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第二十九話 水曜日 黄昏の刻・弐 〜祠にむかう竹やぶで

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 予想どおり、竹やぶのなかはぬかるんでいた。
 道はせまいため傘もさせず、多少弱くなっているもののじっとりとぬれて重い学生服からは水がしたたってくる。

「ごめんね、橘」
「大丈夫! 今日はポトフなんだ。体冷えれば、めっちゃ美味しく食べれてラッキーじゃん」
「ぽとふ、とはどんな食べものだ?」
「カレーのいとこみたいなやつ」

 橘の説明はあたっているようだし、外れているような……
 でも、橘のおかげでぼくの怖さは半分になっている。

 ぼくはおそるおそるあたりに視線をまわした。
 昨日ははいったときからついてくる影があったけど、今日はいないようだ。

 昨日より、竹やぶのなかの雰囲気が、静かすぎる……

「ねえ、冴鬼、」
「なんだぁ、凌よ」
「今日、静かすぎない?」
「……嵐の前のってヤツか……?」

 冴鬼はそういうと、自分の前髪をつまんで、指でこする。すると、焼き切れたのか、そのまま掌に青い髪が束になって転がった。

「お主ら、わしの髪の毛には霊力がある。ポケットにいれておけ。多少は守れる」
「……なに、この青いの! キモっ」

 橘には金髪に見えているから、冴鬼がいう髪の毛に違和感があるんだ。

「いいから橘。胸ポケットに」

 つまんでみると猫の毛のように柔らかい。
 橘にわたし、ぼくも自分の胸ポケットへ入れた。
 冴鬼はおもむろに髪をかきあげる。
 目つきはいつもの冴鬼とちがう。

 ───これが、鬼の目……

 ぼくは直感でおもった。
 心をしばりつけるような、鋭い刃物のような目だ。
 だけど、目の奥には火鉢の火みたいに、あたたかな熱がある。

 思わず、胸元をぼくはつかんだ。

 冷えた手で握ったのは湿気った学生服だけで、ぼくの心には届かない。
 だけど、ぼくも冴鬼と同じ熱があると思いたかったけど、ただ、冷たいだけだった。

「なんか感じたりする?」

 橘にいわれ、改めてあたりに気をむけるけど、なにも感じない。
 感じなさすぎる……

「音がない世界みたい」

 雨がぼくたちの頬をぬらし、前髪からぽとりぽとりと雨だれを落とすけど、ぼくらはまるで小さな箱に入ったように感じてしまう。
 限られた小さな箱のなかをこびとのぼくらが、ちょこちょこと歩いているような……

「蜜花、凌、わしから離れるな。絶対、わしより前に出るな」

 冴鬼は、再びぼくたちに伝えてくる。
 ぼくたちはただ頭をふるしかなかった。


 なぜなら冴鬼の声が、少し、震えていたから──
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