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第一章 ここをキャンプ地とする!
第4話:ここの食材はかわいくない
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「何これ、玉ねぎなんかじゃねぇぇぇぇぇ!」
至の叫び声に反射してか、玉ねぎの芽は蔓となって、彼に襲いかかった。
「……いたっ、いたっ、いたっ、ちょ、なにこれ、いたっ」
力無い老婆に往復ビンタを食らっているような、そんな衝撃だ。
地味に痛い。頬にピリピリした電気が走る。
至は借りたナイフで息の根を止めようと腕を伸ばすが、一向に腕が届かない。
伸ばそうとするのだが、絶え間なく蔓が顔めがけて容赦なく殴り続けてくるため、避けることもできず、殴られるままになる。地味な連続攻撃が精神的にも辛くなり、至は大きく振り返った。
「……無理ぃ! 厨二助けてぇぇぇぇっ」
大きく円を描いて逃げ出したせいか、他の玉ねぎにエンカウントしたようだ。
蔓の数が増え、尻がしきりに叩かれる。
「ちょ、マジかよ…! いてっ、痛い! やだぁぁぁぁぁ」
ガンディアに向かって走り出した至だが、こちらに矢を向けるガンディアを見て、
「俺ごと!?」
「馬鹿者が」
頬を掠るように矢が飛んだ。
敵を見据えたまま、彼の右手は正確に矢を抜き取り、すぐさま放たれていく。
耳元に風を切る音が響き、鼓膜が悲鳴をあげる。
だがそれでも至は止まらなかった。
この蔓の攻撃から逃れられるのなら、微妙に痛いこの鞭から逃れられるのならと草原を走り抜ける。
なんとかすがりつくようにガンディアの背後に回り玉ねぎを見ると、長い芽をだらりと下げて、玉ねぎは生き絶えたようだ。
矢は玉ねぎを貫通し地面に突き刺さっているのだが、1匹(?)だけ芽に矢が刺さり、まだ動けるようでビチビチと地面を跳ねている。よく見ると根がムカデの足のように蠢き、それで移動していたようだ。
「……キモっ」
呟く至から、ガンディアはナイフを受け取ると、
「ここのタマネギは、この蔓を腕に巻きつけ、タマネギの中心にナイフを刺し込む」
言いながら暴れる蔓を握り、ガンディアはナイフを突き刺した。
途端に動きが緩慢になり、ピタリと止まった。
至はそれを見て、
「知ってんなら教えろよ!
親父にもぶたれたことないのにっ」
「私も初めてのビンタはこいつだった……」
彼は遠い目をした。幼き日が蘇ったのだ。
———父に連れられてこの草原に来たガンディアに、父が小刀を渡してきた。
「今日の夕食に採って来てほしい」指をさしたのがあのタマネギだ。
幼い彼は父の言葉に素直に頷き、これぐらい簡単だとタマネギに近づき、腕を伸ばしたそのとき、唐突に洗礼を浴びせられた……
長い蔓は幼い柔らかな頬に容赦なくぶちあたり、頬が真っ赤になった頃、ガンディアは泣きながらタマネギを背に向け父の元へと走り出した。
駆け寄った父は、なぜか指をさして笑っているではないか。
「引っかかったな、ガンディアっ」
腹を抱えて笑う父親を睨み、彼は幼いながらに素早く父の背後に回る。
標的がいきなり消え、目の前にいきなり現れた父を標的と勘違いしたタマネギは、さらに激しく蔓を振り回したのだった———
遠くを見つめるガンディアを置いて、至は差し込まれた矢を抜き取ると、小刀で蔓を切り、気味悪く動いていた根も切り落とす。ソフトボールぐらいあるだろうか。かなり大玉だ。
至は4つ収穫できた玉ねぎの土を軽く落とし、肩掛けのバッグへとしまい込んだ。
気味が悪くても食材は食材……
心の中で至は呟きながら、「次は?」立ち上がりガンディアへ尋ねた。
「次は、ニンジンだな」
ガンディアの瞳が不敵に光った。
———再び、森の中に入って数分。
「あ、人参畑っ」
至が走り出そうとした時、腕が掴まれた。
「ここにはニンジンを守る殺人ウサギがいる」
そういえば、言っていたな……
至が怯える目で畑を眺めるが、ガンディアは地面から適当な棒を拾い上げ、その畑へと投げ込んだ。
地面の揺れに反応したのか、白い毛玉が颯爽と現れ、ナイフを片手に辺りを見回している。
その白い毛玉だが、大型犬ぐらいの体格だ。だいたい70センチぐらいだろうか。これぐらいの大きさだと、着ぐるみのようにも見えてくる。毛はふわふわと柔らかそうで、ナイフをさばく度に軽やかに揺れている。
さらに2本足で立ち、服をまとっているのがまた可愛い。ベストを着込み、ズボンを履いて、後ろをみると小さな尻尾がズボンからちゃんと出ているではないか。ぴこぴこと鼻をひくつかせ、さらに尻尾が揺れる様は、まるでピーターラビットの世界だ。
至は可愛らしい姿でナイフを振り回すウサギを微笑ましく眺めながら、
「かなり知能があるようにお見受けするんですが……」小声でガンディアに言った。
「だが言語がない種族だ。
あ、至、説得して見るか?
もしかしたらその鈴で通じるやもしれん」
至はそうなれば幸いと、だがガンディアには危なくなったら助けることを約束に、ウサギに手を上げながら近づいてみる。それに反応して、二足歩行のウサギは赤い目を尖らせ、容赦なくナイフを向けてきた。
「……まだ刺さないで……
あの、ウサギさん、その、言葉わかります……?」
「………」
「あの、ニンジンを2本ばかりいただけると嬉しいんですけど。
あ、タマネギ2個と交換してくれませんか?」
「………」
至は袋から玉ねぎを差し出すが、素早くそれをかっさらうと、ナイフが容赦なく突きつけられた。
「だから、交換だってば。危ないって……」
奥を見ると、畑にそぉぉーっと近づくガンディアがいる。
彼が両手で2本素早く抜いた途端、人参がいきなり叫んだ。
サイレンのような奇声の中、ガンディアが至に向かって走り出した。
「ヒューマン、逃げるぞっ!」
美しいフォームで走り出したガンディアの足の速さはかなりのものだ。
手渡された人参を無理やりしまい込み、袋の中でもごもご言うのを聞きながら、至も元陸上部にかけて彼について行く。
ウサギにはテリトリーがあるらしく、太いクルミの木まで走り抜けると、ウサギはそこから飛び跳ねて怒りを表現するのみになった。
なんとかその場を離れ、至は汗だくになりながら息を整えるが、この喋るニンジンはなんだろう……
まさか、マンドラゴラ!?
「……厨二、これ、本当に人参……?」
「そのはずだ。赤くて細長くて、葉がもじゃもじゃしてるだろ」
彼の息はすでに落ち着き、額の汗をひとつ拭っただけで涼しい顔だ。
「マンドラゴラ、とかじゃなくて……?」
「ここの森の多くの野菜は、抜くと叫んだり、近づくと攻撃したりするものが多い。
そのニンジンも反射で音が出ただけだ。動物のように生きているわけではない」
至は納得したかしていないか中途半端に抜けた顔で頷いた。
ウサギからの全力疾走がかなり堪えたようだ。
「厨二、一旦、戻らね?
俺、もう、何か飲まないと、無理」
息も絶え絶え伝えると、
「そうだな。一旦戻る」
ガンディアは小さな袋から水晶に似た石を取り出し、地面叩きつけた。
石が地面に当たり弾けたと同時に、そこから光の蕾が浮かび上がる。
螺旋を描きながら伸びた蕾は、光の線となって地面へ咲き、それは幾何学文字が幾重にも重なったもので、鈴の音に似た音を鳴らしながら、円形に広がっていく。
光が地面に馴染み、少し輝きが落ち着いたのを見計らってから、ガンディアは光の床へと至の背を押した。
「これで移動ができる。この光の中に入れ、ヒューマン」
言われた通りに体を入れると、隣にガンディアも立った。
彼が立った途端、すぐに漆黒が視界に張り付いた。
戸惑っている時間はふた呼吸ほどだろう。
辺りが瞬く間に白く染まる。至の体を光が包み込んだ———
目の奥がじんと痛む。
強い光を見たせいだろう。
眩んだ目は青い残像が残こり、本当に同じ場所へと戻ってきたのか不安になるが、鳥の声と水の音がすることから、ほぼほぼ間違いない。と思いたい。
目をこすり、暗く濁る視界が形を捉えた。
それは腰に手を当て仁王立ちする人影だった————
至の叫び声に反射してか、玉ねぎの芽は蔓となって、彼に襲いかかった。
「……いたっ、いたっ、いたっ、ちょ、なにこれ、いたっ」
力無い老婆に往復ビンタを食らっているような、そんな衝撃だ。
地味に痛い。頬にピリピリした電気が走る。
至は借りたナイフで息の根を止めようと腕を伸ばすが、一向に腕が届かない。
伸ばそうとするのだが、絶え間なく蔓が顔めがけて容赦なく殴り続けてくるため、避けることもできず、殴られるままになる。地味な連続攻撃が精神的にも辛くなり、至は大きく振り返った。
「……無理ぃ! 厨二助けてぇぇぇぇっ」
大きく円を描いて逃げ出したせいか、他の玉ねぎにエンカウントしたようだ。
蔓の数が増え、尻がしきりに叩かれる。
「ちょ、マジかよ…! いてっ、痛い! やだぁぁぁぁぁ」
ガンディアに向かって走り出した至だが、こちらに矢を向けるガンディアを見て、
「俺ごと!?」
「馬鹿者が」
頬を掠るように矢が飛んだ。
敵を見据えたまま、彼の右手は正確に矢を抜き取り、すぐさま放たれていく。
耳元に風を切る音が響き、鼓膜が悲鳴をあげる。
だがそれでも至は止まらなかった。
この蔓の攻撃から逃れられるのなら、微妙に痛いこの鞭から逃れられるのならと草原を走り抜ける。
なんとかすがりつくようにガンディアの背後に回り玉ねぎを見ると、長い芽をだらりと下げて、玉ねぎは生き絶えたようだ。
矢は玉ねぎを貫通し地面に突き刺さっているのだが、1匹(?)だけ芽に矢が刺さり、まだ動けるようでビチビチと地面を跳ねている。よく見ると根がムカデの足のように蠢き、それで移動していたようだ。
「……キモっ」
呟く至から、ガンディアはナイフを受け取ると、
「ここのタマネギは、この蔓を腕に巻きつけ、タマネギの中心にナイフを刺し込む」
言いながら暴れる蔓を握り、ガンディアはナイフを突き刺した。
途端に動きが緩慢になり、ピタリと止まった。
至はそれを見て、
「知ってんなら教えろよ!
親父にもぶたれたことないのにっ」
「私も初めてのビンタはこいつだった……」
彼は遠い目をした。幼き日が蘇ったのだ。
———父に連れられてこの草原に来たガンディアに、父が小刀を渡してきた。
「今日の夕食に採って来てほしい」指をさしたのがあのタマネギだ。
幼い彼は父の言葉に素直に頷き、これぐらい簡単だとタマネギに近づき、腕を伸ばしたそのとき、唐突に洗礼を浴びせられた……
長い蔓は幼い柔らかな頬に容赦なくぶちあたり、頬が真っ赤になった頃、ガンディアは泣きながらタマネギを背に向け父の元へと走り出した。
駆け寄った父は、なぜか指をさして笑っているではないか。
「引っかかったな、ガンディアっ」
腹を抱えて笑う父親を睨み、彼は幼いながらに素早く父の背後に回る。
標的がいきなり消え、目の前にいきなり現れた父を標的と勘違いしたタマネギは、さらに激しく蔓を振り回したのだった———
遠くを見つめるガンディアを置いて、至は差し込まれた矢を抜き取ると、小刀で蔓を切り、気味悪く動いていた根も切り落とす。ソフトボールぐらいあるだろうか。かなり大玉だ。
至は4つ収穫できた玉ねぎの土を軽く落とし、肩掛けのバッグへとしまい込んだ。
気味が悪くても食材は食材……
心の中で至は呟きながら、「次は?」立ち上がりガンディアへ尋ねた。
「次は、ニンジンだな」
ガンディアの瞳が不敵に光った。
———再び、森の中に入って数分。
「あ、人参畑っ」
至が走り出そうとした時、腕が掴まれた。
「ここにはニンジンを守る殺人ウサギがいる」
そういえば、言っていたな……
至が怯える目で畑を眺めるが、ガンディアは地面から適当な棒を拾い上げ、その畑へと投げ込んだ。
地面の揺れに反応したのか、白い毛玉が颯爽と現れ、ナイフを片手に辺りを見回している。
その白い毛玉だが、大型犬ぐらいの体格だ。だいたい70センチぐらいだろうか。これぐらいの大きさだと、着ぐるみのようにも見えてくる。毛はふわふわと柔らかそうで、ナイフをさばく度に軽やかに揺れている。
さらに2本足で立ち、服をまとっているのがまた可愛い。ベストを着込み、ズボンを履いて、後ろをみると小さな尻尾がズボンからちゃんと出ているではないか。ぴこぴこと鼻をひくつかせ、さらに尻尾が揺れる様は、まるでピーターラビットの世界だ。
至は可愛らしい姿でナイフを振り回すウサギを微笑ましく眺めながら、
「かなり知能があるようにお見受けするんですが……」小声でガンディアに言った。
「だが言語がない種族だ。
あ、至、説得して見るか?
もしかしたらその鈴で通じるやもしれん」
至はそうなれば幸いと、だがガンディアには危なくなったら助けることを約束に、ウサギに手を上げながら近づいてみる。それに反応して、二足歩行のウサギは赤い目を尖らせ、容赦なくナイフを向けてきた。
「……まだ刺さないで……
あの、ウサギさん、その、言葉わかります……?」
「………」
「あの、ニンジンを2本ばかりいただけると嬉しいんですけど。
あ、タマネギ2個と交換してくれませんか?」
「………」
至は袋から玉ねぎを差し出すが、素早くそれをかっさらうと、ナイフが容赦なく突きつけられた。
「だから、交換だってば。危ないって……」
奥を見ると、畑にそぉぉーっと近づくガンディアがいる。
彼が両手で2本素早く抜いた途端、人参がいきなり叫んだ。
サイレンのような奇声の中、ガンディアが至に向かって走り出した。
「ヒューマン、逃げるぞっ!」
美しいフォームで走り出したガンディアの足の速さはかなりのものだ。
手渡された人参を無理やりしまい込み、袋の中でもごもご言うのを聞きながら、至も元陸上部にかけて彼について行く。
ウサギにはテリトリーがあるらしく、太いクルミの木まで走り抜けると、ウサギはそこから飛び跳ねて怒りを表現するのみになった。
なんとかその場を離れ、至は汗だくになりながら息を整えるが、この喋るニンジンはなんだろう……
まさか、マンドラゴラ!?
「……厨二、これ、本当に人参……?」
「そのはずだ。赤くて細長くて、葉がもじゃもじゃしてるだろ」
彼の息はすでに落ち着き、額の汗をひとつ拭っただけで涼しい顔だ。
「マンドラゴラ、とかじゃなくて……?」
「ここの森の多くの野菜は、抜くと叫んだり、近づくと攻撃したりするものが多い。
そのニンジンも反射で音が出ただけだ。動物のように生きているわけではない」
至は納得したかしていないか中途半端に抜けた顔で頷いた。
ウサギからの全力疾走がかなり堪えたようだ。
「厨二、一旦、戻らね?
俺、もう、何か飲まないと、無理」
息も絶え絶え伝えると、
「そうだな。一旦戻る」
ガンディアは小さな袋から水晶に似た石を取り出し、地面叩きつけた。
石が地面に当たり弾けたと同時に、そこから光の蕾が浮かび上がる。
螺旋を描きながら伸びた蕾は、光の線となって地面へ咲き、それは幾何学文字が幾重にも重なったもので、鈴の音に似た音を鳴らしながら、円形に広がっていく。
光が地面に馴染み、少し輝きが落ち着いたのを見計らってから、ガンディアは光の床へと至の背を押した。
「これで移動ができる。この光の中に入れ、ヒューマン」
言われた通りに体を入れると、隣にガンディアも立った。
彼が立った途端、すぐに漆黒が視界に張り付いた。
戸惑っている時間はふた呼吸ほどだろう。
辺りが瞬く間に白く染まる。至の体を光が包み込んだ———
目の奥がじんと痛む。
強い光を見たせいだろう。
眩んだ目は青い残像が残こり、本当に同じ場所へと戻ってきたのか不安になるが、鳥の声と水の音がすることから、ほぼほぼ間違いない。と思いたい。
目をこすり、暗く濁る視界が形を捉えた。
それは腰に手を当て仁王立ちする人影だった————
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