老舗あやかし和菓子店 小洗屋

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豆腐小僧のヨツロウくん編

小洗屋のシラタマと豆腐小僧のヨツロウくん 3話

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 そうして、2人の計画がはじまった。
 ヨツロウくんのおじいちゃんの誕生日に豆腐を乗せながら絵を描く姿を見せることに決め、練習を開始!
 でも、お誕生日は明後日だ。2日しか、練習時間はない。

「僕、運動音痴だからなぁ。できるかなぁ」
「やってみよ? あたしも手伝うし」



 ──1日目。
 豆腐のかわりにこぶりの石を乗せて絵を描いてみたけれど、ぽっこりお腹が引っかかって、石が長く画板にいてくれない。

「石のせいかな。こぶりのお皿にしてみる?」

 シラタマは、今日は天天小豆を洗っている。

 じゃりしゃりしゃり。しゃりしゃりじゃり。

 静かな小豆の音が鳴るなか、

「……ああ……わぁ…………あ!」

 ヨツロウくんの声は忙しない。

「シラタマちゃぁーん、ぜんぜん、絵がかけないよぉ」

 半泣きの声にシラタマは手を拭きながら、画板を覗き込んだ。
 そこには背を丸めて小豆を研ぐシラタマがちんまりといる。

「描けてるじゃない!」

 まだしっとりとした毛並みで手を叩くシラタマに、ヨツロウくんは不満げだ。

「だめだよぉ。ほらぁ、これぇ。シラタマちゃんのふわふわがぺっとりしてるぅ」

 たしかにやわらかで優しいタッチながらも、繊細な絵ではない。

「あたしだって最初、天天小豆、上手に研げなかった。皮がやわらかいから、すぐにやぶれて豆が川にながれちゃって……。でも何度も練習したら、研げるようになったよ。きっと、できるよ。今でも十分、素敵な絵だけど」

 ヨツロウくんは、うんとうなずく。

「ありがとう、シラタマちゃん。もうちょっと頑張ってみる!」

 胸を張ったらぽよんとお腹が揺れて、画板から小皿がすべりおちて、川の中にぽちゃんと落ちた。

「……問題は、お腹、なのかしら」

 皿を手渡しながらつぶやいたシラタマに、

「お腹かぁ……。でもさ、油揚げ、おいしんだよね。僕、毎日揚げてるんだよぉ」

 ぽよんとお腹をゆらしたヨツロウくんは、うふふと笑う。
 シラタマもつられて、うふふと笑う。


 ──2日目。
 ヨツロウくんに今日会うんだと母に告げ、小豆を洗いに出てきたが、そのときに母から昨日の残りだけどと、あんこがのった串団子を包んでもらった。

「ヨツロウくんと食べてね。がんばってね」

 父にも母にもシラタマはヨツロウくんとしていることは話していない。
 秘密の特訓だからだ。
 それでも、なにかを頑張っているのはバレてしまっているようだ。

「母ちゃんってすごいなー」

 シラタマは母のすばらしさに鼻を高くしながら川へ向かう。
 そこにはすでにヨツロウくんがいる。

「じゃじゃーん!」

 おはようもなしに、胸をはって見せてきたのは、画板の上に豆腐がのった皿がある。
 左右上下に動いても、豆腐がすべり落ちてこない。

「見てぇ、シラタマちゃん! 落ちないよぉ!」

 なんとヨツロウくんは、ぽよんとしたお腹に画板を固定していたのだ。

「昨日ね、気づいちゃったんだぁ。お風呂にはいっているときに、『お腹に乗せたらいいんだ』って」
「すごーい! ぜんぜん動かないね!」

 ヨツロウくんはふわふわの白いほっぺを桃色の染めて、胸を張る。
 画板の紙には、川のほとりに咲いていたリンドウがある。
 ふんわりとかわいい紫の花は、今にも揺れそうなほど繊細に描かれてある。

「これで、明日、お披露目できるね!」
「ひと安心だよぉ」
「そうそう、今日ね、お母ちゃんからあんこの串団子もらったの。小豆洗い終わったら、いっしょに食べよ」
「やったー! 僕ね、小洗屋さんの串団子大好きぃ!」

 今日の小豆は娘桜小豆こざくらあずきだ。
 娘桜小豆は練るとほんのりピンク色の餡になり、桜の香りがする豆だ。
 明日、ヨツロウくんのおじいちゃんの誕生日用のどら焼きで使うという。

 明日、成功しますように──

 シラタマは祈りながら、じゃりしゃりと小豆を研ぐ。
 少し奥の木陰で、ヨツロウくんは楽しそうに蝶々の絵を描いている。
 目が合った。

「シラタマちゃん、小豆洗うの、まだー?」
「まだ!!!!」



 もう、お昼前だ。
 小豆を洗い終えたあとは、2人でのんびり串団子を食べて、かげふみで遊んでから帰ってきた。
 今日のお昼のおにぎりは、千切りの大葉と鰹節、胡麻をごま油といっしょに混ぜ込んだものだ。
 大葉の風味とごま油の香りで、何個でも食べられそうなおにぎり。
 それでも、2個でお腹いっぱいになっちゃうけど。

 午後からはお母ちゃんと店番のため、シラタマはるんるんで尻尾を揺らす。

「シラタマちゃんは、お家のお仕事、好きなんだね」
「お母ちゃんとする仕事が好き」
「へー。僕は油揚げ揚げてるときが好きかなぁ」

 ちょうど三叉路になる。
 シラタマは左、ヨツロウくんは右の道だ。
 シラタマが返る左の道からやってきたのは、ヨツロウくんのお父さんだ。
 天秤棒を肩にまわし、一方は豆腐が入った桶、もう一方には油揚げや厚揚げが入った木箱が揺れる。
 すでに空のようで、足取りが軽い。

「こんにちは、おじさん」

 シラタマがぺこっと頭を下げると、にこやかに手が上がった。

「あー、小洗屋のシラタマちゃんだねぇ。こんにちは。明日はよろしくねぇ」

 ヨツロウくんに似たしゃべり方で頭を下げられ、シラタマは少し面白くなったが、口に肉球を当てて、もう一度頭を下げたとき、ごつんと音がする。

「またヨツロウ、油売って! また絵ばっかり描いてぇ!」

 またごつんと頭を叩く。
 ひらりと画板から落ちたのは、今日描いていたリンドウの絵だ。
 日差しに照らされ輝くリンドウが丁寧に描かれている。
 豆腐の桶から揺れた水で地面が濡れて、ちょうどそこへとひらりと落ちた。

 シラタマは慌てて地面から持ち上げたが、泥が染みている。

「まったく、ワガママだ、ヨツロウは!」

 耳をつままれ、引きずられるように歩き出したヨツロウくんの背中を、シラタマは小さくなるまで見つめていた。
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