。顔はすごく整っているわけでもないが、不細工というわけでもない。普通だ。遊びでやっているようにも、いじめで言わされているようにも見えない。この話が本当だったら、とんでもない事になる。
「わかった。上と相談してくるから、少し待っていてくれ。」
文治にそう告げると警察官は、生活安全課の中島(なかじま)主任に相談しに行った。警察官から爆弾の話を聞かされた中島は、さらに渋い柿を食わされたような顔になった。通常、捜査員を大量に配置して爆弾を探さなければいけない案件なのだが、今は時期が悪かった。少し前に、B町で猟奇殺人が起こってその捜査をやっているためにとにかく人が足りないのだ。
「お前から見てどう思う。イタズラか?本当か?」
「分かりません。」
猟奇殺人の件で殺気だっている中、課長に相談する自分を想像してみる。絶対、おまえが何とかしろ、と言われるだろうな。そして問題が起きたら、俺は聞いてないと言うだろう。どうせ自分の責任にされるなら、わざわざ報告を上げて不愉快な思いをする事もないだろう。
さて、どうするかと少し考えたところ、問題を起こして捜査一課から左遷されてきた奴がいたのを思い出した。こいつなら階級も自分と同じ巡査部長だし、責任をなすりつけるにはうってつけの相手だ。
「山本刑事、ちょっといいですか?」
呼ばれて、自分のデスクで書類と格闘していた背の高い女が、上司の元へとやって来た。クソッ、相変わらず無駄にデカイな。心の中で上司は毒づいた。
身長175cmの山本(やまもと)愛華(あいか)は、中島と並んでも頭一つ分背が高かった。この身長と無愛想な顔つきのせいで、警察学校の時から生意気だの人を見下しているだの散々な言われようだった。しかも愛華はスタイルが良いので、目の前に立つと、だいたいの男の目線は彼女の豊かな胸とバッチリ合ってしまう。
「何か御用でしょうか。」
淡々とした口調で愛華が答える。こんな澄ました顔をしてる癖に、捜査一課の係長と不倫してたんだってな。中島は男に興味ありませんという顔でバリバリと仕事をこなし、花形の捜査一課にまでいったのに、不倫で左遷されてきた愛華が嫌いだった。
「町民の方から相談がありました。この件は山本刑事に任せますので、捜査をお願いします。」
中島は愛華にそう告げると、文治が待っている場所につれて行った。
「川田文治さんですね。今回の件を担当する山本刑事です。お手数ですが、相談の内容をもう一度山本に聞かせてください。」
上司が文治に愛華を紹介すると、文治は二人に頭を下げてもう一度すいか爆弾の事を説明した。
「川田さんのお話を聞いたところ、捜査には人数が必要と思われます。私以外は誰が捜査にあたるのでしょうか?」
文治から爆弾の件を聞いた愛華は中島にそう尋ねた。
「山本刑事一人だけです。」
「こういう件の場合は、大勢で捜査しなければ危険です。」
「そうですね。ですが、今は大勢での捜査が難しいです。山本刑事も事情は把握していますよね?」
猟奇殺人事件は、捜査一課が担当している事件だ。最近までそこにいた愛華が知らないわけはない。
「川田さんは、爆弾は三日後に爆発するとおっしゃっているんですよ。緊急事態です。課長には報告してるんですか?」
「まだしていません。ですが山本刑事が必要と判断したならば、報告してもいいと思います。この件の担当は山本刑事ですので。」
猟奇殺人事件は捜査一課だけでなく、県警をあげて捜査している事件だ。もちろん生活安全課からも応援を出していて、通常業務をギリギリで回している状態だ。爆弾の捜索を依頼したら嫌がられるのは目に見えていた。ここで愛華も中島の魂胆が分かってきた。
「つまり、私に責任を押し付けるつもりなのですね?」
「山本刑事。この程度の事もできないのであれば、あなたの仕事はありません。」
中島は何の感情もない目で愛華を見上げた。
「私の言っている意味、分かりますか?」
しばらく睨み合いが続いた後、愛華が目をそらした。捜査一課に居場所がなくなった愛華が、この部署を追い出されたらどうなるか分からない。嫌がらせがひどくなって、最悪免職もあり得る。理想に燃えて入った警察だ。こんなところで負けていられない。
「分かりました。この件は山本が担当いたします。」
その言葉に、中島は意地悪く嗤った。
「じゃあ、後はお願いしますね。」
穏やかではないやり取りを目の前で見せられた文治は、不安そうに愛華を見た。
「大丈夫。必ず見つけますよ。」
愛華は文治にそう告げると、捜査の準備を始めた。
酒浸りになって暴言を吐く兄ではあったが、文治にとってはたった1人残った肉親であったし、兄との良い思い出もたくさんあったからだ。
「お兄さんは重症です。最善は尽くしますが、助かるかどうかは分かりません。」
深刻な面持ちでそう告げる医者に、文治は何度も頷いた。しばらくボンヤリと兄のベッドの側に座っていた文治だったが、とんでもない事を思い出してしまった。
「すいません。兄の持ち物ってどうなってますか?」
近くにいた看護師にそう尋ねる。
「それならこちらで保管しております。お持ちいたしますね。」
そう告げた看護師の言葉に文治はほっと息を吐いた。兄のためにも、爆弾だけは廃棄しておかなければいけない。誰もいない海か山に捨てたらよいだろうか、いやいや万が一にも誰かに犠牲が出てはいけない。解体?自分にできるだろうか?
グルグルと思考が回る中で、看護師が持ってきた兄の持ち物を見て、文治の顔が青くなった。
「え、兄の持ち物ってこれだけ・・・、ですか?」
「ええ、これで全部です。」
財布や家の鍵などはあったが、肝心のすいかがどこにも見当たらなかったのだ。
「あの、兄はすいかを持っていませんでしたでしょうか?」
「すいか?」
困惑した表情を浮かべている看護師を見て、文治は気付いた。兄が死にかけているのに、すいかの心配をしている自分は、おかしな人物に見えているだろう。
「いえ、なんでもないです。家を出た時に兄がすいかを持って出たような気がしていたので・・・。」
そう答える文治を見て、気が動転しているのだろうなと察した看護師は、優しく微笑んだ。
「もしかしたら、まだ事故現場にあるかもしれませんね。大事な物でしたら、警察に連絡しておきましょうか?」
警察!?その言葉に文治の体はビクリと震えた。
「いえ、その必要はないです。」
「分かりました。お辛いでしょうが、気をしっかり持ってくださいね。」
そう言って看護師が去って行くと、文治はため息をついた。
事故現場に行ってすいかが落ちていない事を確認した文治が、B町の警察署に顔を出したのは、その日の昼過ぎの事だった。
「爆弾だぁ?」
文治の話を聞いた受付の警察官は、渋柿でも間違って食べたかのような顔をして、文治を凝視した。
爆弾を作った事を警察に言ったら、おそらく武は逮捕されてしまうだろう。それでも爆弾を回収しなければ、3日後には爆発してしまう。誰もいない場所で爆発するのならばまだましで、もし誰かがいる場所で爆発してしまったら・・・。
武が罪に問われるとか、そういう事を言っている場合ではない。なんの関係もない人が犠牲にならないように、自分が必ず見つけなければいけないと、文治は覚悟を決めていた。
「本当の話なんだろうな。これがイタズラだったら、許さんぞ。」
「はい、すべて本当の話です。」
警察官は、文治を爪先から頭の先まで睨めつけた。背が高い男だ。身長は180cm以上あるだろう。ただし、がっしりとした体形ではない。ヒョロヒョロと長いゴボウのような体形だ。服装は派手ではないし、髪の毛も黒い。顔はすごく整っているわけでもないが、不細工というわけでもない。普通だ。遊びでやっているようにも、いじめで言わされているようにも見えない。この話が本当だったら、とんでもない事になる。
「わかった。上と相談してくるから、少し待っていてくれ。」
文治にそう告げると警察官は、生活安全課の中島(なかじま)主任に相談しに行った。警察官から爆弾の話を聞かされた中島は、さらに渋い柿を食わされたような顔になった。通常、捜査員を大量に配置して爆弾を探さなければいけない案件なのだが、今は時期が悪かった。少し前に、B町で猟奇殺人が起こってその捜査をやっているためにとにかく人が足りないのだ。
「お前から見てどう思う。イタズラか?本当か?」
「分かりません。」
猟奇殺人の件で殺気だっている中、課長に相談する自分を想像してみる。絶対、おまえが何とかしろ、と言われるだろうな。そして問題が起きたら、俺は聞いてないと言うだろう。どうせ自分の責任にされるなら、わざわざ報告を上げて不愉快な思いをする事もないだろう。
さて、どうするかと少し考えたところ、問題を起こして捜査一課から左遷されてきた奴がいたのを思い出した。こいつなら階級も自分と同じ巡査部長だし、責任をなすりつけるにはうってつけの相手だ。
「山本刑事、ちょっといいですか?」
呼ばれて、自分のデスクで書類と格闘していた背の高い女が、上司の元へとやって来た。クソッ、相変わらず無駄にデカイな。心の中で上司は毒づいた。
身長175cmの山本(やまもと)愛華(あいか)は、中島と並んでも頭一つ分背が高かった。この身長と無愛想な顔つきのせいで、警察学校の時から生意気だの人を見下しているだの散々な言われようだった。しかも愛華はスタイルが良いので、目の前に立つと、だいたいの男の目線は彼女の豊かな胸とバッチリ合ってしまう。
「何か御用でしょうか。」
淡々とした口調で愛華が答える。こんな澄ました顔をしてる癖に、捜査一課の係長と不倫してたんだってな。中島は男に興味ありませんという顔でバリバリと仕事をこなし、花形の捜査一課にまでいったのに、不倫で左遷されてきた愛華が嫌いだった。
「町民の方から相談がありました。この件は山本刑事に任せますので、捜査をお願いします。」
中島は愛華にそう告げると、文治が待っている場所につれて行った。
「川田文治さんですね。今回の件を担当する山本刑事です。お手数ですが、相談の内容をもう一度山本に聞かせてください。」
上司が文治に愛華を紹介すると、文治は二人に頭を下げてもう一度すいか爆弾の事を説明した。
「川田さんのお話を聞いたところ、捜査には人数が必要と思われます。私以外は誰が捜査にあたるのでしょうか?」
文治から爆弾の件を聞いた愛華は中島にそう尋ねた。
「山本刑事一人だけです。」
「こういう件の場合は、大勢で捜査しなければ危険です。」
「そうですね。ですが、今は大勢での捜査が難しいです。山本刑事も事情は把握していますよね?」
猟奇殺人事件は、捜査一課が担当している事件だ。最近までそこにいた愛華が知らないわけはない。
「川田さんは、爆弾は三日後に爆発するとおっしゃっているんですよ。緊急事態です。課長には報告してるんですか?」
「まだしていません。ですが山本刑事が必要と判断したならば、報告してもいいと思います。この件の担当は山本刑事ですので。」
猟奇殺人事件は捜査一課だけでなく、県警をあげて捜査している事件だ。もちろん生活安全課からも応援を出していて、通常業務をギリギリで回している状態だ。爆弾の捜索を依頼したら嫌がられるのは目に見えていた。ここで愛華も中島の魂胆が分かってきた。
「つまり、私に責任を押し付けるつもりなのですね?」
「山本刑事。この程度の事もできないのであれば、あなたの仕事はありません。」
中島は何の感情もない目で愛華を見上げた。
「私の言っている意味、分かりますか?」
しばらく睨み合いが続いた後、愛華が目をそらした。捜査一課に居場所がなくなった愛華が、この部署を追い出されたらどうなるか分からない。嫌がらせがひどくなって、最悪免職もあり得る。理想に燃えて入った警察だ。こんなところで負けていられない。
「分かりました。この件は山本が担当いたします。」
その言葉に、中島は意地悪く嗤った。
「じゃあ、後はお願いしますね。」
穏やかではないやり取りを目の前で見せられた文治は、不安そうに愛華を見た。
「大丈夫。必ず見つけますよ。」
愛華は文治にそう告げると、捜査の準備を始めた。
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