上 下
7 / 61

第七話 火曜日 闇の刻 ~月祷り

しおりを挟む
 ──夜中の1時50分。

「……よし、やるぞ」

 スマホの充電はOK。
 まだ夜は冷えるので寝間着の上に、カーディガンをはおる。
 ズボンのポケットには、四角い手鏡と縫い針。もうひとつのポケットに細長い懐中電灯をさしこんだ。

「……行こう」

 薄暗い廊下は音がない。
 家族は全員寝ているようだ。

 ひたりと吸いつく冷たい床が、ぼくの緊張をあおる。
 慣れたシューズをひっかけ、ドアをゆっくりと押し開けた。

 この小さな公園は、クスノキ公園と呼ばれている。
 そのとおり、公園の奥に大きな楠があるからだ。
 樹齢はわからないけど、大人1人くらいは隠れられそうな大きさがある。

 さわさわと鳴る葉の音が、夜中の異様さをかもしだしてて、不気味に感じる。
 恐る恐る公園を見るけど、

 たまにだけど、みんなには見えない子どもが遊んでいたりするから。

 ぼくは公園の真ん中に立った。
 手鏡を地面に置く。
 裁縫針をつまみ、ぼくは微妙に目をそらしながら、針を指にちかづけていく。

「……いっ」

 すぐにふくらみだした血の球をしぼりだすように指で押すと、ぽたんと鏡に小さく落ちた。
 手鏡には月。
 ぼくは映った月を落とさないように、そっとかかげあげていく。

「ぎんづき、ぎんづき、ぎんづきよ、白い狐に願いを送れ……ぎんづき、ぎんづき、ぎんづきよ、白い狐に願いを送れ……ぎんづき、ぎんづき、ぎんづきよ、白い狐に願いを送れ……」

 やわらかい風が頬をなでていく。
 鼻をかすめたのは、きれいな花の香りだ。
 どこか懐かしいやわらかな香りに、ぼくは目を細めた。

「お主がわしの御主おあるじとなるのか」

 少年の声だ。
 ふりかえると、楠のうしろから少年がするりと現れた。

「……君は?」

 背格好は同い年ぐらい。
 群青色の髪は長くて、襟足でしばりとめられている。
 服はよくゲームで見る、牛若丸が来ている着物みたいだ。色は乳白色で、ツヤがある着物だ。砂が輝いてるみたいでキレイ。袴は藍色で、膝が隠れ、脛があらわになる丈だ。そこからのびる色白の足元には、一本下駄だ。
 そして、右側の額に1本、ツノがある。
 月の光でもキラキラして、黒曜石みたい。

 思わず声をかけたけど、少年の足元をするりとぬけて狐が現れた。
 銀色の狐だ。足先が少しだけ黒い。目は赤色。
 だけれど、狐から怖い感じはしない。
 狐は少年の方を向いてから、ぼくにむきなおると、シャボン玉のように消えてしまった。

「きれいな狐だったなぁ……」

 ぼくがこぼすと、少年が目を丸くして見つめている。

「……お主、驚かないのか?」
「ん? 狐が消えたこと?」
「そうだ」
「特には」
「……ほお。肝が意外とすわっておるな」

 唐突に現れて消えるのは、ぼくの世界ではだ。
 それよりも、和装少年が古くさいしゃべり方をするのが、おかしくてたまらない。
 雰囲気は人間ではない。でも、全く怖くなかった。
 人間に近いリアルな幽霊、といった感じだからかな。

 だからこそ、話し方が笑えてきて仕方がない。
 歴史が好きだったのかな?
 それとも、昔の時代に死んじゃったとか?
 でも、なんか違う気もする。

「お主の名は? わしは、冴鬼さきと申す」

 祖母から、『幽霊には名前を教えるな』といわれたことを思いだす。言えないでいると、サキという少年は眉をひそめた。

「お主、名はないのか? わしが名乗ってやったのに無礼な奴よ。まあ、ヒトはそんなものか……。だが何もせずに戻るわけにもいかんし、どうしたものか」

 少年の言葉を聞いて、ぼくは気づいてしまった。

 戻りたいけど、戻れない理由があるなんて、この世に未練がありすぎるんだ……!
 だからあんな言葉づかいで人の気を引こうと……。

 兄のことをどうにかしたいけど、でもサキのことも心配だ。会話ができる霊は珍しいし、少しくらいなら手伝えるかな。

「君、おうちはどこ? 近くなら連れていくよ?」

 ぼくが手をさしだすと、パチンと叩かれた。

「ふざけるな、わっぱ! わしは鬼であるぞ! お主の何倍も生きておるわ」
「いやいや、またまたぁ。確かに君は人間じゃないけど、鬼だなんて……もしかして、そこまで思いつめてた? ごめんね、ぼく、そういうのうまく感じとれなくって」
「うるさいぞ、童! わしは齢170をこえる鬼ぞ! 確かにまだ若い部類ではあるが、お主といっしょにするでないっ!」

 先ほど置いてあった鏡をサキはとりあげると、懐から、朱色のおちょこを取りだした。
 鏡をてのひらにのせ、そっと鏡をすくう仕草をする。
 ……いや、鏡が水になってる……!!

「え、それ、どどどどうなってるの……?!」
「……これには驚くのか……おかしな奴だ」

 小さなおちょこのなかに、なみなみと注がれている水。
 そのなかを線を描くように赤い糸がゆらりとした。

「お主と契りを結ぶ」

 いうなり、サキはぐっとそれを飲みほした。

「……覚えておけ、童! わしはお主の願いを叶えてやる鬼ぞっ! える鬼と書いて、冴鬼さき。しかと覚えておけっ!!」
しおりを挟む

処理中です...