老舗あやかし和菓子店 小洗屋

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一反木綿のキヌちゃん編

小洗屋のシラタマと一反木綿のキヌちゃん 1話

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 あやかしが住む花塚村はなつかむらは、風もなく、ほどよい暖かさで、今日もいい天気だ。
 シラタマは長めの赤茶の毛を肉球でなでてやる。
 寝ぐせをなおし、毛並みを整えると、すぐに箪笥を開けた。
 今日はどの着物を着ようか眺めるためだ。

 やさしく着物をめくりながら、結局、いつものお気に入りの着物にする。
 一反木綿のキヌちゃんがあしらえてくれた菜の花色の着物だ。
 鮮やかな優しい黄色で、菜の花畑にいるような小さな絞りが散りばめられているのが、一番のポイント!
 シラタマは袖を通すと、赤い帯をちゃちゃっと結び、姿鏡を見る。

 ピンと立った耳、長い髭、大きな黄金色の瞳に、ふわふわの長い一本しっぽ……

「ふふ。父ちゃんと母ちゃんと、ぜんぜんちがう。ふふ」

 ふわふわの肉球の手で口をおさえてシラタマは笑う。
 毎日見ているが、やっぱり、猫又だ。
 だけど、老舗和菓子店・小洗屋こあらいやの看板娘であるのは変わらない。
 小豆洗いである両親と全く見た目がちがっても、シラタマとは家族であり、父であり、母だ。
 だから、見た目がちがうことが、少しだけ寂しくて、とても嬉しいのである。
 一本しっぽだからと捨てられた自分を拾って、育ててくれたことが、嬉しくて嬉しくて幸せなのだ。

 シラタマはぐるりと全身を見てから部屋の襖をすぱんと開けた。
 つやつやの廊下には、すでに焼き魚のいい匂いがただよっている。

「おはよう、シラタマ」
「父ちゃん、おはよ」

 父は囲炉裏の前に腰を下ろし、新聞を読んでいる。
 母は台所でお味噌汁をよそって、朝食の準備だ。

「母ちゃん、手伝うね」

 シラタマが駆けよると、ありがとうとお盆が手渡された。
 そこにはふわふわの甘い卵焼きと、苦手なほうれん草のおひたし、漬物、こぶりの一夜干しの焼き魚が並ぶ。

「今日もおいしそう」

 思わず魚をじっと見つめるシラタマに、母はそっと頭をなでる。

「みんなでごはんよ」
「はーい」

 囲炉裏を囲んでの朝食だ。
 昼はおにぎりをつまむ時間しかないため、朝と夜の囲炉裏を囲む時間が、シラタマは好きだ。
 よく干された座布団に座り、四つ脚のついた膳に1人ずつのご飯が並ぶ。

「今日も元気にお仕事がんばろう! はい、いただきます」
「「いただきます」」

 父の声に合わせ、いただきますと唱えたシラタマは大好きな卵焼きを頬張った。
 ほんのり甘くて、ふわふわでおいしい!
 となりのほうれん草には母が気を利かせて、多めの鰹節がまぶしてある。
 これなら食べられそうだ。

「シラタマ、小豆洗い、頼めるかな?」

 父の声に、シラタマは頷いた。

「あたしにまかせて!」
「仕込む分は、父ちゃん、昨日の夜に洗い終えたんだが、追加でキンツバも作ろうと思ってな。その小豆を洗って欲しいんだ。キンツバの最初の味見は、シラタマの役だからな」
「わかった!」

 シラタマは目をきらきらさせながら、ご飯をほおばっていく。
 あんこの和菓子のなかでも、キンツバが特に好きなのだ。
 大好きな和菓子を一番に食べられる今日は、なんでもできそうだ!


 朝食を終えると、すぐに父は仕込みに、母はお店の準備、そしてシラタマは家から歩いて5分の川へと向かう。
 高級な釈迦小豆は粒が大きい。
 それを丁寧に湧水が豊富な川で洗うと、ぷりっとふっくら炊ける。

 布袋に仕込む分を詰め、シラタマは元気にでかける。
 長いふわふわのしっぽがぶんぶん振られる。
 数時間後には、大好きなキンツバが食べられると思えば、なんでもやる気がでてきてしまう。
 小豆洗いが楽しみになるのも仕方がない。

 いつもの洗い場にはシラタマが使うためのザルや、小豆を干すための布が用意されている。
 さっそくとザルに小豆を流し、じゃりじゃりと洗っていく。
 くすんでいた赤茶の豆がじんわりと朱色にかわりだすが、これがしっかりと朱色にならないと洗ったことにはならない。

 じゃりじゃり。じゃりじゃり。
 じゃりじゃり。じゃりじゃり。
 じゃりじゃり。じゃりじゃり。

「つめたーい」

 でも帰ったら、母が温かい手でシラタマの手を包み、椿油をていねいに塗ってくれる。
 おかげでささくれも、ひびわれも桃色の肉球にはない。

 3回目に水をかえたときだ。
 かわいらしい「おーい」という声がする。
 ふりかえると、そこには一反木綿のキヌちゃんがいた。
 純白の長い長い皺のひとつもない布を翻して、波を打つようにこちらに飛んでくる。
 足は布だけれど、真っ白な着物をシワなく着込み、長い銀色の髪の毛を左耳のうしろでお団子にしてかんざしでとめて、いつもおしゃれでかわいい。

「おはよ、シラタマちゃん。ね、聞いて!」

 あいさつもそこそこに差し出されたのは着物コンテストのチラシだ。
 濡れた手を腰に巻いたタオルで拭って、差し出してきた紙を受け取り、よく読んでみる。

「キヌちゃん、これって、糸史いとしおばちゃんの……?」

 妖怪・網切の種族である糸史は、数々の着物デザインで賞を獲っている有名人だ。
 この花塚村出身でもあり、村の有名人でもある。
 小洗にも年末年始におはぎを買いに来るため、シラタマは顔もよく知っている。

 いつも背筋がのびて、しゃきっとしたカッコいいおばさまだ。
 黒地に赤い椿が描かれた着物をよく着ていて、それがとてもよく似合っている。
 その着物から、長いはさみが袖からちらりと見えるのだが、あの大きな鋏でいろんな布や糸をさばいているのだと思うと、妖術使いじゃないのかと、シラタマはいつも思う。

「私、出してみようと思うの。どうかな」

 キヌちゃんは着物デザイナーになりたい一反木綿の女の子だ。
 染めはもちろん、コーディネート、布の織り方もたくさん知識がある。
 布の歴史から、どう織れば美しい反物になるのか、事細かに学んでいる。
 一反木綿家の英才教育の賜物だ。
 
 ただキヌちゃんの家は一反木綿の本家。
 だから由緒正しき一反木綿の血筋になる。

 一反木綿の決まりとして、

 ひとつ、シワをつけてはならない
 ひとつ、シミをつけてはならない
 ひとつ、一反でなければならない

 という言葉がある。

 だから色染めなんてご法度中のご法度!
 さらには絞り染めだなんて、キヌちゃんのお父さんが知ったらどうなることか……

 それでもシラタマは応援せずにはいられなかった。

「やってみよ! だってこのお着物、あたし、大好きだし!」

 今着ている着物の袖をきゅっとシラタマは握る。
 真っ白のキヌちゃんの顔がぽっと赤くなった。
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